先日のこと、福山市中央図書館から中高生向けに勧める図書ガイダンス「本の世界へ旅をする」が発行されたニュースを見聞きし、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」がこれに含まれていることに、ちょっと安堵しておりました。我々の文化圏においてこの本が悪書扱いされていた記憶は薄いのですが、サリンジャーの人となりから来る風評も手伝ってのことなのか、この作品が出版されてから三年後くらいに、かの国ではそのような風潮が大荒れしたのだそうです。
十代の半ば頃にこれを読んだときには、半分は理解できていなかったと思いますが、二十代になってカリフォルニア州教育委員会がヒステリックに学校や図書館から同書を追放したことがあるという史実を知った時には「えー? なんでー??」と感じたのでした。
それを同じテーブルに乗っけるのが適当かどうかはともかく、そういえばサリンジャーに触れるさらに前のこと、我々の文化圏でも手塚治虫さんやら永井豪さんやらがPTAから糾弾されて、出版物が焼かれた(実際に見たことはないけど焚書ですよ)史実があったよなあと、当時それらを重ね合わせていました。
親と子供の、ものの感じ方が相いれなかった時代を経験しながらも、サリンジャーに関しては今ではライ麦畑も課題図書として扱われ、アメリカの高校生は授業で読んでいるそうですし、日本でも件のニュースのように中高生のためのブックリストに載って来るのだから、年月がいろいろなものを稀釈していくねえと感じます。ひとつ面白く覚えているのは、僕も中学生で出会ったこの本でしたけど、ティーンエイジャーだからこそ共感できると今でも諸表に書かれることがあるけれど、サリンジャーがこれを書いているのは二十代から三十代にかけてのことだったりするわけで、中学生から見たらもう十分おっさんなんだよなというところです。
ところがですよ、家内ですら大学の授業でレポートを書いたことがあるというのに、うちの娘らは読んだことが無いらしい。
まーそれならそれでもいいけどさー。