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  ~懲りない傾向~

夏の残照

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親父が逝去した。

お袋が亡くなったときほどの動揺はなかったが、闘病に付き添ってやれなかったことは多少の悔いを残した。ただ親父のことだから、そんなことで自分の働く時間を削ったりするなと小言を言われたに違いない。親孝行の幾ばくかはやってきたつもりなので、そのことはもういい。むしろ最後まで面倒を見てくれた弟たちに申し訳ない気持ちが勝っている。

野辺送りと共にやらなくてはならないことがあった。

鹿児島の地方都市で小さな会社を興した親父のあとを継いだのはすぐ下の弟だったが、創業期の高度経済成長の時代とはいろいろなものが変わってしまって、会社の経営自体が立ち行かなくなりつつあった。弟は親父の仕事を引き継ぎ、親父が亡くなるまでずっと会社を存続させてくれたのだ。だがそれももう限界を超えていた。

家の代表相続人は僕ということになっていた。葬儀の施主に立ちながら、かねて電話やLINEでやり取りしていた弟たちとの協議について最後の意思確認を済ませ、僕と二人の弟は家や会社の一切の相続を放棄することとした。

当然だが親類という名の身内との間では揉め事が待っていた。それまでを弟に任せるわけにはいかない。そんなことだが矢面に立つのは僕の役目だ。

大揉めに揉めた末、あらかじめ弟を介して行政書士に作成してもらっていた書類をたたきつけて、郷里との縁を切った。まるで五木寛之の「青春の門」だ。「望郷編」で筑豊と主人公をつないでいた恩人を看取って、郷里とのしがらみのなくなった主人公が東京へ戻っていく。

僕のそれは、小説ほどに格好よくはない。けれどもここまでの紆余曲折は主人公の伊吹信介に劣らない。信介の場合は次の「再起編」でもなかなか曲折から脱せないのだが、僕と彼との違いは・・・まあ生まれ育った時代の差もあるにせよ、彼の優柔不断さが当時の若者の姿として描かれたことだろうか。僕も優柔不断さの中で長く生きてきたことは認めるが、一切の縁を断ち切った機会に、やりたいことを一つに絞ってそれ以外のことは棄てようと決意できた。そこが違うのだ。

 

夕刻、東京へ戻る空港のロビーでふと思い返した。

若い頃は首都圏からここまで何度も自分のクルマで帰省した。大事にしていたコンバーチブルだったが、所帯を持ち子供が生まれる際に手放した。その後も何度かやっているが、クルマの性能が上がってあの楽しくて仕方のなかった苦行からは遠ざかった。

今は羽田から空路だ。苦行も何もあったものじゃない。しかし自走で帰りたいかと言われたら、もうそんな体力の残っている歳でもないと言わざるを得ない。

そのことを思い出した途端、電話をかけたくなって携帯を持ち出したが、照れくささと今更感で発信をためらった。

呼び出した電話帳からショートメールを打った。

実家でのこと、郷里との決別、小説家として大成していくために家族以外のすべてを棄てる決意をしたこと。

しばらくして返信が来た。

正直、期待していなかった。

「まずはお悔やみ申し上げます。それでね、趣味や道楽なんてものは寝かせておけばいいんだよ。あとで役に立つときが来るから」

それだけだった。これは励まされてもいるけど、見透かされたかもしれないと思った。出来そうもないことを迂闊に言葉にするなと、彼は言っているのだ。

確かに強がっていたかもしれない。彼はおそらく、この返信を見た僕が「なんだとこの野郎!」と憤ることを促している。済まないが気持ちはそうはならなかった。

ただ、ふっきれた男にはなりたいんだと、携帯を握りしめていた。

東京行の便の搭乗開始アナウンスがロビーに流れた。僕はバックパックを背負い直し、風呂敷に包んだ桐箱を抱えてロビーをあとにした。

8 Responses

謹んでお悔やみ申し上げます。

あなたが次のステップに上がれること願っております

  • みんな何かしら心配してくれてますね。

  • 御尊父様のご逝去、心よりご哀悼申し上げます。

    ぼくも16年前に父が亡くなり、一昨年は長兄が逝去しました。
    辛く大変な事ですが、これからお互い故人の分も頑張ってやって行きましょう。

  • やー、申し訳ないけれどこれは物語です。
    監督はそのフォーマットを知っているからなんですが、味方さんはそれがわかってくれたんだろうか。

  • 元旦生まれで終戦にいきやがりました。なんてわかりやすい男だろうと。千葉に帰ってみたら夏は終わり。翌日にはセルボオカマ掘られました(どうなってんだホントに)ちなみに疲れたなんて言ってる暇すらねえ忙しさが続いております。
    あ、ちなみに自分、夢は絶対諦めません。今まで散々本当にやりたかったことをクルマやバイクに転嫁しておりました。だからようやく一番やりたかったことに全振り出来て、実は幸せだったりします。他の趣味に転嫁してたその経験値も確実に糧になっております。
    ただ今年度はクッソ忙しい町内会長もやってるので、皆さまの前に顔出しは多分無理です(ホント町内会勘弁して欲しい( ′д`))
    ま、Webとはいえ自分の作品をようやく不特定多数の人へ見せられる勇気が出た時点で、半ば夢叶ってるですわ。

  • メールにも書きましたが、やりたいことの引き出しを削ることはなくて、寝かせておいても枯らせておいてもいつかどこかで使えるときが来ます。
    それはそうとさー、腹の立つことに霰のやろー、自費出版とはいえいつの間にか六冊も小説文庫本出してやがったよ。
    論文の書き方は教えたことあるけど、小説の腕前なかなかのもんなんだよ。
    ジャンルが嫌いなやつなんで二冊目以降読む気もしないけど。

  • 削ったと言いますか、バイク、クルマも止める気はなくて、ただ優先順位を下げただけですよー。自費で6冊は凄い

  • 「棄てた」って言ってたのにーっ

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