「さて本年の8耐、第46回鈴鹿8時間耐久ロードレース決勝も4時間を経過、外気温も人肌まで上がったままライダーにもマシンにも過酷な午後を迎えています。決勝通過チームのうち、ここまでで18チームがリタイアという波乱とアクシデント続きの鈴鹿サーキットですが、現段階で、最下位ながら走り続けているユニークなマシンにスポットを当ててみます。東京から参戦している『チームうめ・もも・さくら』、ホンダCBR1000RRのSC77Eを搭載した独自の改造型『バトルホーク2025』です」
「この『チームうめ・もも・さくら』、プライベーターですが実は、監督を務めるお父さんがかつて世界耐久選手権を転戦した沢渡鷹氏、お母さんはここ実況席に15時30分から1時間、解説者としてお招きしていますがやはり国際的レーシングドライバーで名をはせたパトリシア・ウェラー・沢渡さん。久々の鈴鹿耐久はいかがですか」
「どぉもー、沢渡でーす。昨日ね、前夜祭で久野光博さんにお会いしましたよ。3年ぶりで5回目の出場だそうですけどお若いですよねー。うちの亭主なんか還暦過ぎましたけど、久野さんのお年の頃にはもう引退しちゃってたのよ。今回監督に担ぎ出されましたけどピットじゃ置物同然です。あ、何も言わない置物の方がまだマシか」
「久野選手は今大会で初めてご自身のチームを結成しました。春に行われたトライアウトでは38台中11位です。マシンはYZF-R1、チーム監督がずっと一緒にレース活動している船本真弓さんという女性なんです」
「彼女がレースクイーンやってらしたころ、おしゃべりさせてもらったことがあります。かっこいいうえに声が素敵でねー。娘たちにも挨拶させときました」
「その娘さんたちが走らせるバトルホークですが、フルカウルではなくなり細かいところはだいぶ変わったものの、1980年代後半の世界耐久選手権で活躍した車体を現代の技術で蘇らせた、おじさんおばさんにはとても懐かしいオートバイです。長女なつか、次女かぐや、末っ子さくらの沢渡三姉妹がパイロットしており、昼過ぎに第三ライダーさくら選手がNIPPOコーナーで転倒。修理再スタートに大幅なタイムロスを喫してしまいました」
「まー恥ずかしいったらありゃしませんわ。娘たちじゃくなてマシンの方がね。スズキさんと同じエクスペリメンタルクラスで出してもらってはいますけど予選はブービー通過だったし、なんとか認めてもらった実験的車両といっても、コンセプトが40年も前のマシンですよ」
「いやそれは、つまり、バトルホークの設計思想が80年代すでにそれだけ革新的で先進的なマシンだったということでは・・・っとここでカワサキ・ウェビック・トリックスターがライダー交代。マイク・ディ・メグリオ選手からロマン・ラモス選手にZX-10Rが引き渡されます! ん? イタリアの名門アプリリアRSV4 1100を駆るRevo/M2 Racingはタイヤ交換のようです。台風9号通過のあとで外気温が36℃、路面温度も60℃越えとタイヤにも大きく負荷がかかります。ライダーは変更なし、ケビン・カリア選手!」
「なんだか髭みたいなウイングつけてるのねアプリリア。そういう空力の考え方が二輪にも浸透してきたけれど、今度のバトルホークなんか結局、エアブレーキはかえってコーナリングバランスに良くないって廃止しちゃいました。新しいのはリサイクル燃料仕様のエンジンと前後駆動用のビスカスとカウルに使ってる再生新素材と再生材ながらグリップと耐摩耗性を向上させたタイヤでしょ。あとはまだ開発途上らしい全個体電池くらいのもので、方便でかばってもらえるなら『マシン自体がリサイクル』。40年近く倉庫で埃かぶってたんだから」
「しか主催者推薦による出場権が付与された、話題性ありのマシンじゃないですか」
「あー、あれは沢渡が推薦を辞退するという男気見せまして、枠外です。どう見たって親の七光りというか、東条さんの後押しにとらえられちゃうから、それは娘らが嫌がったんですよ。まあそういうところは親の使い方間違えてませんね。あらっ、ドゥカに乗ってるあの背中って、ミスター・ハスラムの息子さんじゃない?」
「えーと・・・そうです。レオン・ハスラム選手、あのロケット・ロンことロン・ハスラム氏を父親に持つ二世ライダー。あぁ、世代が異なるけれど沢渡三姉妹と同じですね。SDG-DUCATI Team KAGAYAMAからの参戦で第三ライダー、市販車では公道を走れるレーサーをアピールしたパニガーレV4Rのサーキットエディションをぐいぐいとダッシュさせます」
「彼のお父さんとうちの旦那もずいぶん戦いましたけど、度胸じゃ負けてないのにあの胸板にはとても敵いませんでした。加賀山監督のドゥカティチームって、春にクラッシュしてマシンも燃えてしまって、今年はレース活動無理って言われてましたけど、奇跡の復活にこぎつけたんですね」
「クラウドファンディングを駆使してマシン再生を広く呼び掛けたそうです。いま戦っているマシンは、ある意味、『鉄人加賀山就臣』の意地に多くのファンが賛同した入魂の1台なんですよ」
「何処のチームにもドラマってありますよねー」
「ドラマと言えばですね、EDWIN・GESUNDHEIT・Racingの可部谷雄矢選手、彼は郵便局員でカブに乗って配達するのが本職のライダーです。今日はCBR1000RR-Rに乗り換えですね」
「へー!」
「もうひとつ、今は第一ライダーの増田雄基選手がコースに出ていますがチーム名でお分かりのように、ジーンズのエドウィンがスポンサードしているんです」
「おぉ、それで『503』なんてゼッケンもらってるんだ! エドウィンはバイク用のパンツも販売してますものね。郵便屋さんライダーというのも、日常が凄腕を鍛えるフィールドになってるんでしょうねえ」
「なつかさんとかぐやさんは、ビューティーサワタリの二代目とバイクショップ店員ですが、よしのちゃんはまだ高校生3年生でしたね。お姉さんたちには二枚看板のレースキャリアがありますが、よしのちゃんには経験値で大きなハンディキャップがあって、それがプレッシャーになっているようですね」
「三人ともそれぞれ3歳のときにバイクに乗り始めました。基本は沢渡仕込みでしたけど、沢渡も現役で走ってましたから、大半の教育は風羽正さんが面倒を見てくれて、またこれが世間様には申し訳ありませんなほど恵まれまして、途中からは実業家になって引退が早かったエリック・タイラー氏もトレーナーで来日してくれるようになってました」
「そんな英才教育、普通じゃ考えられない」
「あの子が中学生のときにあれを見つけて耐久レースやりたいって言い出したんですよ。もーそれからが大変で、規定年齢に合わせてライセンス昇格だとかマシンの修復だとかレース出走条件クリアさせるとか。スプリント主体だったなつかも少しブランクありましたが、美容院の方は初代がお元気ですから、逆にはっぱかけられカムバックしたんですよ。かぐやは・・・なつかもそうでしたが花園明美さんが経営引き継いだバリバリさんのところでレースに出してもらっていて、ランキングなんかはまだまだでも耐久の走り方を身につけてきました」
「現在コース上はかぐやさん。彼女が第一ライダーのバトルホークは、デビューのとき沢渡監督と、今は東亜自動車の会長となられた東条鷹さんがシルバーストーンで、デビット・アルダナ氏を加えた最終戦ボルドール24時間耐久でそれぞれ優勝を飾ったマシンでした。ここ鈴鹿ではリタイアに終わりましたが、あれから今年、ちょうど40年めにあたりますね。それを娘さんたちが復活させてサーキットに戻ってきた。父親の沢渡さんや盟友でもある東条さんにとっても嬉しい出来事でしょう」
「はじめの頃は『怪我でもしたらどーすんだっ』とか言って、パパは猛反対してました。東条さんもいろいろあった人ですから、しばらく困った顔してましたよ。でも東条さんは東亜の役員就任を機にレーサー引退して、うちの旦那もそのあとすぐに現役退きましたから、東条さんは我が家のことを大分気にかけてくれていたんです。還暦で会長になって時間にゆとりができたんでしょ、ああやってサーキットに来ていると楽しそうで安心しますわ。事実上『真の監督』ですしね」
「ちょっと・・・お待ちください。ピット取材班から沢渡監督のコメント来てます。『余計なことばかりしゃべってるんじゃない』だそうです」
「ふん、なにさあんただって若いころは骨折ってるのにかまぼこ板括りつけてレースやってたじゃないのさっ。それよりあのあとよしのの具合はどうなのよっ」
「えー、聞いてみましょう。どうなのリポーター?・・・打撲程度でまだ走れるとのことです。よしのちゃんの元気な笑顔がキュートですって。そういえばホンダ/HRCのイケル・レクオーナ選手も先日のワールドSBK第8戦、ハンガリーのレース1オープニングラップの際、第2コーナーで起きた7台クラッシュに巻き込まれて転倒しちゃいました。そのときの左手首骨折で今日の鈴鹿は走れず、チャビ・ビエルゲ選手が代理を任されていましたが手続き上のトラブルで不参加。HRCは高橋巧選手と、昨年の覇者ヨハン・ザルコ選手の2名体制で臨んでいます。それでも予選では2分4秒290というタイムでトップのペア。いまちょうどスプーンのあたりを回っているのが高橋選手、個人戦績としては鈴鹿8時間耐久4度の優勝経験者です! レクオーナ選手のことを引き合いに出すと、よしのちゃんの場合は『うめ・もも・さくら』がレーシングウェアに専用で使っている新素材の衝撃吸収材がかなり効果を出しているようですね」
「レクオーナくんはなつかと同い年で、スーパーバイク世界選手権のさなかでしたが、6月に鈴鹿の第三ライダーに起用されたばかりで残念なことしましたね。よしのは運が良かったんです。転んで遅れはとりましたがあの子たちは必ず、びりでも完走させます。まあびりなんか厭だって、いくらか順位は上げると思います。なにせアタシとパパの娘たちですもん」
「おっ、そのバトルホーク2025。ピットインです。全輪駆動はどうしても燃料消費量が問題ですが、かぐや選手はこのスティントで36周もの周回をこなしていますから、ピットイン回数のことも考えている。これを受けてなつか選手にスイッチされました。うめ・もも・さくらカラーとメインスポンサー紅空エアラインのCIカラーでもあるピンクと紅色のマシンがコースに躍り出ます。その鼻先をCBR1000RR-R、ホンダアジアドリームレーシング ・アスティモのアンディ・ファリド・イズディハール選手がかすめていく! 同じエンジンながらバトルホークの排気系の特徴か、追いかけるスロットルがホンダアジアよりも迫力の重低音だ!」
「あの排気音はかぐやの趣味です。中低速でトルク無くしたくないとか言ってて。さっき、エドウィンの『503』のときに話し忘れましたけど、うちの監督、ゼッケンに末広がりダブルで『88』を使いたかったんですよ。そしたらもう、そのゼッケンはホンダアジアさんが先に受けていて、やけになって満願成就にリーチの『999』なんてアホみたいな申請していました」
「いまグランドスタンドで声援が上がったのは、磐田レーシングファミリー3年目の服部亮我選手です。ファンの声をかき消すような、これもず太いエギゾーストノートを残してYZF-R1がメインストレートから第一コーナーへ駆け抜ける。その彼方、逆光を浴びるS字から逆バンクにかけて、4月のル・マン24時間で12位完走したチーム・エトワールのBMW M1000RR。今年からチームに加わった全日本選手権 ST1000ランキング9位の伊藤元治選手に、同型マシンのBMW MOTORRADワールド耐久チームが迫っている。こちらも同チームでは初参戦スティーブン・オデンダール選手、南アフリカ共和国出身の彼は2021年FIMスーパースポーツ世界選手権で総合準優勝のつわもの! 先のル・マンでは総合4位でフィニィッシュしましたが、両マシンともシュモクザメを思わせるフロントノーズのウイングレットが獰猛かつ機敏なバンクをサポートし、強力なダウンフォースで空間を切り裂いていく! 日本対ベルギーのサイドバイサイドをドイツの名車が繰り広げています・・・えっとなんでしたっけ?」
「BMWもアプリリアもHRCも、スズキCNチャレンジのGSX-R1000Rもそうだけど、あのウイングレットいろいろあってかわいいわよね。という話を棚に上げてもらって、うちのチームのゼッケンの話」
「そうでした。指定番号無視してよく通りましたね・・・あれ? でも『999』じゃありませんよね」
「一回目は通りませんでした。許してもらったあれは紅空さんにスポンサー契約をかけあってくれた関係者から是非ともって言われたと、東条さんが食い下がったんです。ゼッケンの由来まではアタシは知らないなあ。東条さん一番苦労していた場面ですけど、あれは間違いなく東条さんの顔、ですわ」
「そういえば昔はJALがメインスポンサーでしたから、翼に縁のあるマシンでもあります。ここで注目のバトルホークが戻ってきていまグランドスタンド前を通過・・・えっ、私の時計で2分07秒583! これは速い。鈴鹿8耐における決勝コースレコードまで僅差に迫る勢いです! これ、今度のラップで前にいるイズディハールのCBRを抜きますよ」
「うーん・・・周回遅れは変わらないけど、現役時代のパパも出せてないタイムだわ。そうそう、沢渡がボルドールで優勝した年に、今スズキCNでエースライダーやってる津田拓也くんが生まれてるんですよ。もうすっかりベテランですけど、さっきモニター見てたらシケインのフルブレーキでがばっと脚を出すようなフォームに変えましたね。あれ今まで見たことないわ」
「津田選手、思い切ったライディングスタイルの変更で、SUGOのJSB1000で表彰台もぎ取りました。そうですかバトルホークとも同じ世代か。バトルホークは当時とエンジンも排気量も違いますが、なつか選手のレースマネジメントでしょうか。かぐや選手の粘りも相まって、本格的に追い上げが始まります。これでよしのちゃんの負担は軽くなっていきますね」
「妹思いなねーちゃんたちだわよねー」
「『速けりゃいいってもんじゃねー、またこけたら吉村のおやじに笑われっぞ』と・・・監督が叫んでいるそうです。ああ、今年は吉村英雄さんが逝去されて30年という節目でもあったのか」
「まだ4時間台よ何言ってんの! ペース落とさせたらそれこそポップの笑いものよ、やってごらん、あんたを折檻するわよ監督っ」
「あ、あのー沢渡夫人、このラジオ放送、場内だけでなく鈴鹿市全域に流れてますから・・・あっ、さらにペースを上げているかバトルホーク、デグナー2までに減速気味のイズディハールに追いついています!」
「リアスライドをフロント駆動の微妙なコントロールでやらせてるんだわ。あれができないとバトルホークは必要以下にしか曲がらない。ホンダさんには悪いけど、例のアシモバランサーに頼りすぎたのがよしのの転倒原因です」
「なつかさんのテクニックが底辺にあるとしても、操作が難しいのは前後の駆動配分を任意に変えられるビスカスの功罪でしょうか?」
「それもあるけど、ここではちょっと言えないバーチカルステアリング操作の中に前輪トラクションの制御がね」
「はあ・・・それこそがバトルホークの秘密の・・・ああっ、バトルホーク、デグナーからの立ち上がりで並んでいた! そのまま立体交差をくぐって前に出ているように見えます。しかしすぐにヘアピンだぞどうなるホンダVSホンダ! 監督のハラハラ顔が目に浮かんでしまうほど怖いもの知らずだ沢渡なつか! イズディハールを強引にアウトから攻める! パワースライド? ドリフトとも異なる! リアドライブがトラクションをかけ続け、テールが外側へ流れるもののフロントドライブは二輪駆動ゆえにカウンターを当てることなく引っ張り上げる! 抜きどころとはいえこんなんでリアタイヤは持つのか? 白煙がわずかに立ち上るがもうそこにバトルホークはいない! 200Rはもはやストレートと変わらないと思っているのか爆発的なスロットルワーク! 予選は通過すればいい程度の考えで三味線ひいてたとしか思えない、まるで別人のような沢渡。だがイズディハールも負けてはいない、果敢にテールに食らいつく」
「これ、相手をカッカさせようってわざと無駄なことやらかしてますね。誰が教えたんだかあのえぐい挑発志向」
「確かに後ろから煽るどころかヘアピン出口の派手なオーバーテイク、大外で間隔を開けているので危険行為には当たらないでしょう。そのくせ一気に引き離すわけでもない。しかもやっているのは二十代半ばの女の子。なるほど続けられて乗せられたらイライラさせられてどこかでミスを誘発しますか。ポジションを少しでも前に押し出し再び妹よしのにマシンを託そうと熱い走りを見せつけます! つい思ってしまう『親の顔が見たい無軌道アタック』の行方は、スプーンカーブから130Rへ持ち込まれていきますっ!」
※念のために書き留めておきます。このお話は無断二次創作のフィクションであり、登場する人物、団体、車体名諸々、実在するものがあってもまったく関係ありません。また、そんなこと百もご承知とは思いますが、本日の8時間耐久決勝で「鈴ラジ78.3」を聴いても、バトルホークはもちろんパットなんか出てませんからね!
それでもって、こちらがリアルな女子高校生ライダーの世界。よしのより一つ学年が下ですが、レースキャリアだとかライセンスの取得昇格だとか、世の中↑の面白おかしく書きなぐったような甘いものじゃありません。