姉妹でエスクード(SIDEKICK)という環境は和邇さんちのお嬢たちに次ぐ実現です。とうとうこんな風景を見る日が来てしまいましたよ。
しかし助手席に乗せてもらうのはいいんだけど、それだとこいつらがつるんで走っている様子を撮影できません。あと1台、直四の2000に乗ってないからTA51W・・・とか言ったら絶対に家内にぶっ飛ばされるよなあ。
翌日、霰は市の行事に参加で別行動なので、幌車を霰に預けてBLUEらすかるで遠乗り。
「こっちの方がステアリングがしっかりしているし、ペダルの重さもちょうどいいですね!」
それもまた的確な分析。だがこっちは譲ってやれん。
とかなんとかやりとりしながら、久しぶりに摩庭さんのところへ出かけてみれば、軽自動車スポーツカーのミーティングだとかで店内ごった返し。幹事がまとめて注文しに来い(笑)
「午前中なんかお客なくって、うちの車を駐車場にサクラで置いておこうかと思ったくらいだったんだけど、午後はサプライズ連発だね」
小一時間ほど摩庭さんと談話し帰路は残った燃料で帰り着くためにずっと定速度で走り続ける練習と、セルフスタンドの使い方レクチャー。今回はスマートインターを利用する関係からETCを入れたままだったけれど、一般利用としての高速の乗り降りも教えなくちゃいけないか。
「覚えることが路上教習よりいっぱいありますねー。でも面白いから苦にならない」
まだある。ネズミ捕りのいそうなばしょとか覆面パトカーの見分け方とか(いいのかそういうことばっかり教えてて)
ふーむ。高速教習は本検後・希望者のみ実費だったわ。(だからやらなかった)
自分の車乗り始めて2ヶ月も経たないうちに「最寄りの駅に置いてくからー」と親に嘘ついて、三島まで一人で運転して行っちゃいました。いま考えると無謀っちゅーか無鉄砲っちゅーか・・・
ETCカードなんて勿論無くて、当時はクレジットカードも持ってなかったから、慣れるまで料金所で支払いの度にジタバタした記憶が・・・
高速教習したくとも、高速道路が石岡までしか無かったよ(笑)
そうだよね、ハイウェイカードだって無かったから、パワーウインドーの無い車で乗り入れるのは大変だった。
以前、ETC黎明期の頃、妙高の帰りだったかで高速に上がる際、およそ想像もつかない(失礼)だいすけさんのぼろぼろなジムニーがゲートを涼しげに通過していくのを、みんなして唖然と見送ったねえ。