かつて霰が通い、現在は霙が通っている学習塾からの月報が僕のところに送られてくるのですが、その内容は履修科目に対する評価と、随筆のような会報の二枚で構成されています。普段は会報の中身に読むべきところを見出すモノが無く一読しておしまいです。が、今回届いた会報の内容はつい深読みしてしまうほど、不謹慎にも面白かった。
唐突に、サリンジャーの「ライ麦畑で捕まえて」(という邦題は1964年の野崎孝訳版)についての原文の一節紹介と解説。こりゃ英語科担当の先生に当番が回ったのか。成績評価も英語についてだったから。
サリンジャーによるあまりにも著名なこの作品の解説は長くなりすぎるので割愛しまして、この会報の論旨は原題である「The Catcher in the Rye」がどのようにして物語に組み込まれているかを説明しています。この原題そのものは、18世紀のスコットランドの詩人、ロバート・バーンズの詩からピックアップされたものです。もともとは「Comin Thro’ The Rye 」。サリンジャーが物語を綴るうえで、聞き違いによる間違いというガジェットを取り入れ、こうなってます。「Comin Thro’ The Rye 」の方は、この秋からマッサンの奥方のエリーちゃんがよく口ずさんでいた「故郷の空」でも知られています。
会報は受験シーズンたけなわ・・・などとは一切言わず、クリスマスにちなんで、クリスマス休暇の時期を舞台とするこの小説の紹介と、みなさんのおじいちゃんもお父さんも読んだことがあると思う。面白いから読んでみて。というメッセージに終始していました。うちの親父はまず間違いなく読んでませんが、僕は確かに、物書きの師匠にすすめられて10代の頃読んでました。
うーむ。まあ面白いっちゃあ面白いけれど、これを高校生の娘に薦めるかどうかを考えると、本人が勝手に見つけ出して読みふけるのはしらんぷりしておけるけれど、「読んでみ」とは言わないだろうなあ。というのが本音でした。会報の書き手もそこまで考えてのことではないとは思ったのですが・・・
いや待て。
「ライ麦畑の捕まえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ」
という主人公の言葉は、見知らぬ子供が歌っていた歌の聞き間違えによって生まれている言葉です。主人公はライ麦畑で遊ぶのに夢中になってしまい、畑の縁の崖から落ちそうになる子供を救うような役目を負いたいと言ったものの、そのことを告げた相手、彼の妹に、
「その歌は『誰かさんを誰かさんが捕まえたら』じゃなくて、『誰かさんが誰かさんと出会ったら』って歌ってるのよ」
と指摘されるのです。主人公はまあ社会的には落ちこぼれの部類で、三度目の高校退学を命ぜられ紆余曲折するのがこの物語の展開です。
ここか? 一見、英語の聞き取り間違いに注意してねと告げているようで、実際のところは英語の先生が崖から落ちそうになる教え子を救いたいと暗に示しており、つまり霙は今のところ崖っぷちですよ、と遠回しに言われているのではないか?
げげげっ、大丈夫か霙っ
もっともこの手紙は会報なので、うちだけでなく高校生の塾生全員の親に配信されているものなのですが・・・