高村光太郎と梶井基次郎を区別するためなのか、「レモンの日」のれもんはカタカナで綴られているようです。智恵子の命日をこう呼び習わしているのは、智恵子が亡くなる直前、レモンを口にしたことと、それを光太郎がレモン哀歌として謳い智恵子抄に組み入れているという逸話からだそうです。
ああっ、やっぱり聖橋じゃなくて二本松のどこかを使わないとだめじゃん。
と思ったけど、二本松の写真というと、なぜかBLUEらすかると一緒に写っている某サイドキックスポーツ2号車という、どうも世に出してはならない類いのものしかありませんので割愛して先へ進めます。
で、その聖橋さえ基次郎とは無縁の舞台で、彼の「檸檬」は京都の京極の丸善。爆弾に見立てて書籍売り場に置き去りにしてくる展開。これを東京に持ってきてモチーフにしたのが、さだまさしによる「檸檬」で、基次郎の「私」は買い求めた檸檬でしたが、さだの歌に出てくる「君」はどこからか盗んできた檸檬。歌のように、これをひとかじりしたあと聖橋から放り投げる人を・・・まあ見たことはないですし、投げられた檸檬の先を走る快速電車も各駅停車も型式から塗装まで様変わりしてしまいました。
そういえば、アメリカあたりじゃ質の悪い中古車のことをレモンとスラングするらしいです。そういうのが流通するマーケットはレモン市場とも呼ばれています。BLUEらすかると呼ばれるようになったエスクードも、見つけ出したときの状態はまさにレモンクラスでした。
レモンといえば、高村光太郎より梶井基次郎な自分は、
2005年当時、閉店が決まった丸善へ八百卯でレモンを買って置きに行きました。
(きちんとお店指定のカゴへお納めしました)
授業でがっつりと向き合った直後だったので、
ブックカバーとスタンプ欲しさに、わざわざ丸善で檸檬の文庫本を買ったり、
檸檬コラボな万年筆(まだ使ってる)を買ったりと、
当時ちょっとしたマイブームだったのを思い出します。
あ、当時丸善はそんな粋な檸檬もてなしをやっていたんですか。
でも、あの他愛もない子供のような悪戯心を受け止める、大らかな包容力ですねえ。