Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

うーん・・・

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この努力をだなぁ・・・

ツバメの巣を温かく見守る人がいる一方で、
こういう人もいる。(・・・実家の母です)
実家の車庫には毎年ツバメが来て巣作りしてました。
で、製作中は巣材のドロが。雛が孵れば当然ウンチが
落ちてくるので車汚れますわね。
母考えた。「巣を作らせなきゃいいんだわ♥」
と言う事で。巣作りしようとしてる辺りに鳥避けのCDを下げ、長く伸ばしたハエ取紙を垂らしたって・・・
垂らしたハエ取紙が蛇に見えるんだか、ツバメは二度と近寄らなくなったそうな。

確かに糞は落ちづらいけどさぁ。
・・・まあ、自分ちじゃないし汚れるのものまちゃんじゃないから何とも言えないけど。

新月サンは「俺はうちに巣を作られてもこんなひどい事はしない!」と憤慨しておりましたわ。

背に腹は代えられぬ ←引用が違うよな

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医者にかかったあと、もう腹減りで痛いどころじゃないのよ(なんだその自己中心的心理は)と、妻の運転でなじみの蕎麦屋までひとっ走りしてもらいました。

あぁ、これまで、うちのれいんさんについて、家内、と書いてきたのですが「奥さんは仕事もしてるでしょ? 家内、というのは専業主婦の昔の呼び方であって、昨今は専業主婦だとしてもそういう呼び方しちゃいけません」と、整形外科のドクターに教えられました。

背中も口内もまあ痛いっちゃ痛いんですが、痛み止めが効いているうちに食ってしまえば(普通、食後に服用するもんだろうに)と病院を出るときに薬を飲んでしまい、というくらい、日曜の午後から何も食ってません。そういう状態で天ぷらとか蕎麦とかが胃袋に良いのかどうか、妻の心配はありがたいけれどこの際無視です。

で、空腹に任せて食ってしまったので蕎麦の写真は昔のもの。一か所だけ今と異なるところがあります。と書いてもわかる人いないよきっと・・・

蕎麦屋を出たところへちょうど、一方通行の路地に白いエスクードが入って来るのが見えました。

お、あれはひょっとすると喫茶店の店員さんのTD51W? と思ったらやっぱり喫茶店のある敷地に曲がっていったので、コーヒー飲もうと寄り道をお願いするわけです。もっとも寄り道もなにも、BLUEらすかるを置いてあるのがその喫茶店前の駐車場なのです。

店員さんにエスクードのことを尋ねると、22年間ずっと乗り続けていらっしゃるそうで、初代の最終型で、もうこの形のエスクードは手に入らないからと、手入れをしながら17万キロだとか。ご主人もハイラックスサーフを所有しているけれど、出かける際はもっぱらエスクードに乗って行ってしまうと笑って話してくれました。

医者に行っていてこれだけ道草しているのだから、帰宅後ぐだぐだで寝込むのは自業自得の結果論ですが、充電するには良い機会でした。

 

ちゅぴぴぴぴぴ

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巣立ちまでもう少しね。

守谷SAのトイレ・・・の中です。
建物の入口に
「ツバメが出入りしています。ご注意下さい」って
目立つ張り紙がしてあったのは親ツバメの事ね。
ちびっこ達は親が来るたび大騒ぎですよ。
大きい雛がいい場所陣取るもんだから、ちょっとチビすけは後ろに追いやられてしまって・・・
餌、ちゃんともらえてるのかしら?
まあそんなに体格差ないから心配ないと思うけど。

あ、そうそう。
Maroサーン!
赤幌とのスリーショットもございますでよ(笑)

整列!

急性背部痛 人呼んで「ぎっくり背中」

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週末の天狗の森に出かけた人はお判りなのですが、僕は背部から腰部にかけての激痛に苛まれて、まともな幹事仕事もできない状態でした。

ロッジを開けるところまでは何事もなかったんですよ。暑くもなく寒くもなくて陽気には恵まれたねえ、などと言いながら、SIDEKICKさんとM‐レイドの審査用ボードを作っていたんですが、体をひねって物をとろうとしたら、不意に針を突き立てられるような痛み。

もうそこから身動き取れず、基地にいる霙に鎮痛剤と湿布薬を持ってきてもらって、一旦はテーブルに這いつくばって動いて椅子に座ったものの邪魔になるから布団を出してもらって、唸る呻くの土曜日でした。症状はどんどん重くなり、口内炎にまで広がる始末です。

週開け、医者にかかったら腰はなんともなくて、「はいこれ『ぎっくり背中』ですね」との診断。なんだそのてきとーな病名は?と言いかけたら疾患名ではないそうで、正式な名称が無いと。でもとりあえずカルテには急性背部痛と書くのだそうです。

このため日曜日のイベントも立ち仕事は不可能で失礼をしたのですが、何が残念かって、せっかく作ったカリオストロ風ミートボールパスタが食えなかったことです。

それでも、ジェット機だって12時間もあれば直るってんで、歯を食いしばって翌朝まで耐えたところ、身動き取れない状態からは脱することができました。いやその減量しろってのはよくわかってるんですが、今回のは毎夜のweb作業のストレスが原因のようです。

だけどそんなの好きでやってるんだから名誉の負傷にもなりゃしません。さらにこういうときに限って和邇さんまでもが左足の負傷だとか、青影さんがエスクードのブレーキ故障で動けないとか、はまたにさんが移動中にスクーターの駆動ベルト切れで立ち往生とか、久米島で別動隊取材中のマミポコさんが謎の発熱だとか、なにそれクルマの厄年って30歳なの?と言いたいくらい脂汗のバックヤードでした。まあでも、病院の帰り道にあまりにも腹が減って蕎麦食ったりコーヒー飲みに寄り道したりもしてました(で、帰宅してまた寝込むという)

おや、まぁ。

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あ、いた(笑)

モンブラン買いに小田喜商店へ。
「誰か居るかなぁ」と駐車場に滑り込んだら、Maroサンとsuuuサンが。
ご挨拶もそこそこに
「モンブラン下さいっ!」と言おうとしたら
お店のおねいさんが先に
「お客様も・・・(モンブランですか)?」
先に注文して待っていたsuuuサンが
「あ、同じイベントに行く仲間の人です」って(笑)

うん。事情を知らなきゃ開店直後からモンブランを買い求めるお客がポコポコくるのは不思議だったでしょうね。
試食でいただいた〝ぎゅ〟が美味しかったわ♥「ああ、栗だぁ~」って感じ。

颯爽と走られるお姿よ。

出来上がったモンブランを受け取ってsuuuサンの後について走り出したら、その前に白いV6が。「・・・誰だろう?」と思ってよーく見たら、のまちゃんと同じトコのナンバーだしお二人乗っていらっしゃるようなので「あ、Maroサンのご両親だわ」と気がつきました。

お山の上での出来事は、まあ皆さんがあちこちで書かれてますし。
私も昨日書いたし(笑)

ここは、念願だった写真で締め。
赤・青のツーショット。
これからもよろしくお願いします。

これからも会えますね。

変わったこと 変わらないこと

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これは昨年、「万が一2018年5月のweb公開までに企画イベントができなかったら」という場合に備えて、30周年プレイベントとして開いた時の歴代エスクード。

四代目はまだ1600ccをラインナップしていました。スズキ自販茨城さんのご好意で借り受けられました。このエスクードはしかも、2WDです。もう一台、四駆の四代目もこのイベントにはお借りしていますが、やはり1600でした。

そしてことし、二階堂裕さんがスズキの広報車を借り受けて持ってきてくれたのは、1400ターボ。ターボ車は昨年8月に我々も試乗車を1日借り出すことができていますが、わずか1年のうちに1600がカタログ落ちしているのを、あらためて実感させられました。

しかも、来年までに出てくる新型ジムニーシエラは1500ccが確定したというし。なんともめまぐるしい年回りです。

この話はこれ以上続かないのですが、今回、スーパースージーの取材が来てくれたことで、エスクード仲間に引き合わせることができたのが、右端にいらっしゃるライターの古瀬克也さん。この人が最古のエスクードのクラブ活動を展開した、E.C.J.日本エスクードクラブの発起人です。同クラブは孤軍奮闘に終わっているのですが、30年後の今、同じ流れを持つ(まあ我々のはクラブスタイルではないんだけれど)エスクードファンがいるよということを、伝えたかったのです。

古瀬さんは88年当時、スーパースージーの二代目編集長でした。二階堂さんがインドネシアスズキに出向し、日本ジムニークラブ自体もちょっとした変革期だったそうで、その過渡期に編集長となり、最初に扱った仕事がエスクードデビュー特集号でした。その頃に乗っていたのが、初代1型のコンバーチブル。昨年、うちのぷらすBLUE取材の折も古瀬さんがまとめをしておりますから、ある意味では運命的な出会いを果たすこととなりました。

 

などと感慨にふけっていて恐ろしいことに気がついたよ。

この記念イベントの模様は7月に出るスーパースージーで紹介されるのだけれど、ということは、こちらで受け持っている連載で考えていたのとぶつかっちゃうじゃないのさ。

ああっ、それじゃあ何か別のことを今から書き始めなくちゃならないのかっ

 

 

こんなに沢山。

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初代がいっぱい(喜)

つくばーどの〝エスクード30周年記念イベント〟に出かけてきました。
途中でお買い物レイドのお題も購入♪
ちゃんと二つ買いました(笑)そんなに甘いもの好きではない新月サンがペロリと食べたんだから美味しいんだわ。

栗栗しいモンブラン

すごいなー22台も集まって、13台が初代!
まーなんて言うか・・・皆さん、好きねぇ(お前が言うか)
色々お話伺うと、愛に溢れてるわ。

そして。
美味しいお肉と沢山のお菓子♥
クロさん差し入れの苺が甘ーい♥♥
(食べるのに夢中で写真撮りそびれました)
モリモリ食べて幸せ~♪
(夜乗った体重計の数字は見なかったことにする)
楽しい時間をありがとうございました。

良いお天気だったので(よーく焼けた)新月サンが夜、お風呂で悶絶しておりましたわ(笑)

撮影中を撮影。

つくばーどin岩間XXⅨ

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「なんでつくばーどなんだ、ESCLEV じゃないのか?」と、紛らわしいという意見もありますが、メーカーがですよ?「たった二言のツイート」で片づけちゃったんですよ、エスクードの誕生30周年を。

そんなんだったら、僕んとこでやらなくちゃって思うじゃないですか。イベントの私物化、上等ですよ(おいおい)

だけどこれは、やっぱり仲間に支えてもらえなければできないことです。来られなかった人には申し訳ないですが、ここにやって来た人でなければ味わえない五月らしい天候と日差しと賑わいと、うまいもの。みなさんのご協力のおかげで無事に開催できました。ありがとうございます。

で、何かやらないとイベントらしくないよなあと急きょ行ったのが「BEST・ザ・エスクード」コンテストなんですが、便利な時代になりました。参加車両がそろってから写真撮影して麓のコンビニに駆け下り(みぞれと和邇お嬢)、プリントして戻ってきてボードに貼り出す。20周年の頃はできませんでした。投票は参加者全員。これだよね、というエスクードに投票してもらって決定したのは、X‐90の8インチリフトモデルで参加されたZuboraさん。次点に「あの」サイドキックスポーツの和邇さんでした。

一方、M‐レイドについても参加者投票によって、はまたにさん夫妻が外房方面に出かけた渚の風景がぶっちぎりの最優秀賞。かとおもえば、二枠用意した優秀賞には、二枠エントリーしていたかわねこさんの作品がどちらも同点得票で賞をもぎ取っていきました。この展開は予想外だったよ。尚、佳作にはTA01Wさん、青影さん、クロさん、狼駄さんが選ばれております。

 

Zuboraさんの1日

はまたにさんの1日

狼駄さんの1日

コムロさんの1日

madcrowさんの1日

二階堂裕さんの1日

suuuさんの1日

 

ああっ、はまたにさんはともかく、そりゃまあみんな同じカットになるよなあ・・・

 

さほさんの後日

いやいや、そんなすごいところと引き合わされると玉砕ですがな。そも、こちらはクラブじゃなくて野良の集まり部室だから、ゆるゆるとやらせてもらってます。というか、初代は昭和のクルマんなだけれど、いま89年までのエスクードいないんだよね。

 

強い鉄拳乱れ飛ぶ♪

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その昔「UFO大戦争 戦え!レッドタイガー」という、後楽園遊園地のアトラクションから生まれたヒーロー番組がありまして。要するに呼べば来るくるレッドタイガーが「白い姿」。なんでー? と思っていると「レッド変身スパーク!」とか叫んでドカーンと「赤い姿」になる。

赤いマフラーなびかせて~のマフラーが白くなっちゃうのはご愛嬌なんですが、まあサンダーマスクと同様、二段変身のパイオニアのようなヒーローでした。

そうなんです。レッドタイガーのベルトのバックルには「R」の文字があって、この点が決め手となり、白と赤とだったら突撃ヒューマンという線もあったのだけれど、つまらん妄想がふつふつと湧き起こっていたのであります。

あー、この際だから昨年、エルガイムだとかガリアンだとかガンダムだとかガンキャノンだとか言っていた「めぐりあい うわのそら」は忘れちゃってください。

そんなわけで、はまたにさんがエスクードを退役させるにあたって「海岸ランナー完結編」を書いた後、急転直下で話が進みまして。はまたにさんのコンバーチブルは、うちが白い幌と予備のベストッブを受け取り、本体についてはAMGさんが引き取っているのであります。

いや・・・「何が海岸ランナーだこのやろーっ」と言われそうですが、白い幌はともかくあとからそうなっちゃったんだもん(そりゃ僕がブラックデンジャー・・・じゃない、黒幕ですけど)

 

そしたら・・・以前はまたにさんが見出してきた沖縄のエスク乗りから

はまたにさんからエスク降りるメッセージをもらって大泣きしたところです。
長年の相棒、自分以外の人に乗って欲しくないって思いもあるんじゃないかな・・・とかなんとか考えて勝手にガン泣きしてしまい、はまたにさんを困らせてしまうという・・・

ああっ・・・

彼女はその時点でコンバーチブルの処遇を知らされていなかったからなあ。こりゃ乱れ飛ぶ鉄拳は僕が受け止めるしかないか。でも、パーツ単位に刻まれ海外に持って行かれるのも、がちがちのトライアル車に改造されて永らえているのを見せつけられるのもいやなんじゃないかなあと・・・

とりあえずなんなんだよこの展開はという状況把握しかねる方々のために、

「海岸ランナー 総集編」をまとめてあります。

でもって本日行われるエスクード誕生30周年企画イベントの大トリに、AMGさんがはまたにさんを召喚されまして、はまたにさんがエスクードを譲渡するまでに取り外せなかったステアリングをAMGさんから、あらためて贈呈するとのことです。

うむうむ、事実は小説より泣かせてくれるのです。

 

 

 

そこまでは知らんかったよ

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「エスクードのドアミラーはベルトラインの前端、ドアガラスを格納しても邪魔にならない部分を1段落とし、できるだけ低い位置に取り付けました。
 これは基本がオフロードカーであることから、左右の下方視界を確保するための工夫でした。また合わせてこれをデザインの要素として、ボンネットフードとの連続間を持たせることで特徴づけました」

 

エスクード誕生30周年企画webにて、初代エスクードのデザインを担当した片岡祐司・現名古屋芸術大学教授が寄稿してくださった「エスクード誕生物語」の一節です。

このドア側の切り欠きは確かにエスクードの特徴の一つで、フラットなラインに比べれば、多少は視界の確保も可能です。が、このデザインを他社がうかつに真似をすると、後々面倒なことになるのだそうです。

このデザインと設計には、特許がとられているのです。実際に数年後、「やってまった」メーカーが出てしまい、スズキとしては思わぬところから特許使用料で利益を得るという出来事があったそうな。

そういえばデザインとはジャンルが異なりますが、「クルーガー」という商標も、スズキは「エスクード」との関連性を持つネーミングとして商標登録していたため、これを使いたかった他社に売却した逸話もありました。この関連性はしかしエスクードがどこでどう通貨単位から金貨に転ずるのかよくよく考えると無理やりだし、クルーガー金貨というのがあるにせよ、クルーガーとは「賢い」という語意なので、ほんとに使う気あったのかなあとも思ってしまうのですが。