Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

Team WESTWIN Warriors #127

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TDA2018シーズン最終戦はいよいよ明日ですが、その前に。

高橋陽介さんのスーパースージー連載「九州J通信」に早くもウエストウインが取り上げられ、J(たぶんジムニーのJ)通信であるにもかかわらず、J‐ONE  GPのレースリポートを軸にしながらも、ウエストウインがエスクードを駈るチームであることをきちんと伝えてくださったことに感謝と脱帽です。

なにしろHANGARSPORTSの高田さんが登場した折に、このブログを通して圧力をかけまくり、J‐ONEでのウエストウインと仲間たちについては好き勝手に構成をぶち上げ、言いたい放題投げかけておりましたが、高橋さんはご自身の視点と文面で、オリジナルの記事をまとめておられます。

それは取材対象に対しても読者に対しても、とても大事なことです。だから高橋さんに敬意を表してこの回にて紹介します。

今日あたり書店に

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実は前号がなぜか9日ではなく9月7日に発売されていましたが、スーパースージーは基本的には奇数月の9日に出る雑誌です。ということで本日あたり書店に出ているはずで、まあ主たる内容は四代目ジムニーのあれこれのオンパレードですけど、数少ないエスクードのページには那須高原でのミーティング風景を紹介しております。しかしこっちには四代目エスクードは出ておりません(笑)

 

もう一つ楽しみなのは、広島県で行われたJ‐ONE/GPに参戦して奮闘したチーム・ウエストウインと、彼らに協力してくださった人々のバックヤードドキュメンタリーがどのように記事化されるか(これについては後日)

こんなときに僕自身は明け方には岩手県の普代村にたどり着かねばならないので、書店に行ってる余裕がありません。昨日までに基地には最新号が届いているというのに、片道650キロくらい走らないと戻れないという・・・

で、戻る途中にTSUTAYA系列の書店(スーパースージーはこの系列に出荷している)に立ち寄って、一冊購入しました。うちの連載ページ以外にもエスクードの登場比率は高く、ざっと見渡して高橋さんの「九州J通信」とTDAリポート、福永辰巳さんの「イタリア通信」、徳島市のアウトクラスカーズが仕上げた四代目エスクードなど。

エスクードの誕生三十周年としてはこの号が最後?(年度で言えばあと二回あるけれど)だし、まあまあここ数号は露出度高かったですね。

しかし、そういうのありなんですか? だったのがイタリア通信におけるエスクード誕生物語と題した、片岡祐司さんの紹介と初代開発エピソード。読み比べていただければ一目瞭然ですが、我々が作った企画webに掲載してある片岡教授のリポートを表題ごとほぼ丸写しです。たぶん元の原稿を片岡さんが提供しているのだと思われますが、いみじくもデザインやる人が原稿ほぼ丸写しって、呆れちゃいます。うちも片岡さんも手弁当でしたが、これ稿料出るんでしょう? ならばせめて構成くらい考えてもらいたいものです。

シンクロにしてぇな ~意味のあるなしに偶然の一致~

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7日夕刻、BLUEらすかるが予定より7日遅れて710000キロに到達しました。

本来なら10月中に越えるはずだったんですが、Bレイドの時点で600キロも不足していたのと、この数日は遠出がありませんでした。こりゃまた年内に720000キロに行けるかどうかでやきもきしそうだなあ。しかし、これは無意味に7日間停滞していたわけではないことが判明。

7日の昼、遠く離れた沖縄の同じ車体色のテンロクショートが、330000キロを刻んでおりました。

おお、シンクロニシティ!

しかもですよ、大ざっぱに引き算すると、両車の距離差は「月と地球の距離」なんだわこれが。7日は月齢がリセットされ、新月(8日)に移り変わるタイミングでもありました。

 

現役中の邂逅

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世界初の機体可変戦闘機・VF‐1が1号機のロールアウトを見たのは2008年11月のことだったそうで、その4か月後にSDF‐1マクロスが進宙するまでに約1000機以上が配備されていたことが空想歴史。スズキエスクードについて言えば、3代目のビッグマイナーチェンジが施された後あたりで、まだ現役個体はあれど、20年めを迎えた初代モデルは世代として退役していく時代にさしかかっていました。

この歴史に照らし合わせていくと、VF‐1シリーズは2015年に生産終了となっていて、2020年以降退役が進むものの、後継機VF4に大気圏内運用の問題点があり、アップデートが繰り返され最終的には2060年代まで現役個体が存在していくようです。

2015年と言えば、エスクードの4代目が登場した年回り。初代はいよいよ姿を消しつつありますが、諦めの悪いユーザーはまだまだ乗り続けるための苦心を続けているところです。なぜかって、代々登場するVF可変戦闘機をみてもわかるとおり、「バルキリー」が一番なじんでるじゃないですか。

a stall

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70万キロを越えたというだけでも贅沢といえば贅沢なんですが、ここまで来ると月と地球の往復距離へ持ち込みたくなるのも人の業。現状あと6万キロと考えると、これまでのペースで車が壊れなければ2年くらいあれば、それは行けるなと考えていたのです。

が、これからのペースが大きく崩れるとなると、心中穏やかじゃありません。いつもこうなんだよなあ。思うようにはいかない。

ワタクシゴトですが、2019年からは再び東京通いとなりそうです。

 

左様でござるか

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うーん・・・ これ移動途中で力尽きて寝こけているときだな(笑)

しかしリアフェンダーにマーキングがないのはことしの9月のごく短い期間ですから、かーなり貴重な姿です。

初代お好きですか、左様でござるか。

それは聞き捨てならん

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「インド、パキスタン方面で初代エスクードの需要が高騰していて、スクラップだろうと不動車だろうとお構いなしの買い付けが始まっていますね」

ウエストウインの島雄司社長が困惑しながら教えてくれました。彼のところのレジントップにも買い手がつきそうだとの話です。成約にならないのは、シートがノーマルじゃないからだって。そのバイヤーがシートを別所で入手出来たら、車体の方も売れてしまうでしょう。

うちも先代らすかるに乗っていた頃、直接バイヤーから声をかけられたことがありましたが、当時は東南アジアでの需要高騰でした。今回は大げさに言えばローラー作戦か絨毯爆撃かという勢いがあるそうで、メーカーストックの純正部品などにも影響が及ぶのではないかと、島社長は懸念しています。

まったくありがた迷惑な話だこと。インドあたりじゃ三代目が高級車で馴らしてるんだから、それに乗っててもらいたいもんです。

光の速度なサブネーム

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古い画像なのでいつのものだったか失念しましたが、四代目が登場する少し前の、デリーあたりで開かれたモーターショーに出てきたグランドビターラだったでしょうか。LUXIONというサブネームに、当時は目が行っていませんでした。これが「ひらがな」で書かれていたらインドのスズキには相当なマニアがいたとも推測できるわけですが、アルファベット表記なので「質量0にて真空中では光速度で動く素粒子」、と、スタンダードに解釈します。今考えるとけっこう凝ったネーミングです。

スペアタイヤを排しているので、もうモデル末期の架装ものだったのでしょうけれど、よくよく見ていると、市販ベースのTDA4Wの方がシャープな印象を感じます。対してこれのコンセプトは、よりゴージャスなところへ持って行こうとしたのがわかります。

しかしこれが発表された当時、人類初の超光速宇宙艦とか第3世代型宇宙戦艦とかいう話にくっつけようとする流れは無かったのか?(今頃蒸し返すなよ)

 

あと10年は戦える!・・・か?

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ぷらすBLUEは車検を終えオーバーホールに入っております。月末には戻ってくる予定ですが、G16Aのオイル上がりとオイル下がりの併発により、あちこち手を入れなくてはなりません。このところの対話で、霙はエスクードの乗りやすさ(当社比)もあり長く乗ってくれそうなお言葉も賜っているので、ここで大がかりに整備せねばなるまいよと、後が怖いけれど必要部品の大量発注となりました。

大量発注って・・・どんだけ?

帰ってきたおいたマン ←敬称略ですみません

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ただし、初代ウルトラマンと新ウルトラマンのような相関図ではなく、おいたマンさん本人です。三代目エスクードの2700からスイフトRSを経由し、四代目の初期型に戻ってこられました。1400ターボは、ご当人の走らせ方には合わないということで、NAの選択もおいたマンさんらしいです。

最初の連絡をいただいたのが9月28日の昼頃で、納車待ちだと。仕事で猪苗代にいた僕は勘違いして「試運転でひとっ走り来なさいよと」言ってしまったのですが、正式な納車は6日だったそうです。納車時点で積算走行距離200キロ未満で、エスクードマイレッジにエントリーしたときには500キロ。この週末は早速、ご家族を乗せて走り回ったのでしょうね。