Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

理力の拡散

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「見てみてみてー」

と、会計を済ませて店から出てきた妻のうれしそうな顔で、何かクーポンでもあたったのかと思いきや、今し方夫婦でとっていた昼飯の会計額に理力が作用していたと。セットものでなくサイドオーダーの献立を何種類も頼んでのことなので、よくもまあ揃えましたねというのは確かにその通りです。

だぶるの寸劇 まだやるのか第4弾!

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ココスのマグネットラスカル・文房具編(正式名称ではない)が一新され、ギミックはほとんどそのままながら、マグネットシリーズは第4弾が始まっていました。

まだやるのかよー

↑とか言いながらコンプリート意欲満面

迷惑を被ったのは仕事で同行していた部下です。

「この昼飯は『ラスカルセット』と言って注文しろ」←パワハラ疑惑

「なんですかそれ?」←状況把握できてない

「問答無用だ。四の五の言うんじゃねえ」←パワハラ確定

蛇足ですが支払いは当然のこと僕がまとめて会計してます。若い頃は、そうやって上司にずいぶんと昼飯晩飯を食わせてもらいました。

無観客でやるんでしょ?

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高速道路上の電光板の文字数制限では内容を表示しきれない「ロードプライシング」が始まりますが、東京オリンピックは一都三県においては無観客でやるわけだし、同じ各地の関連イベントも中止となった。それだったら首都高の朝から晩まで千円上乗せ策も必要ないのではないか?

「選手の会場間移動のため」って、ふざけんじゃないよ、な理屈です。

 

あと先考えてない梅雨の駆け抜け

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西からどんどん梅雨明けしてます。だけどことしの梅雨はあと先考えもしない土砂降り続きで、河川氾濫や土砂災害を引き起こし迷惑この上ない日々でした。もう「しとしとと降り注ぐ」といった情緒も何もあったもんじゃない。

基地の所在地とハザードマップを見比べてみると、土砂災害の危険度はゼロに等しく、この豪雨は考慮されていないなあと思わされます。

雨雲レーダーをアプリで引き出してみても、時間あたり10ミリ降っていない表記。ほんとかよー・・・

そして基地は地デジに移行した頃から「電波過疎地」のレッテルを貼られていましたので、これだけの勢いで雨が降り続くとテレビ画面への影響も馬鹿になりません。つくづく田舎・・・

などと書いているうちに、関東地方梅雨明けしてしまいました。明けたら向こう数日、天気予報から傘マークが無くなってるし。

途端に33℃って、極端なんだよ

初回限定の特典は・・・無いよ

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7月12日からワクチン接種の受付が始まったので、ここからどんだけ待たされるんだろうなあと思いながら電話をかけること64回、オペレーターにつながったら「最短の予約設定でよろしいですか? あさっての14日になります。期間を空けての2回目が・・・」

やー、それは想定していなかったよ。知人の一人は5月に申し込んで8月だって聞いていたし。

というわけで、何十年ぶりかの筋肉注射を打たれてきました。技術や道具の進歩か、自分が加齢して鈍くなったのか、言われているほどの痛みどころか、昔の記憶と照合しても「なにそれいつの間に打った?」なあっけない接種でした。

副反応は出ているのかいないのか、よくわかりませんが、打った方と反対側の腕から肩にかけては、いまさらの「五十肩」で痛くて腕が上がらないという・・・

それにしてもですよ、僕は傍目から見たら若く見えているんでしょうか? 予約時間にやってきたおばちゃんたちが「なんだかあの人年齢ごまかしてない?」「還暦過ぎには見えないよね」「たぶん基礎疾患で申請してるんだよ」などなど

うるせーよ聞こえてんだよどっちにしても若くねーよ!

雷の(空想)科学 ←してません

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I could hear the sound of thunder in the distance  遠くで雷の音が聞こえた
Lightning strikes trees 雷が木に落ちる

雷鳴は thunder
稲妻(光)は lightning

ということは・・・

どっちかというと、同じ二段変身ヒーローでも、サンダーマスクよりもイナズマンの方が怖いぞ!

などと超くだらないことを思いついてしまったのですが、落雷の電気の力を「電源」として利用することは出来ないのだそうです。超大なエネルギーが瞬間的に流れてしまうと、蓄電できないとか。まあようするに、本日は「雷の日」

 

13号機の起動実験

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いま、手元で作業に使われているノートパソコンは通算11代目にあたりますが、今年に入って内臓ファンから異音が出始め、その部分のエラーが起動時に警告を出すようになってしまいました。

SSDも5年めに入るので、いつお亡くなりになっても不思議はないと考え、13号機を導入しました。12号機は霙のノートですが、娘らは最近、タブレット派です。

妙な話で、起動時のエラーは変わらないのですが、新鋭機を傍に置き、データ移植用のケーブルを接続してこの20年で蓄積した150ギガほどの写真類を移動またはコピーしたらば、どういうわけか11号機の稼働状態が安定してしまいました。

一方、新たに起動した13号機は、同じシリーズで同じOSなのに、いろいろと仕様変更されていてかなり使いにくい。さて古すぎる動画は動かない。さて困ったぜと。この際、もう少し11号機に頑張ってもらって、徐々に新しいやつの操作を覚えるとするか。と思ったわけですが、パッケージを開けたらメディアが入っていないソフトの売り方ってやめてよーっ(プロダクトキーとシリアルナンバーでログインしてダウンロードの時代だということを知らない)

父の日の色といろいろ

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日本ファーザーズ・デイ委員会、などというものが40年も活動していることなど知りませんでしたが、「父の日」という刷り込みはもっと以前に行われているのが僕の記憶です。だいたいが80年代と言ったら僕なんか、親父とは確執の年頃の時代ですよ(笑)

それはともかく、父の日にイエローカラーを取り入れたのがこの委員会のようで、一時期はギフトコーナーが黄色の薔薇で溢れていた覚えがあります。

しかし当時、なんでまた「ジェラシー」とか「薄らぐ愛」とか「不貞」とか「別れ」とか、それって嫌がらせ用アイテム? と思わせる花言葉の黄色の薔薇を使うんだろう? と思っていました。銀河英雄伝説においては、かの疾風ウォルフなんか、それ買ってプロポーズに行っちゃったくらいだから、悪いだけのことではないかもしれません(まあミッターマイヤー氏の場合は世間知らずの引き合いに用いられた感が強いですが)

すると彩りと薔薇の話は別々のものが日本で混同したと。発祥のアメリカでは父親が健在か亡くなっているかで赤か白という、母の日のカーネーションと同様の送り方をするのが故事(最初に贈ったご婦人の父親が亡くなっていたので白から始まった)。この区別は、あとになって日本なんかでは差別的とも言われ出したので、父の日ではそこを避け、前述の委員会では黄色いリボンにイメージを託したのでしょう。

黄色いリボンは「無事に帰っておくれ」という祈願の意味があるそうで、そこから「幸福」だの「喜び」だの「希望」だのという象徴が定着しているイエローカラーが父の日にふさわしいとなっていたようですが、遅かったよ、僕なんか黄色はゲルショッカーカラーやらショッカーライダー1号やらが焼き付いてましたから。

もう労いの贈り物をすることも叶わなくなった僕の親父はちょっとかわいそうで、何の因果か6月20日が誕生日でした。つまりかなりの確率で、誕生祝と父の日贈答がひとまとめにされていました。といったって、確執していながらこれを毎年欠かさなかったのは大したものです我ながら。

さて困ったよ。父の日について書き出したらあらぬ方向へ迷走していますよ。いくつかのまとめサイトを読んでみましたが、どこもかしこも受け売り内容ばかりで、薔薇と黄色の接点は遂にわからなかった。黄色で思い出して「ウッドストック」を引いたらほんとにトップクラスでこの鳥が出てくるのもびっくりでしたが、キツツキだと言いきっているところがあるのも驚きです。むしろ彼の名は世相を背負っているはずなんだけれど・・・

あんたらに関係ないだろう?

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家内がお世話になった人が事故で亡くなり、僕も顔見知りだったので弔問に行ってきまして、家内は最近お会いしていたけれど、僕は何十年ぶりの対面がそんなことになってしまった。

ローカル紙のべた記事に載ったその事故は、インターネットのニュースサイトにも配信されたようで、たかがべた記事がですよ? 全国配信され、これがまたネットニュースじゃ「写真はイメージ」とかで救急車のカットが添えられるという意味の解らない演出。何をイメージさせたいのよ?

さらには、関係者でもない有象無象がわざわざそのネットニュースを拾ってはツイートし、コメント欄でも好き勝手なことをつぶやいている。

あんたらに関係ないだろう?

事故の当事者に対して非難だ指摘だを綴ることは、たぶん表現と言論の自由。

それは認めますよ。

だけどそれだったらな、起きた事故をあれこれ言うんじゃなくて、日頃から安全啓発を何百っぺんでも何千回でも毎日毎時ツイートしなさいよ。

前回のオリンピックの年

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新潟市の被災50年史より

新潟地震は1964年6月16日の発災だったんですね。

記憶している最初の大地震がこれでしたが、祖母が市内に親戚を持っていて、祖父が復旧支援に出かけて行ったことを覚えています。にもかかわらず、いつのことだったかは失念していて、阪神・淡路大震災でこれ以降の大地震も脳内上書きされていたようです。

石油コンビナートが3週間も炎上していたり、集合住宅が倒れかかっていたり、橋が桁ごとに落ちていたりの写真が掲載されたグラフ誌を、祖父がずっと大事に所持していたのに、いつの間にやら紛失していました。

巨大災害ながら日本海側の限定された地震であったことが、当時の東京オリンピック開催にどのような影響を与えたかは知る由もありません。高度経済成長の戸口でもあり、復興の先の希望を担っての開催だったのでしょう。

今回のオリンピックには、そういった心情的な拠り所を感じられないのが、コロナ禍に対する舵取りの奇妙さだと感じます。「70%以上の選手や関係者がワクチンを打つことになっている」とIOCは言いますが、それあまり説得力にはつながらないよ。我々がワクチン接種を受けられるのが、自治体公表では7月以降。僕も含めて、人によっては一回目の注射が打たれる頃、大会は終わっているんじゃないか?

感染者発表が「先週の同日に比べ減少」などと言われても、数百人単位で確認されている現実に、安全も安心もない。死ぬほどサービス残業を強いられているという組織委員会職員には同情しますが、その歯止めの効かなくなった開催準備は、冷めた目で眺めていると、大戦末期の日本の姿とオーバーラップしてしまうのです。