先週の緋寒桜が満開でした。 ビビットなピンクが目を引くわー。 風にふるふるしている花を なんとか撮ろうと悪戦苦闘していたら 背後でやはり写真に収めている おねいさんが居りました。 東京の染井吉野は本日開花宣言出ましたね。
謎の目カニクス 後編
前編で「眼の奥で操縦する」ジャンボーグAを引き合いに出したのは、古今東西の巨大ロボ(ジャンボーグAは『宇宙サイボーグ』なんですが)を動かす際、最も合理的な手法をとっていたからでした。脳波と四肢の動きをトレースして操縦するため、座席は愚かセスナ機の操縦系は見事に無くなっています。にもかかわらず、2号となったジャンボーグ9はシートに着座しハンドルとギアチェンジとペダルで操縦する。9を手足のように動かすのはかなり難しいシステムです。
ザブングルに至っては、合体変形によって乗っていたコクピットが背中に行ってしまうため、わざわざ場所替えです。とにかくこの操縦系で殴る蹴るの捌き方をどうやっているのかは謎でしかありません。慣熟していくうちに機体の電子頭脳(この時代の番組だからAIなんて気の利いたものは設定に無い)が細かい動作を覚えて補助していくのでしょう。それでもハンドルとペダルには妙な説得力が宿っているのです。なんだかいつの間にか目の奥の話じゃなくなってしまいました。
先生がご多忙なので、自主トレしに尾瀬岩鞍へ。 天気よーし・・・良すぎ!! 道中、いつもならばまだ白い田んぼや山が 既に雪の欠片も無くなってます。 スキー場のリフトの下も茶色い地面がそこかしこ。 去年も今くらいにスキーしに出掛けたけど やっぱり雪解けも年々早まってるのかしらねぇ・・・ そして、昼食に新月サンが超珍しいチョイスを(笑)
これは考えていなかった
あれもこれも35年+
1988年製ならもれなく35周年なわけですが、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』が3月12日の封切りから本日で35年目を迎えます。キャラクターデザイナーが安彦良和さんではないため、絵的には好きではない上(まだ文庫本挿絵を描いた美樹本晴彦さんの方がまし)、1年戦争から14年も経過しているのにシャア・アズナブルのものの考え方が成長もしていない情けない展開で、映画としては自分の中では低評価でした。
この映画が上映されていた頃、スズキが小型車の新しい四駆を春に正式発表するといった話題は取り沙汰されいました。その小型車こそがエスクードなのですが、当時、1600ccもの(もの、なんですよ)排気量はスズキのエンジンとしては想像しにくいサイズでした。既に1300ccはジムニーに搭載されていたので、技術として不可能ではなかったのです。それでも開発当初はそのG13Aが使われるかもしれないという検討もあったらしく、5月の発表まで「ほんとかなあ」と半信半疑でした。
なにしろこのとき550ccのジムニーに乗っていた僕ですから、この排気量はまさにガンダムとνガンダムほどの違いを感じさせていたのです。
ところでこれは40年ものなんですが同日だったので
思い出すのが遅くなってしまいましたが、「クラッシャージョウ」の映画公開が1983年の同日でした。モブシーンが、アニメ漫画ファンにとってはひとつの見どころのような瞬間ゲスト出演芸のオンパレードでしたが、ああいうのは今見るとうっとおしいだけで好感持てません。とか言いながら、アルフィンにぶっ飛ばされる宇宙海賊が、今は亡き漫画家の和田慎二さんだったりしているのは、しょーがないなあ許しちゃおうかなーという贔屓目もあります。
しかしこの作品は、原作本の挿絵で安彦良和さんが描いていた宇宙船ミネルバの、河森正治さんによるブラッシュアップ版の美しさが何より目を引くのでした。118mちょっとの全長という小型ながら万能汎用能力を詰め込み、航空機型と宇宙往還機を融合したフォルムは優れものです。それを初監督しながらキャラクターデザインと脚本と絵コンテと作画監督までこなした安彦さんの仕事はまさしく「宇宙が熱い」でした。
12年・・・ですね。
地震がよほど怖かったのか、暫くは少しの揺れや物音に 過敏になっていたっけねぇ。 この時点で既にバリバリのシニアだった二匹でも そらぁ衝撃だった事でしょう。
兎年だったあの年あの日
昨日よりも少しだけ膨らんだ気がする桜の花芽。 この勢いで育つと、来週中には開花するんじゃ・・・ そして、すぐ近くに生えていて先週は影も形もなかった 木瓜の花がすっかり花盛りになってましたわ。
これが夕飯で良かったのかな。
賞味期限が切れてしまったトマト缶があったので 鶏のトマト煮を作った日。 ここからご飯と味噌汁もどうかと思って ピザトースト風に・・・ ちょっと煮詰め気味になっていたスープが イイ具合にソース化したらしいです。