Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

連中だな、仕掛けたのは

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「まったく。ガンダムのこんな姿は見たくもない」

連休中、つくばーど基地に遊びに来たいわさきさんが渋谷で見つけて買ってきてくれたエメラルドマウンテンは、発売二十五周年を記念して放送四十周年となる機動戦士ガンダムとコラボレーション企画を立てたのだそうですが、世界に2台あるらしいこの自販機は、なんだか企画サイトを見る限りでは渋谷では5日までだったの?

「こいつ、動くぞ?」

などと言っていいのかどうかは今日以降も渋谷にあるのか何処かへ場所を変えるのかの確認ができないといけないんですが、これほど膨大な数のデザイン缶、連休期間くらいで買いきれないし・・・

というわけで、お土産にいただいたのはデニム曹長と量産型ザクでした。

 

捻れ曲り回る

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「世界で屈指の美しさ」と言われる駅舎の上位にいる金沢駅にもかかわらず、鼓門の佇まいを「ビグ・ザム」とかぬかす人々のなんと多いことか。発想が貧困なんだよ、などと憤慨しながら、実は「両足揃った亀ヶ岡の遮光器土偶の下半身」を想像してしまう僕も大馬鹿者です。しかし等身を考えたら僕の方がマッチしている。

・・・いきなり金沢駅に失礼なことを書いています。猛省。

ただ、文献で見ると各国の美しい駅たちとは、金沢駅は全く異質。ドライに言いきれば意表を突いただけのような気がします。といって、その各国の駅舎がそんなにすごいのかと言えば、どこかステレオタイプな歴史観にも見えて、ごく普通。多くの日本の駅のスタンダードさは、するともはや箸にも棒にも引っかからないレベルなのかもしれません。

なんて炎上しかねないことをいつまでも綴っていてはいけない。僕ごときの美観なんて、何の修行も積んでいませんから。

その証拠に、こんなものを眺めて嬉々としているのです。大昔、さよならジュピターのPR漫画で描かれた(とり・みきさんだったかゆうきまさみさんだったかは忘れましたが・・・そもそもジュピターの宣伝だったかどうかもあやふや)火星の地上絵の解釈を思い出します。

駄美術、という表現ジャンルが、いかにきわどく鋭いセンスが無ければ成り立たない難しさの上に立って、失笑から大笑いを得ている。いや、笑っちゃうしくだらねーと思っちゃうのですが、面白いこともまたゆるがない。こういうのが金沢で開かれているその企画の力。恐れ入りましたが、保養になるはずの眼も回るのです。

そういう展示の中で、順不同ですけどとどめを刺してきやがる、ふざけんじゃねーぞと(良い意味で)目を回される展示もあります。動画だったらわかるでしょうが、動画はありません(ネットの海に漂ってるだろうから探して)

「『帰ってきた 駄美術百万石』 駄美術展覧会 in 金沢 PART2」。5月6日まで、しいのき迎賓館にて鑑賞できます。

 

 

シンザシティー

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ずーっとこういうところ(上の図)だとか、東京湾内に建設された人工島の街だとかというイメージでしか思い浮かんでこなかったのですが・・・

 

 

 

案外、とかいなかというか、武蔵野の風景が残りつつも、知らずに行き来していただけじゃんという街道がその街を通っていたことを、今になって理解しましたよ。

四発がいっぱい

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カーゴだったら747もまだ「新品」(右手前のが最新モデルだそうです)も投入されているんですね。正確に言えば、海外でも旅客に使われている現役が残っています。やはりそういう世代なのか、僕よりずっと年上の撮り翼な人々がものごっついカメラで狙っておりました。

それにしても無印真っ白というそっけないのもいるんだねえ。と思ってよく見ると、こんなスマホの写真じゃわかりませんが企業名がちゃんとペイントされてます。

で・・・知りませんでしたが成田にA380って再び就航しているんでしょうか?

この機体自体初めて見るので・・・機種認識間違ってる? ただ、趣味的には僕も747世代なので、こういうノーズから背中へのラインや翼のガルっぽい展開はちょっとなあと感じるのでした。

 

10年の広場

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石畳の広場を訪ねてみたら、街路樹がなかなかの成長ぶりでした。

10年ほど前、ぷらすBLUEを持ち込んで撮影した頃はまったく知名度の無いところで、広場の外周ならばどこに車を置こうが迷惑になりそうもにない、格好のスポットでした。その後、車雑誌も目をつけこんな場所でもSUVの背景になっちゃうという(最初にやったの俺だから、人のことは言えん)今やドラマや映画のロケが頻繁に行われているようです。

そんな場所になろうとは思いもせず、左の写真のようにSSレイドの課題の場所にしていたのですが、現在これをやろうとすると、カフェのオープンデッキから見降ろされ衆人環視の中の撮影を余儀なくされます。

以前はタクシードライバーが昼寝さえしていたほどなんですけどねえ。

国際展示場

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先日、初代の1型エスクードのカタログと永代橋のことを書きましたが、これが2型にマイナーチェンジしたあとのカタログでも、ロケハンを伴う撮りおろしのスチルが多用されていました。

その一つが、幕張国際展示場前のカット。永代橋(当時)の黒々としたトラスト対照的に、赤いトラスがアクセントとなった背景です。しかしここは車寄せのさらに奥にあたるため、さすがに一般の人間じゃ車を持ち込めないです。

余談ですがマイナーチェンジは90年のこと。この頃東京モーターショーも幕張に会場を移した直後でしたから、案外トレンドな都市風景だったのかもしれません。

で、91年の1月から放送開始でしたので、おそらく似たような時期に撮影やっていたかもしれないのが、特急指令ソルブレインのオープニング(笑) 前作の特警ウインスペクターにはエスクードも出ていたんですけど、この番組トヨタ車で固めていたから、いなくなっていたかもしれません。

風都の現実

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昨年の秋には「仮面ライダーW」ファンの間でちょっとした騒ぎになっていたようですが、鳴海探偵事務所が間借りしていた「かもめビリヤード場」は、5月ごろから4階建て宿泊施設の新築着工によって取り壊されるとか。

まさかね、第1話のような立ち退きを迫られるとは左翔太郎。彼らの住む風都にも時の流れはあるのですね。

この建物は、Wの世界ではそこそこ客の出入りも見られるビリヤード場として登場していましたが、翔太郎が常用しライダーに変身した後もそのまま乗っているハードボイルダーは軒先に置かれ、建物内のどこらへんかに探偵事務所があって、さらにその奥というか半地下には大型ビークルのリボルギャリーが隠してあるという下町センスオブワンダーなところでした。ここを追い出されても、翔太郎やフィリップたちは風都のどこかで探偵業を続けていくのでしょう。

もともとは明治時代末期に建てられた鶴川座という劇場。建物自体は築年数100年を過ぎていたので、土地の未利用状態はある意味問題だったのかもしれません。

「仮面ライダー剣」の白井農場同様、もうすぐここも跡形もなくなってしまうかと思うと、いささか寂しいものがあります。霙さん、鳴海亜樹子の真似をしようとしましたが、スリッパを持ってくるのを忘れてます。

帝都の門

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木場のあたりで永代通りからタクシーに乗りました。なぜ東西線を使わないのよと言われれば、まあ行き先がそっちじゃないんだけど永代橋を渡りたいのだという欲によるものです。

永代橋と言えばですね、89年9月期にリリースされた初代エスクード2冊目のカタログ内に、ここを茅場町方面から走って来るハードトップのスチルが使われているのです。このカタログでもすでに写真合成は一部で始まっていますが、このシーンはもちろん多くが撮りおろしでした。

僕がエスクードの写真を撮り始めたとき、参考にしたのがこの版のカタログでしたが、自分で永代橋を走っちゃうと絶対にこのようなカットは撮れず、さりとて橋の上に駐車するわけにもいかず、未だにこれと同じものを撮ることができていません。

そういう思いもあって、今回はトラスのアーチくらい車窓から撮ろうかなと企んでいたのですが、タクシードライバー最短距離運行に忠実。なんと門前仲町で清澄通りに右折してしまうのでした!

ええっ、と予想外の展開に翻弄されていると、タクシーは首都高9号線へ移動し、首都高下の墨田川大橋を渡るのです。むむっ、ということは車窓から大川端方面が見えるじゃん。そこには真横からの永代橋もあるじゃん。

というわけで咄嗟に撮ってはみたのですが、完全に逆光だわ欄干が邪魔するわで、またしても徒労に終わるのでした。帝都の門(永代橋の俗称)はなんとも遠いなあ・・・

 

つくばーどin日光大室

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4WD乗りのために頒布されている交通安全御守を手に入れ、日光大室高龗神社に参拝しましょ。というクロさん主催のつくばーど。ここをスタート地点に買い出しトライアルもやっちゃいますよと、本日開催となります。

それで・・・なんでザクなんだという点については、本日のゴール地点がここ。ということです。ダートはほんとんどありませんが、緩いようでけっこうタイムリミット厳しいかもしれぬ。

肝心の参拝は、本殿にあげていただきお祓い受け、宮司の狐塚さんと神社の縁起から四駆談義まで、和気あいあいとお邪魔することができました。

 つくばーどin日光大室

 第12回買い出しトライアル

 

とかいなかの街

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千葉ニュータウンに出かける機会がありました。実に八年ぶり・・・かというと、東北転勤の後に一度、狼駄さんが車にはねられ日医大病院に担ぎ込まれたと聞いて仙台からすっ飛んで印旛村の二ュータウンエリアに来たことがあるのですが(それでももう八年くらい前?)

驚いても仕方がないのですけど、ニュータウンのオールド化は、ここでも始まっていました。街を歩く人々の高齢化が目立つのです。ベッドタウンだから昼間人口の年齢層に空洞化があるのも当然ですが。

多摩ニュータウンに比べて20年は開発が遅れたここでは、多摩が高齢社会化するシミュレーションを基に多世代交流人口をねらった定住策を練ってきました。それでも人は齢を経ることを避けられないのだと、風景の中の人々を見て感じます。いや、そういう自分自身だって齢喰ってるんですよね。人のことは決して言えない。ただしニュータウンの実際について付け加えれば、赤ちゃんを抱っこして買い物に出ている若いお母さんの姿や、カート?に乗せられて散歩に出かける保育園児たちもいるので、多世代定住は実現しているようです。

とかいなか、なんて言い方は糸井重里さんみたいですが、千葉ニュータウンは郊外と都市の中間的な街というイメージを描き、郊外=ルーラル、都市=アーバンから生み出された「ラーバン」なる愛称を持っていました。実際、開発が遅れた分、雑木林や谷津の点在するクラスター開発地です。が、8年もするとその原野だったところにもいろいろ建ち始めています。山羊を飼っている喫茶店も、野原のあぜ道にほつんと生えていた大きな一本の木も、いろいろ無くなっちゃってるねえ。