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  ~懲りない傾向~

第三惑星の寝起き

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ダンとソガが人工冬眠と自動航行の実験機に乗り組み「第四惑星」にたどり着いたのは、2000年8月30日のことでした。彼らはそこで、電子頭脳や機械に支配された人間社会を目の当たりにし、合理的かつ効率のみで杓子定規の論理に翻弄される人間を放置できず、脱出とともにこの文明を崩壊させました(実行したのはウルトラセブン)。子供心にまさしく「悪夢」のような社会を見せつけられ、そこにには夢と希望の未来社会を構築しようとした人類の英知が介在していたことも想像させられたのです。

よその国では、1997年の8月29日に人工知能スカイネットが自我を持ち、人類を粛正するため核戦争を勃発させていく「審判の日」なんてことも起きていたらしいですが、ウルトラセブンの描いた「第四惑星の悪夢」は1960年代と未来をつないだ物語。帰還後、警備隊内では冬眠処置中に見た夢であろうと笑い話に片付けられてしまうのですが、視聴者側はダン、ソガとともに笑えない未来現実を垣間見ていました。

その判然としない「夢か現か」のひとときから、ドラマベースで19年が経過している今、パソコンとインターネットが実に便利で豊かな社会を構築しているようで、紙一重の危険と明日をもはらんでいるよねえと、あらためて感じるわけです。

これからAIだとかIoTだとかが台頭していくなかで、「あー君、明日から要らないから」などと言われそうな筆頭の場所に自分は居るんじゃないかと、段々実感を伴ってきたところで、昨日の朝は飛び起きましたよ。

とりあえずジャム。

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二瓶。

「凍らせたのが一杯あるから持ってって」
と、母にもたされたブルーベリー。
庭の向こうの畑に2~3本植えたらポツポツ生るんだそうな。
「誰も食べないんだもん」
・・・アタシは処理班かっ!(笑)
とは言え、家も生じゃそんなに食べないしなーと
とりあえず煮てしまいました。
グラニュー糖切らしててきび糖で煮たから甘みがちょっと・・・
ヨーグルトにでもかけて食べるか。

制定日まで待てんわ!

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8月29日が「やきにくの日」というのは薄々察してはいましたが、土用の丑の日、天ぷらの日(7月23日らしい)と並んで「夏バテ防止三大食べ物記念日」だとは知りませんでした。

「誰だよそういうのを決めているのは?」

「それ以前に待ってらんないっしょ!」

鰻、天ぷらと食いつないで焼き肉までつなげということなのでしょうけれど、霰の職場はウルトラスーパーハードワークの気力とスタミナ勝負なところなので、腹を壊さない程度に食えるものは食いたいときに食っておく信条を養っているようです。

てことで29日まで待ったりしない父娘(あー、これ、24日の暑気払いよりも前のお話です)。あとの二人は仕事と学校で不在なので、まあ二人だったら暴飲暴食にもならんだろうと行ってきたわけですが・・・母親譲りのアイアンストマックぶりにあらためて「二十代ってすげーわ」と感嘆させられましたよ。

 

お天道様は偉大だ。

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梅雨が明けてから、日中は外の風にあててる胡蝶蘭。
昨年9月に新月サンがコンペで貰って帰ってきた花かごの中の1個でした。
元々の葉が1枚2枚と枯れ落ちて3枚しか残らなかったので、ダメかもと思いながら花が終わって茎を切り戻ししたら、1本だけがゴールデンウイーク過ぎた辺りで花芽が伸びてきて、6月に満開に。(他の2本は枯れた)

花に栄養全部取られて枯れちゃうかと冷や冷やしながら様子みていたら、ちっさい芽がやっと出てきました。
はー、やれやれ(冷や汗)

外気にあてるのは重要なのねぇ・・・(間接的に日光もね)

頑張った。そしてまだ咲いてる。

初めての新芽。

これは面白い!

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これは参考資料

「西日本学生ドリフト祭」というイベントが9月5日、奈良県山添村の名阪スポーツランドCコースで開かれるそうなんですが。

インターネットでこんなチームを見つけました。

それが直近ではこんなんなってこんなです。

うわー、見に行きたいけど木曜日だよ。どなたか観戦しに行ってくださる方いらっしゃいませんか?

 

・・・えっ? 日光サーキット?

・・・今日っ?

・・・換えんとダメかぁ?

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カリっとジューシー

休みの日、新月サンがゴルフ行った帰りに餃子買ってきてくれたので。
焼いてもらいました
(上手に焼けないンだもーん)
私の実家では何故か餃子に大量のキャベツが敷かれていたので、
結婚して間もない頃
「餃子焼くね」と言われて
「じゃ、キャベツ切るね」と答え
「なんで?!」とビックリされました(笑)
今では我が家でも定番ですが。餃子の油とタレがしみたキャベツ、美味しいよ?

そりゃーともかく。
換気扇が機能不全ですよ(泣)
煙の半分はレンジフードから逃げて、リビング中に蔓延しております。
・・・翌朝も餃子臭漂ってました。(ファ〇リーズしないからじゃ!)
ガスコンロ換えた時に、一緒に取り換えればよかったかー・・・

Team WESTWIN Warriors#134

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25日に開かれたTDA第三戦は、川添哲朗選手が優勝したものの、第一戦を走っていないことから、ポイントランキングでハンガースポーツから出走している2台とは、僅差の第3位にあります。つまり最終戦で川添選手が優勝できても、この2台がポイントに絡んでくると、総合優勝が難しくなるという緊張感が残りました。

今期、後藤誠司選手は一度も出走していないため、川添選手にもエスクードにも負荷がかかっています。

第三戦では、川添選手も珍しく派手目のドライブを展開し、クルマをジャンプさせ着地の衝撃でドライブシャフトの破損を招きました。応急修理のため本番以外はほとんど乗車できない状態からの優勝は、さすがはWESTWINの看板です。しかしエスクードに関してはかなりの満身創痍でもあります。

「出走チームは別なのですが、パジェロミニで走り出している高校生がいて、まだまだ余裕なんか無いんだけれどセンスはいいなあと思える子が出てきました。彼の父親が今回、川添君の車の修理を手伝ってくれています。有望な若手が育ってくれると良いのですが」

島雄司監督は今回、主催者なのでWESTWINの指揮に関与することはできず、大会全体を俯瞰で見ています。恋の浦のサーキット場自体が海外企業に土地買いされ、来季の開催にも課題問題が生じるなど頭が痛いそうですが、大会そのものは充実してきています。

 

桃砲着弾(笑)

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でかい!

昨年に続き、今年もはるちゃんから桃が届きました。
「今年は不作らしいよー」
梅雨時期の日照不足の余波かしら・・・
そんな貴重な桃。ありがたく頂かなくては。

それにしても、ソフトボールくらいありそうな大きさだわ。
食べきれないから義弟1号んちに半分おすそ分け。
義妹も「でかっ!」と申しておりました(笑)

88年の昔

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そう言えば、グラーフ・ツェッペリンの飛行船来訪に比べると、祖母の昔語りにはチャールズ・リンドバーグの霞ケ浦着水譚が無かったなあと一族の記録を発掘したらば、リンドバーグがやって来る前年に、ばーちゃんは祖父のところへ嫁に来て、霞ケ浦やら土浦やらとは疎遠になっていたらしい。

まあ嫁に来てから「飛行機が来る」とか言って飛び出していかれても困るわけで、これはもう致し方ない話でした。

リンドバーグ夫妻が北太平洋航路の調査飛行で根室にやって来たのは、ツェッペリン飛行船来日の2年後、1931年8月のこと。そこから次の立ち寄りポイントとして、当時は彼らに限らずやたらと外来の航空機が訪れていた霞ケ浦航空隊を目指し、湖水に着水したのが8月26日朝。土浦の街はやっぱり大騒ぎのお祭り状態だったことは想像に難くない出来事です。

しかしどういうわけか、ツェッペリンカレーのようなご当地興し素材に、リンドバーグの機体は能動的には扱われていないのが謎です。何も記録が残っていないのかと思えばそうでもなく、土浦にあっては老舗で高級割烹の霞月楼に、比較的詳細な当時の話題が綴られています。うーん、霞月楼かー・・・吾妻庵や保立食堂ほど気軽に行けるコストパフォーマンスではない(あー、二軒に対しては大変失礼な発言)。

以前、霞ケ浦から各地の湖水や沿岸にコミューターを飛ばして新しい交通ネットワークを作ろうという「構想の説明会」に呼ばれ、会場となった霞月楼に出かけたことはありますが、呼ばれたから行けたような(なさけねー)料亭なので、つくばーどで「リンドバーグの云々」とか言ってイベントを仕掛けられるとも思えないです。

どなたか発起人にでもなってくれれば、手配はしますが(笑)

 

間違いの見え方

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二階堂裕さんがブログにおいてパジェロ生産終了の件を、雑誌への寄稿で綴ったことを書いています。雑誌の方は読んでいませんが、言わんとしていることはスーパースージー誌上でも日頃の雑談でも幾度となく聞かされている「モデルチェンジ時の方向性の見誤り」についてです。

クロカン四駆として効率よく合理的に設計されていたパジェロが終焉を迎えるに至ったのは、その車体構造をモノコックにしたことから。という評論です。

しかしそのことを四輪駆動車専門雑誌以外で力説するとして、門外漢の読者(ばかりではないでしょうけれど)に理解できるのかしらん? とも思います。パジェロユーザーさんには悪いけれど、でかくなりすぎ重くなりすぎ燃費がとにかく良くならない。ついでに言えばシュッとしていたデザインがぬめっとしてきてかっこ悪くなったのと、高い。

一般の顧客層なんて、それ以上のことは考えないでしょう。でも、基本性能の話をするなら、ノーマル同士の両車で同程度の腕前同士がクロカンコースを走ったら、半分くらいのセクションでエスクード(初代)は勝てません。

ここからの展開で、二階堂さんはエスクードについても三代目以降の方向性の見誤りを指摘するのですが、これはたぶん、JB64を産み落とす祭に、スズキに対して行ったコンサルティングで散々モノコックを否定し続けプラットホームの存続に成功したからだと思われます。

エスクードではそれができなかった。「何をどう説明しても、技術陣がその『間違い』を理解してくれなかった」ということでした。

はたしてそうなのか? 僕に言わせれば、エスクードの見誤りはディメンションの拡大くらいのもので、技術陣が構造や駆動方式などの一新をやめなかったことは、クロカン四駆として生きながらえる道が閉ざされるという認識だったからだろうと考えています。その意味では、三代目はまあ、オーバークオリティと言っても良かったほどコストがかかってしまったのです。

四代目はさらにドラスティックな変貌を遂げましたが、ここまでのダウンサイジングが限度でしょう。これ以上小さくしたら、小型車としての意義をも失います。イグニスやX‐BEEがあるけれど、それらはやはりコンパクトコミューターであり、エスクードやS‐Crossとは用途が異なります。予告しても良いと思うけれど、いずれ出てくるジムニーシエラのロングモデルのディメンションこそ、スズキが模索している小型車四駆の理想形になるでしょう。

しかしおそらくそれは、初代エスクードのノマドサイズに極めて近いはずです。

もしも五代目以降が存続するのなら、初代がそうであったように、エスクードは再び小型車ジムニーを苗床にして機会をうかがうという道筋が残されています。四代目は「ブランドを維持していく」という結構重要な役目を担っているのです。やれ売れないとかマイナーだとか言われたところで、廃止されたら元も子もない。生き延びる道をつなぐところに、パジェロとの決定的な違いがあるのです。毎度エスクードを引き合いに出されるなら、回帰への道もぜひ切り拓いていただきたい。