Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

はっ!

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欲しかったやつだけど・・・

週一のお楽しみだった日帰り温泉も、コロナ自粛で休館になっちゃったーっ!
ストレス発散にネットショップをうろうろしてたら、ついポチってしまったわ。
まぁ・・・前に使ってた時計がダメになっちゃったから探してはいたけどさ・・・

温泉再開したら使おう(防水仕様です)

お達者でしたか

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仕事の立ち寄り先で、1600ノマドの消防指令車を見かけました。これはおそらく、立ち寄った街の位置関係から、2007年に筑西市で出会った2台のうちのどちらかですが、消防のエンブレムは外されていました。車体の所属が消防団に変わっているので、エンブレムは譲渡の際に回収されたのかもしれません。近場で別の街の2000ccの指令車はまだ健在ですので、あと1台のノマド指令車の消息も知りたいところです。このノマドについては、お達者でよかった。

ぴょんっ!

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可愛いーーー♥

新月サンが出先で撮った写真。
ついペットコーナーを覗いてしまうらしいです(笑)
丁度シャッター押したら飛び跳ねたという一枚。
なかなか狙っても撮れませんわ。
あああ・・・仔猫どっかに落ちてないかしら・・・

足  跡

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先日のこと、荷物運びに使いたいのでとBLUEらすかるで仕事に出かけて行った妻が夕刻帰宅してきて、テレワークは夜中にほとんど終わってしまって日中暇を持て余していた僕に意外な話をし始めました。

「ホームセンターで荷物を積んでいたらね、五十代くらいのおじさんが声をかけてきて、『失礼ですがFOOTMARKSの関係者の人ですか?』と言うのよ」

その人は、BLUEらすかるのリアクォーターウインドーに貼られた「FOOTMARKS」のステッカーに気が付き、話しかけてきたそうです。「FOOTMARKS」というのは80年代から90年代に筑波研究学園都市で開店していた、喫茶店の名前です。当時の常連客の大半はこのステッカーを車に貼っており、うちでもほぼ歴代のエスクードに、これは貼り付けられていました。お店は最終的に、2000年の暮れに閉店して久しい過去の記憶です。

我々にしてみれば、何かしら意識することもなかったけれど、確かに今だと20台も残っていないと思うし、妻が出かけていた水戸市の街なかでこれを見ることは稀以前にまず無かろうなあと思いました。

「なんでも、若いころに筑波住まいで、お店にはよく行っていたんだって。懐かしくなったみたいだった」

その人はきっと、夜から閉店時間過ぎまでたむろしていた僕らとは異なる時間帯に通っていらしたのでしょう。お店もとうに無くなり軒にかかっていた看板も、今は別の場所で記憶の証人として残されているのですが、残念ながらそういったお話をすることができないすれ違いとなりました。でも、あの店に通っていらした人がステッカーを見かけて声をかけてくれたことは、とてもうれしいことでした。

黄色いぽよぽよ(二代目)

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初代はミモザでした。

先々週雪の下で凍えてた蕾が、気づいたら爆裂。
あれよあれよと言う間に満開近くなってました。
新月サンが肥料くれたり枝纏めたり、せっせと面倒見てくれるので安心(こら)
出来れば白いモッコウバラも欲しいなぁ・・・

「ちゃんと世話をしろっ!」
・・・話はそれからだ

ダークサイドのR&B(richard & burns)

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イギリス情報部第七号の教育係という「なるほど!」なキャラであるグラハム・バーンズが、歴史の時系列ではなく登場順にみていくと柳恭平、火付けの柳といった活躍?を経ているわけですが、もともとはシャフトエンタープライズ・ジャパン企画七課長内海ことリチャード・王に端を発するのは、知っている人なら知っている有名な逸話です。

リチャード・王の、それまでになかった快活な悪役像を気に入った新谷かおるさんが、ゆうきまさみさんからキャラクターを譲渡され、より幅広い肉付けを行ったのが火付けの柳であり、柳恭平であり、グラハム・バーンズでした。

素材としてはリチャードと柳は別人なんですが、スターシステムなんざ知ったことかよと、「歴史の襞に現れ消える謎の男」と仮定し、バーンズ中佐が最初の人物だとした場合、90年代初頭に暗躍する火付けの柳は年齢上の矛盾が生じるけれど、弟子のジェームズ・ボンドだって日本人に化けたことがあるくらいだから、アンチエイジングとか冷凍睡眠とかも付け加えれば無理くり同一人物説も適うかもしれません。

そうして柳恭平を経て内海・リチャードへと変遷していくのは、その顛末が顛末なだけにちと殺伐感をぬぐえませんが、情報戦、商戦、F‐1、エアレースときてレイバーを扱うビジネスマンの側面は、やはりゆうきさんの種まきと、新谷さんの功労によるものでしょう。残念ながらゆうきさんはリチャード・王を死で幕引きさせ、新谷さんは自身が筆を折ってしまったため、これ以上の広がりはなさそうですが、どのキャラクターも魅力にあふれていることには変わりありません。

ちょっとだけほっこり。

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うとうと・・・

近所の公園にて、お昼寝中のネコさん発見♥
デジカメ持っていて良かった!
(スマホじゃ撮れない距離)

いい具合にお日様が当たって気持ち良さそう。
人間はコロナ騒ぎでてんやわんやだけど、ネコさんに災禍が及びませんように・・・

てきぱき働いてくれてえらーい!

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税率の特典なのか接触を避けたいのか、ドライブスルーが大混雑していたのでテイクアウトを断念して店内に入ると、案の定閑古鳥が鳴いてました。店員は三名が戦争状態。こりゃーしばらく待ちだなあと思いながら晩飯をオーダーして席に着くと、いくらも待たずに飲み物とサイドオーダーが届き、主軸のハンバーガもこれまたたいした待ちにならずに配膳されました。でも表はまだ駐車場内渋滞で、なんだかざわざわしている。

紙マットやバーガーの包みに「コウペンちゃん」があしらわれていて、お客に対してお疲れ様だとかありがとうだとかのメッセージを投げかけてくるのですが、この夜はむしろ、店員三名の皆さんに対して「えらい!」「はなまるをあげます」と言ってあげたい気分でした。

もっとも、おぢさんは「コウペンちゃん」がなんで何でもかんでもほめるのか、最近ようやく分かった野郎です。

初物。

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右端に狙ってるヤツが。

仕事中に母から電話が鳴ったので何事かと思って出たら
「竹の子食べるー?!」
・・・はい、食べます。
「三本貰ったんだけど全部送ろうか?」と言われましたが、
纏めてゆで上げる大鍋も無ければ保存しておく容器も無いので
二本だけ貰う事に。
義妹に
「竹の子貰うけど、食べる?」と聞いたら
「竹の子ご飯下さい」と返されました。(予想はついた)
翌日、届いてすぐ茹でましたわ。
晩御飯は炊き込みご飯♪
四合炊いたらお釜ギリギリ・・・
よかった。五合とがなくて(汗)
さて、残った竹の子で煮物でもつくるか。

春の匂いだー♪

The name is Bond. James Bond

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もちろんイアン・フレミングが世に送り出した世界的な諜報部員、007(昭和30年代から40年代前半の人はゼロゼロセブンと呼んでましたが、ダブル・オー・セブンね)のことです。彼はまだ意外と若くて、当初ばらついていた生年月日が、2006年の映画「カジノ・ロワイヤル」から1968年4月13日と固定されました。しかし、すると、当初のプロフィールである「第二次世界大戦に海軍中尉で出征し、終戦後にМ16の工作官となる」設定が崩れてしまいます。

そこで、ここでは4月13日という誕生日だけもらってきています。まあそれ自体にはたいした意味はありません。一応綴っておくと、彼の名前はジェームズ・ボンド。格闘技・体術に長けているけれどいろいろと病気持ちで、紅茶嫌いのイギリス人です。

本家版で彼がどのようにして諜報員の技術を取得し世界に名だたる(スパイが名だたったらまずいんじゃないの?)エージェントとなっていくのか。そのプロセスを僕は知りませんが、ある筋のサイドストーリーとして描かれたエピソードによれば、00セクションにおける上官001から手ほどきを受けているらしいのです。この上官、グラハム・バーンズ氏。紳士であるけれど狡猾な人物。大戦中はイギリスの情報部員として暗躍していました。

「わかる人にはわかる話」で済みませんがこのおっさん、グラハムとしての登場が最も後発ながら、大戦後の歴史の襞に現れ消える妙なキャラなのです。巨大商社の裏ビジネスでライバル企業を攪乱、妨害するエージェントとして、国家間の対立から紛争を平然冷徹に引き起こす。ただしその目するところが自らの思想と哲学に反していくなら、毅然と袂を分かつ。英国人ではなく東洋人、「火付けの柳」としての初登場が、80年代の終わりから90年代初頭にかけてのことでした。

巨大商社・座王を辞した後、彼はF‐1グランプリの世界に姿を現しますが、金融系財閥をバックボーンにアメリカのインディー参戦チームを買収してエンジンサプライヤーに「無限」を擁します。「火付けの柳」の異名は健在ですが、なんとその経歴には「元ホンダF‐1プロジェクト総監督」というとんでもない肩書がついていました。えっ? それどっちのF‐1?(60年代と80年代があるから)。どちらにしても座王がホンダのレース参戦をバックアップしていたということか?

F‐1・ハート・レーシング時代の彼、柳恭平は、手練手管はそのままと思われますが人物像についてはそこそこの良識派に転向しています。ただ、どうもF‐1やインディーのようなモータースポーツでは飽き足らず、20世紀末から21世紀にかけてH.R.D(ハリケーン・レーシング・ディベロップメント)なる起業を果たしエアレースの世界に躍り出ていました。このエアレースチームの戦績は、その後の彼の消息とともに不明です。

・・・なにがジェームズ・ボンドなんだこの記事?