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  ~懲りない傾向~

実は日曜だった「ブルーマンデー」

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なんのこっちゃと思われそうな表題ですが、「交響詩篇エウレカセブン」の第一話に付けられたサブタイトルが「ブルーマンデー」。エウレカセブンもことし20周年にあたります。それを遡ると、第一話の放送日となった2005年4月17日は、日曜日でした。

って、それだけのことだよちなみにことしは木曜日だよ。

とはいえ、いわゆるSFロボットアニメーションのジャンルで作られながら、異種生命とのファーストコンタクト、相容れない人間同士の思想政治、時空超越などてんこ盛り舞台の中にあったのはボーイ・ミーツ・ガールとしてのヒロイン、エウレカとなんとなく主人公なレントンの出逢いと成長と大団円で、自分の感想では宇宙戦艦やら機動戦士やら超時空要塞なんかよりずっと琴線を揺さぶられました。続く映画の方は思いっきり歴史改変されて面喰らいましたが、続編AОもまた良かった。

涅槃へ導く者という名前を持つニルヴァーシュは、単にロボットというものでもないようですが、その玩具に関してはまあ・・・さほど関心が湧かず手を出さなかった。ところがあるとき、リサイクルショップのぬいぐるみコーナーに「居やがった」んですよ映画版に出てくる幼生が。うわー!目が合っちゃったよ(そんなわけあるかい)ってんで300円支払って連れて帰ってきたのがもう10年以上前のことです。しかし幼生とか出てきちゃった映画版、もはやロボットじゃない。

結局ヒーローになってしまった男

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「正義も悪もいらないぜ」という触れ込みで、テレビ番組の敵役から抜擢されダークヒーローとて一本立ちした「人造人間ハカイダー」の封切り(1995年4月15日)から既に30年が過ぎました。その着想には「おぉ」と思ったんですが、結局「志」を持つか弱き者に味方してまうことでヒールとして乗り切れなかった。いやそうじゃねーだろう馬鹿シナリオ!とがっかりしたわけですが、破壊神として善も悪も見境なく殺傷する振舞いでは映画にならなかったんでしょう。

でも、それを書ききるのが脚本ですよ。このハカイダーかっこいいんですよ。かっこよさが観客の共感を持たせちゃうんですよ。それじゃダメなんですよ。と、30年もしてから毒を吐いてもしょーがないのですが。

原作だったら半世紀

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「スケバン刑事」のことは本来12月に取り上げるものでして、なぜ今日かという説明をしなくてはなりません。和田慎二さんによる同作が発表されたのが、1975年12月5日でこれはいわゆる原作漫画。82年の衝撃の最終話まで連載されたのち、1985年4月10日にテレビドラマ化され、「タコさんもイカさんも嫌いです」「てめぇら、許さねえ!」の決め台詞を、当時はもうトップアイドルと言って差し支えなかった斉藤由貴さんが演じました(といいながらこの番組は趣味的に見てません)

主人公役が直後に朝ドラヒロインに行ってしまうこともあり、同年10月には続編へ移行しながら、麻宮サキという名前は学生刑事としてのコードネームとされ、二代目をやはりアイドルスターになろうとしていた南野陽子さんがやってしまうという、これはもう東映の力というよりテレビ局側の威力だわなあと驚かされます(「Ⅱ」も趣味的に見てませんが、よりによって「Ⅲ」「四代目」まで受け継がれていきます)。うーん、ここを通ったからこそセーラームーンがあるのかもなあ。

 

ガンダムあちこちに立ったけど

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かつてお台場に出現した設定寸大のガンダムよりも早く、西日本には多少縮小されながらも個人が制作したZガンダムが存在し、青森県にも個人製作のいろいろなモビルスーツがあります。今だとお台場じゃユニコーン、福岡にはν、上海にはフリーダム、大阪万博ではあの横浜で動いていたやつの成れの果て、栃木や静岡にはもともとのでかいやつがあるというのに、16.5mのザクはどこにもない(と思う・・・自信ないけど)

僕は千葉県の松戸市にあったバンダイミュージアム(当時はガンダムミュージアムだったか、名前忘れました)で、設定寸のザクⅡの破壊された頭部というのを見たことがあり、むしろ同所に展示された上半身のガンダムよりも感心したのですが、破壊されているので遂に胴体は現れずに施設も松戸から壬生に移転。壬生にはこのザクが見当たりません。

聞くところによると、昔、ザク頭はこのままだったりシャア専用に衣替えしたりで地方巡業で各地に開かれた展示会に引き回されていたらしいのですが、それはそれでひどい話だなあと思わされます。79年の4月7日、オープニング映像を別にすれば、ドラマの幕開けはザクがやっていたというのに、見上げるようなやつは存在しないんだから(どこかにあります?)。

ザクⅡもガンダムも「楯」が風受けとなって転倒するリスクがあるとかで、ガンダムは楯やファンネルを外せるけれどザクはデザイン上無理だとか。吹田に5mくらいのがあったそうですが、今は撤去されてしまいました。

念心起力光召魂来 ←全部当て字

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1975年4月4日に登場した「勇者ライディーン」には、それまで人気を博してきたヒト型二足歩行巨大ロボの前例を受けながら、よりモダンなテイストを加味して他には無い存在感を実現しました。さらにアニメーションのウソというテクニック(装甲の展開や格納)も駆使して全く異なる別形態をももたらしたことがエポック。科学考証の理詰めではなく、イメージがそれを支えたおおらかな時代の産物です。当時はライディーンとゴッドバードをそれぞれ別の商品とて模型化されました。

一方、超合金玩具の方は両方を詰め込み変形させざるを得ず苦心の塊で、今なお差し替え無しの完全変形は高いハードルとなっています。でも、後に戦闘機がロボ変形するようになりますが、ライディーンは理屈を超えたかっこよさと美しさを共存させます。76年3月の終了後さらに2年も経過してから、カーボンブラック基調の超合金をリリースできる製品魅力があり、これが連綿と「ブラックバージョン商品企画」へとつながる市場も切り拓きました。まさしく神秘の力に溢れた主役です。

唯我独尊というかまだ前衛というか

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「愛の戦士レインボーマン」「ダイヤモンド・アイ」に続く「正義のシンボル・コンドールマン」のいで立ちは、ヒトを超越した神がかりな化身なので、いやその姿はさすがについていけないと思えど、こういうのが川内康範作品なんだろうなあと押し切られてしまうものがあります。60年代ならそんなことを気に留めなかったはずですが、コンドールマンの登場は1975年3月31日。少なくとも「月光仮面」をトレースしながら新機軸を創造したレインボーマンの造形に軍配をあげたくなります。

前2作が東宝制作、コンドールマンは東映作品ですが、コスチュームへの言及はここまでとしても、大道具であるマッハコンドルのなんとも雑な作りとコンドルよりもヒヨコ風味にがっかり感が漂うのです。でもこの時代の材料ならではという、フェアレディ―をこんなにしてしまう造形屋さんの度胸には敬意を表します。

それで釣るのか!

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今さらハセガワがマットビハイクルの模型を出すからどうだって言うんだ? と思って、先日リリースされた予告なんかろくに見ていなかったんですよ。こちとらもう模型なんか眼もついて行かないし指もおぼつかないので作る気にもならないんですよ。

そしたらなんと、この限定品模型にはMATエンブレムのピンバッジがついてくるってなんですかそれはーっ

いや、MATのバッジなんて既に持っているんですよ。にもかかわらず、なんでこういうのを見てしまうと欲しがるかな俺 ←愚か者め、どうせ注文したんだろ

科学特捜隊でもウルトラ警備隊でもなく、MATなんですよ。「帰ってきたウルトラマン」の放送時、この流星マークのデザイン、カラーリングにノックアウトされた田舎の子供は、あちこちのおもちゃ屋を探しても、マットアローやジャイロは売っていてもバッジなんか無い。と、べそをかいてたわけですよ。すると見るに見かねたかお袋がフェルト生地を買ってきて切り抜いて糊付けしてこのデザインを再現し、ウインドブレーカーの胸の辺りに縫い付けてくれたのでした。

僕が所有しているバッジは二種類あって、ひとつは地球防衛チーム(チームUまで)のコレクションでフルカラー、もうひとつがいぶし銀の地味なやつ。どうせわからんだろうと、場違いが分かっているのに後者をつけて参加したのが1999年に出かけて行った初のエスクードのオフライミーティングでしたが、これを見つけた男が1人だけ居ました。後の週末関東人・SIDEKICKさんとの邂逅でした。

そしたら母親キーワードでこんな話題が。

 

 

 

西暦2125年

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「さよならジュピター」の映画封切りは昨年3月17日が40周年目でしたから、今になって何を書き出すんだと思われましょうが、この物語の舞台は今からちょうど100年後の太陽系を描いているのです。なぜ2125年としたのかについては根拠があり、原作者の小松左京さんはミディアムブラックホールが太陽系に突っ込んでくる(これはさらに2年後の2127年)際、「木星以外の太陽系惑星がすべて地球の後方に位置する」環境を考えていたからです。

2127年の太陽系の諸惑星軌道は、木星だけが外宇宙に向けた場所にあるらしく、小松さんはこれを軌道計算ソフトで割り出したのだそうです。物語が火星から始まる100年後、人類は180億もの人口に達し、太陽系全体にも5億人の人々が居住就労している世の中となっているわけですが、2025年の現時点ではまだ、月の裏側に整備される太陽系開発機構どころか第二次月着陸のためのアルテミス計画もまだ人類を月面に送り込めていません。

19世紀の産業革命から100年程度で、技術の発達と引き換えに、地球上の諸環境は悪化の一途をたどってきたので、果たして21世紀からの100年がこれを覆せるのかどうかは見通しが暗いのだけれど、1970年代に元々の構想を練り上げた小松さんは、世界中の紛争に対して「そんなことしてる場合じゃないぜ」という考えとともに、人類まだまだ捨てたものじゃないと、このストーリーを立ち上げたのでしょう。

「復活の日」や「日本沈没」に比べて、「さよならジュピター」は、からっとした明るさがにじみ出ています。だから読んでいて楽しく面白い。100年もの未来はもはや僕の手の届くところでありませんが、曾孫の子供くらいだと現役かもしれません。

ただし、孫の予定が全く見えてません(笑)

メタルヒーローの系譜

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1985年3月15日に始まった「巨獣特捜ジャスピオン」は、東映メタルヒーローのシリーズ第4作に括られていますが、それ以前の「ギャバン」「シャリバン」「シャイダー」はどちらかと言えば宇宙刑事シリーズとという冠も持っていたので、ジャスピオンにおいて「メタルヒーロー」というカテゴリーが成立したのではないかと思います。仮面ライダー、スーパー戦隊とは別格のヒーロー像を創造する意欲が、この頃はまだまだ元気良かったのだということです。

ただ、前3作にわたる母艦、タンク、バイクといったプロップやレーザー剣などを踏襲しすぎて玩具面では飽きられかけていた面もあり、超惑星戦闘母艦ダイレオンなどは戦闘巨人に変形もできるのに、売れ行きは振るわなかったそうです。主人公が野生児という部分にも違和感があったかもしれません。が、次作の「時空戦士スピルバン」においてこれらのプロップが引き継がれ人気を出しているのだから、メタルヒーローの立派な橋渡し番組になりえたのです。

怪獣映画の矜持

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1995年3月11日に封切られた「ガメラ 大怪獣空中決戦」は、当時エンターテイメント路線に回帰しながら現代的な考証をそれなりに施していた「vsゴジラシリーズ」を、さらに一皮むいた出来栄えを持っていました。巨大生物のスケール感をもたらし、それがなぜそこに現れたのか、現れるとどうなるのか、そもそもそいつらは何者なのか。後に三部作となっていく「平成ガメラ」の幕開けとして、温故知新な映像とドラマがちりばめられていたと思います。

だからなのか、全てが描ききれない大盛りを超えた特盛りの中でも、怪獣映画でやるべきこととやりたいことはきちんと詰め合わせていた。言い換えると「やりすぎていない」ところが良作なのです。「2」「GⅢ」ではガメラの強さがインフレしてしまう部分もありますから。誤解なきよう加えると、僕は「ガメラ2レギオン襲来」なんかは大好きです。それでいて1作目が「ある程度怖い怪獣映画」を描いたことには脱帽しています。vsシリーズになったゴジラにはそういうものが失われていたし。

もうひとつの幸運、この映画で美しく大人になった中山忍さんの姿を見られたことは言うまでもありません(先日、ウイングマンでお母さんやっていた。それほど歳月が過ぎてしまった)。亡くなられた美穂さんには悪いけど、「ねーちゃんよりいいよな(「ラブレター」を除いて)」と思っていました。怪獣には美女です。キングコングの時代から。やるじゃねーか金子修介も樋口真嗣も(笑 金子さんなんかは出自がモノを言ってるし)。作り手のプライドを垣間見る怪獣映画でした。