渋谷casualではなく、渋いカジュアルなツーショットが、バックアップ後のフォルダから出てきまして。
これがいつ頃撮られたものかは僕は知らないんですが、この2台をそれぞれ乗り始めた頃、我々がよく知っている友人たちはまだ10代だったかもしれません。それを今考えると、彼らはカジュアルなだけではない渋さがあるよなあ。
と、褒めちゃえばこの写真使ってもいいよね(無断掲載かよ)
初代エスクードは、大胆にもこのSJ30の後継車種として企画会議が設けられたことは、まあ誰もが知るところです。「次期ジムニー開発」の振り出しはサンマルが登場してからわずか3年後の会議設営ですから、初期のもくろみはエンジンの4サイクル化だとかパワーアップ指向で考えられたのかと想像できますが、サンマルジムニーは思いのほか評価が高く、第1回目の会議で「次期ジムニーなんかまだいらない」と、次期開発自体が袈裟切りにされてしまったのです。
もっともそのおかげでエスクード誕生のきっかけが生まれるわけですから、塞翁が馬。だけどこの状況をよくよく考えてみると、その場に偉い人たちが(GMとのプロジェクトで皆出払っていた)いなかったという偶然にも助けられた、やんちゃでけっこう危ない橋を渡る路線変更だったんじゃないかと思わされます。
乱暴な解釈をすると、足回りの構造こそ新機軸を持つエスクードですが、フレームの構造もエンジンレイアウトも~ただし四輪駆動のセンタースルー方式は新しい設計~ジムニー譲りと考えられなくもありません。そこに花を持たせたのはやはりデザインで、これを踏襲したモデルはその後現れていません。
ジムニーもまた然りで、ホープスターON4WD、初代と比べると、サンマルこと二代目はドラスティックに変化しており、しかしシンプルなラインはその後どうやっても変え難いシルエットを確立しています。そこには質実剛健ながらカジュアルという、良いとこ取りが成功しているのです。
大きく分岐しているようで、エスクードとSJ30には深いところに共通する志が込められていると、この写真をリサイズしながら感じ取るのでした。
懐かしいツーショットですね。手元のデータだと1998年3月11日に撮影してますよ。
今なき2台ですので、私は使用OKです。
こういう記録はずっと後になって大きな意味を持ってきますから、記録しておいてくれたことに感謝ですよ。
この時の写真は自分のとこでも無修正で掲載中です。
二台ともお星さまですからもちろんOKです。
この頃まだバリバリの10代でしたね。
20代に突入~!!まで1年以上の猶予がありました。
トランスファーのセンタースルー化については二輪駆動でのオンロード走行を重視して設計した事が伺えます。無駄なギヤの噛み合いが無くなるので、騒音や燃費に効いてきますね。
最近近所のゴミ集積所近くに住んでいる空冷ビートル→JB33→JB43と乗り継いだおじさまがJB74シエラに乗り換えられまして、燃えるゴミを捨てに行く度にシルバーに黒バンパーという事でこのサンマルを連想してしまいます。カムバックする日は来るのかな~。
半月くらいずれていますが、ちょうどこの頃の我が家がこんなんでした。
http://tsukubird.org/aqa/1998-2/01.html
うちは一型01Wから一型11Wに乗り換えて2年とちょっと。三型ノマドも5年めになってました。
それで今、まだ一型61Wと二型01Rなんだから、人間が成長してないよねえ。