なるほどでっかいトカゲが出た痕らしく、えぐられた草原にはGを示す看板も立っているとか。
だがな娘よ、それはリンガナエじゃないし前にも言ったけど、日本の学者は、ここから出たやつを同類とは認めていないんだってば。
なるほどでっかいトカゲが出た痕らしく、えぐられた草原にはGを示す看板も立っているとか。
だがな娘よ、それはリンガナエじゃないし前にも言ったけど、日本の学者は、ここから出たやつを同類とは認めていないんだってば。
イスラ・ヌブラルとは「雲の島」という意味で、コスタリカの先住民族が住んでいたといわれています。
もちろん今は無人島のはずなのですが・・・そんなことよりカラバオはどうなっちゃったんだよ?
まったくうちの娘は、ねーちゃんに何を吹き込まれてほっつき歩いているんでしょうか?
リンガ(トカゲ)ナエ(海の)というのはカラバオ共和国の言葉で首長竜を示しています。が、まあ、霙はピーター・ポール&マリーを知らないだろうから、見つけちゃっても「パフ」と名付けたりはしないでしょう。
しかしだ。例によってこっちが雪と凍結の土地を訪ね歩いているときに、この写真の第二陣を送りつけてくるかよ(泣)
15日に盛岡市で開かれるどんと祭は東北(厳密には東北以外でも)の冬の風物です。仙台市でも14日の午後になると、一番町や中央あたりの通りは絶え間ない鐘の音が鳴り響き、そこらじゅうから半裸白装束の若者たちがそれぞれ、参拝先へと無言の行列を繰り出していきます。
もとは仙台藩に出稼ぎに来ていた南部杜氏が始めた参拝スタイルだそうで、南部杜氏といったら石鳥谷町が発祥の醸造集団で今尚全国の拠点。仙台発の奇祭と言われるどんと祭の裸参りは、岩手から来たもののようです。
しかし街をあげての行事となった現在では、大なり小なりかなりたくさんの企業や団体がこれに参加していて、大崎八幡宮だけでも3000人を超える参拝者でごった返し、正月の注連飾りや古くなったお札を焼いて息災を祈願します。
参拝に至る彼らは口に含み紙をくわえ、無言で歩くのですが、我々もはなしかけてはなりません。その間鳴り響く鐘の音は、なんとなしに街の空気を清めていくかのようです。
東京の超高層建築は増殖が速過ぎて、ここ数年でできた新しいビルの名前はもう覚えることもできません。ある意味先日の電柱電線なんかよりも、ごっちゃごちゃな都市景観を作ってしまっているのではないか。もしも来日した外国人が「富士山も見えないのに富士見坂などとはなげかわしい」とか言ったら、果たして国政はこれらのビルの森をなぎ倒せるのでしょうか。
それは無いか。あのごちゃごちゃな街が繁栄のバロメーターなのだろうし。あれだけ馬鹿みたいに密集しているからこそ、逆に引き立つものもあるかもしれない。
などと思っていて気がついた(すでに誰かが言っているかもしれないけれど)。東京には三つの巨大な色彩が生まれている。一つめは・・・というか、三つともどなたでも知っている構造物ですが、とりあえず一つめが赤の東京タワー。電波塔の仕事の主力を東京スカイツリーに委ねながらも、揺るがない東京のシンボルです。
これを凌駕する高さの東京スカイツリーこそが、対極の白でまとめられた二つめのサイン。双方見比べてみると、どちらもそれぞれこの色でないと収まりが悪かっただろうなと思うほど馴染んでいます。個人的な好みだと、やっぱり東京タワーの方が美しいと感じてしまうのは、色彩と形のマッチングなのでしょう。
その形というか、いかにも支えてますよと思わせるトラスの構造を見せつけてくれるのが、新たにランドマークとなった東京ゲートブリッジの青。いやこれ青なのか? 白混じってないか? という意見もありましょうが、それを言ったら東京タワーも紅白ですんで、そこは逃げます。
フランスの国旗に傾倒するわけではありませんが、赤、白、青という明確な色彩を表現できるのは、鋼のトラス構造体(ハガネという言葉は便宜的に気分で使っています)ならではではないでしょうか。ビルの壁面ではこのような表現は難しかろうと思うのです。
もちろんそれらの風景にも好き嫌いの声は分かれるでしょうけれど、東京の景観はここに集約されたなあと感じています。
いつでもそこにあって、遠くに臨んで方角を知ることのできるランドマークであり、近くに見上げればトラスの構造体の迫力によじ登りたくなる(なるなっ)。これで黒々とした巨大なトラス構造物があったら朱雀だとか白虎だとか青竜だとか玄武だとか言いたかったのですが、残念ながら三つともそれぞれ東西南北の相関関係位置には立地していません。ゲートブリッジが最も海辺なのでここを東(青竜)と固定すると、朱雀にあたる東京タワーが南っぽいと言えなくもないし、白虎のスカイツリーが西にあるよねと、無理やり当てはめてもいいのですが・・・
「空へ還る日」の挿絵に使っている写真は2009年の撮影で、震災以前のミスビードル。この海岸にも津波は押し寄せ、機体はバラバラになったと聞いていましたが、この3年半の間に復元されていたようです。
ほっとした。