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  ~懲りない傾向~

90年の景色、50年の味

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石岡の大火は3月の出来事ですが、今からちょうど90年前の出来事。この市街地消失によって復興と再開発が進み、目抜き通りには後に云われる看板建築が立ち並んで、戦後もこの都市骨格は引き継がれて今に至ります。

その後看板建築は周辺の街にもぽつぽつと広がっていきますが時代の推移とともに石岡市内でも建て替えが相次ぎ、登録有形文化財として保存されているのは11軒ほどになっています。

大火の折、唯一焼けずに残った丁子屋のような、江戸時代末期の商家とは異なり、看板建築は近代のひとつの建築文化でありながら後世まで維持保存するというムーブメントには乗り遅れた感があり、それがより早い時期に始まっていれば、佐原や川越ほどではないにせよ、ちょっとした歴史的町並みになっていたでしょう。もっとも、老朽化していくそれらの建物に住まい続け、使い続けなくてはならないといった別の問題も内包するので、一概になぜ残さなかった?とも言えないのです。

そうしてまた、骨格は残しながら改修を施し形態を変えながらも使い続ける人々もいらっしゃいます。丁子屋の近所にある和カフェ「紫園」もそのひとつ。いつ改修したのか覚えていませんが、質素でしゃれたファザードはおそらく、看板建築の次の世代の意匠になるのではないかと思われます。しかし店内はすでに半世紀を過ごす、昔ながらの喫茶店。息子さんたちに店を任せたお母さんは、以前は洋服屋さんを営んでいました。

丁子屋も、この店の向かいにある雑貨商だった久松商店も、建物外観を維持しながら内部の活用を変えていますが、紫園はむしろその逆を行っている。

和カフェという今風の看板を掲げていますが、喫茶店であり定食屋のスタイルをずっと続けている、大火からの復興時代よりはちょっと新しく、けれど齢を経てきた街の顔です。

古カフェ系か孤独のグルメか。といった気分で、霙と遅めの昼飯に出かけ、常連客の過ごした後のひっそり時間にお邪魔しまして、しょうが焼き定食とハンバーグ定食を食ってきました。おいおい、看板建築の話じゃないのかよ?てな具合でとっちらかってますが、街探検って、外観だけではその街が過ごしてきた時間を読み取れないこともあるなあと思ったのです。箸で食う洋食だとか、定食だからハンバーグだろうと茶碗配膳だとか、こういう面白さは立ち寄ってなんぼです。

 

 

 

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