「『新子』入ったそうですよ。火曜日にでもどうです?」と知り合いのおにいさんから新月サンにメールが届きまして。4月に一度連れて行ってもらったお鮨屋さんへ。
『新子』ってなんぞ?と思ってたら、コハダの稚魚だと教えてもらいました。『新子』の初物・・・いいのかしらん、アタシなんかが食べちゃって(汗)
でも美味しっ!頭から尻尾の先までが楊枝よりちっちゃいソレを丁寧に開いて酢でしめて。もー、お仕事しまくりですわ。
連絡くれたおにいさんが、日曜日に釣ってきたイカの一夜干しをお土産にくれました。
今夜はコレで呑んだろ♥
初めての・・・
来たのは誰だ
フォルクロリスティクスな領域
神々との闘いの落日
「2012 009 conclusion GOD’S WAR サイボーグ009完結編」のコミカライズ版が第五巻の出版をもって完結しました。故石ノ森章太郎さんのプロットを基にしての大団円ということですから、おそらく原作者の意図と発想を忠実に描ききったのだと思われますが、まさか巨人の聖お兄さんたちとまで戦う構図が出てくるとはと、びっくり仰天のギャグ漫画テイストまではらんでしまいました(実際にはそうじゃないんだけど、そうにしか見えない)
ただただ一点、このマンガが落第しているのは、フランソワーズ・アルヌールが絵としてきれいに描かれていないことです。描画が雑、これだけで0点です。
このマンガはウェブ上ではもっと以前に完結発表されているわけですが、天使編や神々との闘い編を引き継ぐプロットを随所にちりばめながら、結局は強さのインフレーションに陥っていくのを避けきれないうえに、何から何までさらけ出せばいいってもんじゃないだろうという読後感が漂い、結局のところ神々の正体はそれかいとがっかりする落としどころに収まっていました。だいたいが、肝心なところをト書きで進めるのがマンガの仕事なのか?と。
掘り下げるだけ掘り下げていくうちに、きっと、石ノ森さんは「絵にしたらチープだ」と感じていたのではないでしょうか。こんなもんのために悩んで休筆したの? ではなく、これを描くのが陳腐な結果になりかねないという葛藤に苛まれたのではないか?と思わされます。
神々との闘いの全ページを、石ノ森さんご自身が何処まで自分で執筆したかは定かではありませんが、両者を見比べたら、描画の出来栄えが歴然として違う。描ききれないなりに叙事詩的な展開を試み抵抗しようとした痕跡があります。未完であっても支持するならこっちです。
異端の本分
総選挙なんてものをやらかすのは政治家とアイドルだけかと思っていたら、ゴジラ映画までもが乗ってしまう現代。ハリウッドで作らせた新作とのタイアップ企画ということですが、流星人間ゾーンへの客演や、でっかいトカゲのあれも入れれば(総選挙には入ってません)、とうに30を数えるのです。ゴジラってエンターテイメントには違いないとはいえ、本質はそれだけではなかったはずの映画だと感じていたので、この企画は意外でした。いまさら震災における原子力災害を引き合いに出すほど無粋なつもりはありませんが、あれはそういうものへの怖さを描いていたし、怪獣映画そのものが災害のメタファーを抱え込んだ作りでもあります。
よく仕掛けちゃったよなーと、内心思ったのが正直なところです。それで、今のところ順位は伏せられたまま10作品に絞られています。第1作目は当然のことながら、けっこう気に入った展開だったvsビオランテや、ちょっとだけ登場とはいえ(最初に)エスクードが出てくるvsメカゴジラがランクインしている中で、初期シリーズの中からゴジラ対ヘドラが抜け落ちてしまっていたのは残念でした。
核の脅威を人類に対して警鐘する意味合いを持つゴジラが、シリーズを追うごとにその部分を風化させてしまった凋落期に、公害の恐怖を突き付けてきたヘドラは、公開当時の世相を申し分なく抉り出していたと思います。人間の手に負えないものを人間にはどうすることのできないものと戦わせて滅するという構図はいささか身勝手な話ですが、核も公害も怖いものなのよという作り手の言い分は、あれを観た子供心にグロテスクでサイケな映像とともに焼き付けられています。
まあ核の申し子のゴジラの方はどうだったかというと、空飛んじゃったりいろいろとほほなんですが、うかつに組み付くとゴジラでさえその体躯を腐食させられてしまうというヘドラは、なかなかに冷や汗をかかされる存在でした。そしてあの頃、ニュースでも記事でも、毎日のように取りざたされていた公害というキーワードは、戦後の人間である僕にはきわめて身近な脅威に映っていたのです。
そんなわけでゴジラ対ヘドラに投票するのですが、その結果はともかく、これから作られるゴジラ映画がどこを向いて何を包み込んだエンターテイメントになっていくのかは、作り手には熟考していただきたいと願うばかりです。
来夏になると彼女たちは・・・
映画化だと。
吉田秋生さん原作の映像化というのはこれが初めてではないから驚くほどのことじゃありませんが、変なキャスティングとやっつけシナリオにならないことを祈るばかり。能天気なだけのラブコメオンリーな漫画でない分、料理の仕方を上手にやってほしいところです。この街、狭すぎだろうというくらい登場人物に縦横上下左右の関わり合いがあるから、誰かを疎かにしてしまったら、もうそれで失敗です。ドラマ上、役者が演じるということは血と肉が通ってくるものでもあり、そうすることで重くなりそうな経糸をどのように紡ぐかも大変でしょう。
だけどこれでしばらく鎌倉に行きにくくなるんだよなー・・・