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  ~懲りない傾向~

土用の丑の日ですが

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鰻より涼ってことで、マミポコさんに撮っていただいた風景

初代はやはり初代

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エスクードの方は四代目になってもエスクードの名を踏襲していますが、ウルトラマンで初代を名乗るのは1人だけ。ウルトラマンと云う「通り名」に本名をくっつけて(一部例外アリ)、次々と代替わりしてきました。

エスクードはたまに「ノマド」「S」「グランド」などと冠やサブネームもつきましたが、エースとかタロウとかまでの広がりはありません(エスクード・ルーブなんてピンとこないし)

両者を同じ土俵で語りようもありませんが、実は大きな違いが一つあって、何十人ものウルトラマンシリーズがいながらも「ウルトラマン」と示した場合、ほぼ100%、それを「初代」の姿としてイメージすることでしょう。

「エスクード」の場合はどうか。今尚初代のネームバリューは残っているとは思いますが、おそらくそれを所有する人たちによって二代目であり三代目であり四代目が台頭してくるのです。代が新しくなるほど、初代と接するケースは激減しますから、同時に印象も色あせているはず。そのうちこれなんという車?と尋ねられるのかもしれません。

まあそれでも初代は初代で揺るぎないんですけどね。エスクードでウルトラマンに挑むのはちょっと無謀か・・・

 

行ったかどうかは知らないが

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「お父さん、新潟までいちばん楽に行くとしたらどの道順がいい?」

という霰の問い合わせで、それなら終始二車線で走れる北関東・関越・北陸道まわりだろうなと教えたところ、行き先が五泉の方だというから、それだと常磐・磐越か、北関東・東北・磐越になるよと。

「いやー、高速は怖いんで下道にしたいなあ」

いやいやいや、なにを言っとるんだお前は。慣れていないところへ行くなら、むしろ高速道路の方が安全なのだ。首都高突っ切っていくわけじゃあるまいし・・・

「いや待て。いまどき五泉って、何しに行くのよ?」

と聞いたら、一昨年の民俗学の授業で現地調査に協力してもらった地域の各家庭に配布するための報告書が刷り上がったので、それを届ける行事で新潟大へ戻らねばならないのだとか。

「毎年の伝統行事で、三年のときに実働班だったところが当番になるんだよ。去年じゃなくてよかったよ。手分けして二百軒くらいあいさつ回りするから、佐渡に行くとなったら日帰りじゃ済まない」

はー、そんなアフターケアを抱えているとは。しかし研修期間が終わったばかりの勤め先が休みをくれるのか? 普通なら有給休暇をもらえるのは秋以降じゃないの?

「だからローテーションであてがわれている休日を使えるよう後輩たちに交渉するしかないの」

という対話は電話を介してだったので、実際にオジロを使って初遠出をしているのか、根性くじけて新幹線を使っているのかは定かではありません。なぜ根性くじける可能性があるかといえば、国道294号で会津若松まで行って49号に移行。という説明をしたので、単純に聞こえるこのルートを地図を見て、あちこち経由する都市の曲がり角関係でビビっているはずなので。

さてどっちに張ります?

僕はくじけた方に3000点 ←なんだその「点」てのは

化学反応

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沖縄からマミポコさんが来仙しているので、部下を伴って晩餐に出ます(といっても夕方からですよ)

両名を共通で知っているのは僕だけですが、この二人はなんとなく似ている。引き合わせると何が起こるか大いに興味があるのです。満月の晩だし、なんかあぶねーことしてるなあとも思わんでもないですが・・・

しかしなんだな、テロリストかゴルゴかってなエモノだよなこれ・・・

雷/THUNDER 

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930年6月26日、平安京は日照りにあえいでいたようで、公卿の面々はが雨乞いでもせねばなりませぬなと段取りを話していたそうです。そんなところへ一転にわかに掻き曇り、雷鳴が轟き鋭い稲妻が清涼殿めがけて天と地を貫いたのであります。
この落雷によって大納言の藤原清貴と右中大弁平希世が即死したものだからさあ大変、雨乞いどころではなくなった清涼殿の面々は恐れおののき、これは太宰府で不名誉のまま死去した菅原道真の祟りだと言い出したのです。

菅原道真公は、醍醐天皇を廃立して娘婿の斉世親王を皇位に就けるという謀の嫌疑をかけられ、大宰員外帥に左遷されていますが、この嫌疑は道真の出世を疎んだ藤原時平の策略だと云われています。
この事件が発端となり、朝廷に祟りをなしたと見なされ、一転して天満天神として信仰の対象となり、学問の神にまで祭られていくのですが、祟りの根拠のひとつがほかならぬ雨乞いについての逸話で、左遷以前に畿内地方が大旱魃にみまわられた折、道真が祈雨祈願したところ、たちどころに雨が降るという霊験があったと。その数年後、讃岐の国で起きた大旱魃でも讃岐守に就いていた道真は祭文を読み上げ、雨に恵まれたという伝えがあります。
それだけに限らずまあいろいろと霊験に関する逸話の多い人だったようですから、あながち清涼殿への落雷が単なる自然現象ととして片づけられたかと言えば、当時の人々にはそうはいかない出来事だったのでしょう。

そのような故事から6月26日は「雷記念日」なのだそうですが、これが不思議なことに、いつ誰がそれを制定したのか調べているものの、よくわからないのです。記念日、とわざわざ言っちゃうくらいだから近代において電気やら気象やらにかかわる人々が決めたんだと思われますが、これだという資料と巡り合えません。それもまた道真さんの霊験?

焚火場の初夏

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ここ数年の焚火イベントの周辺に咲いている紫陽花は、ことしは僕好みの青になっています。

青いんだから土壌は酸性化しているわけですが、焚火で残った灰の多くは枯れ木や薪を燃やしたものだから、アルカリ性の土壌になっていると思ってたんだけどねえ。

白夜の如く

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普通ならば日の出が早く昼の最も長い日と呼ばれる夏至ですが、ここ数日夜明け前に走り出して現地へ向かい日暮れの後に作戦室に戻るという行程が多いので、なんだか年がら年中夏至か白夜かという生活パターン。しかし当然のことですけど仙台なんて北緯39度をちょっと越えた程度の街ですから、夜になれば当たり前に暗くなります。

これが北緯66度より北だったら、今頃は白夜の季節。禿山の一夜のような精霊のざわめきを経て、週末には聖ヨハネの西端に基づく夏至祭がやってきます。

日本では伊勢市の二見興玉神社で夫婦岩をめぐる夏至祭が行われていますが、北欧あたりだと縁結び的な迷信や信仰はもっと庶民的に拡散していて、それはもう精霊の力が高まってますからアレをこうすると将来の伴侶を見ることができるとか、それをああすると未来の伴侶に出会えるとか、そういうのが各地にあるようです。

その辺のエポックが日本に乗り込んできていないのは意外といえば意外ですが、北欧のような短くも最適に過ごしやすい季節を活かし子供の夏休みや夏至祭休暇をる土地風土でないから、これらが土着しないのも仕方がない。

それだけの高緯度地域となると、夏至の頃早々とミッドサマーとも呼んでしまうところが、夏が短く貴重なのだとも感じさせられます。北欧でも最も気温が高くなるのは7月のようですが、夏至の頃というのは民俗的にも宗教的にもひとまとめにしてしまえという凝縮感があります。まあ日本でも企業団体組織は総会やら役員改選やらで右往左往してはいますが、賑わいの本質が違うというか、白夜もないのと同時に6月は祝祭日も無いんだよなあ。

 

境界線の風景

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岩手の沿岸で復興を見守る彼

ニュース番組を見ていて、視聴者撮影映像の増殖に違和感を覚えるのは、僕がそういう時代に馴染まない古い人間になってきたからなのだと思います。

「お客はね、おあいそ、なんていうこっちの世界の言葉を使うもんじゃない」

こういう作法で社会勉強してきたから、と言えば分りやすいかもしれません。

多角的に情報を伝えたいが報道クルーの数では手が足りない。昨今誰もが撮影ツールを手軽に所有している。それが動画サイトや個人のSNSなどにすぐアップロードされる。

しかしそこには禁じ手の意識も必要ではないのかと。一般市民が好奇心で携帯端末の撮影装備を事件・事故・災害に向けたとしても、それが好奇心でなかったとしても、歯止めが効かないとしてもです、マスメディアがそれに頼ってはいけないのではないか。

視点をがらっと変えて、ふとイメージするのは、報道の世界の働き方改革だとか担い手確保といった就労環境の行き詰まりが、こういう状況を生み出しているのかなあということです。

これはSF的与太話ですが、それならいっそ報道部から事件・事故・災害担当記者とカメラクルーをすべて排除してしまって、ニュース番組は全部視聴者投稿で作ってしまえば・・・人件費がかなり浮くぞ。

・・・いやいやいや、それはそれで恐ろしい世の中になりそうだからやめときましょう。だから、マスメディアには、市民投稿なんてものはモフモフしてたりほっこりするようなジャンルだけにとどめておいてほしいと思うのです。

 

どうかお気をつけて・・・

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神戸の人々から宮城がいただいたひまわり

外房沖の地底の動きが気味悪いなと思っていた矢先に大阪での大地震。日常、防災や注意警戒と意識していても、それが来るときは防ぐことができません。

そして東北でも熊本でも、最初に来た地震が本震ではなかったという危険をはらんだ時間帯に、近畿地方はまだあります。どうか事後の混乱が最小限にとどまりますよう、今は祈念することしか一個人にはできません。

とは言いながらも、大阪の友人とはコンタクトできており、必要なものが出てきたときにはなんなりと連絡して、とのネットワークは作っています。どうやって短期間で送り届けるかの限界もあるのですが。

先だって、宮城沖地震、中越地震、岩手宮城内陸地震、東日本大震災、熊本地震とよくまあそれだけ当たったものだという国の災害査定経験者の人と対話していて、身につまされたことがひとつ。

「私の立場で公にはこういうことは言えないのですが、発災のとき、災害対策マニュアルというものは役に立ちません。ただしその場に、過去の災害を経験した人がいるかいないかで、マニュアルの効力は変わっていくんです」

実に切ない話ですが、そうなんだろうなと思わされましたし、マニュアルも何も持たずに仙台に来て間もなく東日本大震災を食らった自分を振り返ると、安否の分け目というタイミングは運だったとはいえ、確かに経験しないとわからないことばかりでした。

個人単位で情報端末が使える時代、その情報が膨らみすぎて判断を鈍らせることもあるし、要らぬ声を発する場面もずいぶんありました。被災地の方々にはくれぐれも、惑わさせない情報と声を伝えなくてはと痛感します。

本震かもしれない余震にお気をつけて。悪化している天候にもご注意ください。

 

一個は通常の四倍の質量です!

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二十代の頃だったら手に取っていたでしょうが、もはや無理。

というわけで捨て台詞。

食わなければどうということはない!