Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

他人は信じないだろうけど、なんだか良くないことが起こる・・・かもしれない

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や、特に意味はない

ここ数日の出来事

車のハードディスクで編集中のプレイリストに、なにげに(しかも当てずっぽう)これまで一度も聴いたことのない女性ボーカルの「ある曲」を加えた何日か後、WOWOWで録画していたアニメ映画を初めて観ていたらその映画のエンディングに同じ歌が流れた。

先日のぽかぽか陽気の折、「菜の花畑に入日薄れ~♪」とか鼻歌を歌いながら帰宅したら、翌日の朝ドラで子役の女の子がそれを歌った。

 

珍しくつくば市役所からの帰路で道に迷い、腹も減ったし〇〇寿司かなんかで昼飯食って行きたいけど学園都市内だとどこだったっけ? と、初めて入り込んだ団地の路地を適当に曲がったら〇〇寿司があった。

その〇〇寿司で「すみっコぐらし」のキャンペーンをやっていて、Lサイズのコーラを頼んだら缶バッジをもらったのだが、いきなり全六種のうちのシークレットだった。シークレットなので柄をお見せできません。が、「すみっコぐらし」って何?

よく立ち寄るコンビニエンスストア手前の交差点で信号待ちしていて、そういや以前、この街道を走っていたらコムロさんが前を走ってたなあと思ったら、交差点の向こう側でコムロさんが信号待ちしていた(おいおい、良くない前兆って言っちゃっていいのかよ)

で、食ったさ

突然な寒の戻りで肌寒すぎるので、チャーハン食いたかったけどラーメンにしようと某喜多方ラーメン店に入ったら、開業時にはやっていなかったラーメン・チャーハンセットが始まっていた。

娘らとつのだじろう談義になって、「恐怖新聞が配達されてくるプロセスは案外こわいぜ」とか言ったら、マミポコさんが「友人氏とラインしてて久々に恐怖新聞とかうしろの百太郎とか読みたくなったマン」とツイートしていた(おいおい、以下コムロさんのとこと同文。でもこれで確信)

 

 

事実は小説より奇なりと言いますが、それだけにどれもこれも本当の話に見えないでしょうけど、異様なまでのニュータイプ覚醒状態です。こんなんで良いことが起こるとは思えない自分が情けない。

お達者でしたか

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仕事の立ち寄り先で、1600ノマドの消防指令車を見かけました。これはおそらく、立ち寄った街の位置関係から、2007年に筑西市で出会った2台のうちのどちらかですが、消防のエンブレムは外されていました。車体の所属が消防団に変わっているので、エンブレムは譲渡の際に回収されたのかもしれません。近場で別の街の2000ccの指令車はまだ健在ですので、あと1台のノマド指令車の消息も知りたいところです。このノマドについては、お達者でよかった。

足  跡

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先日のこと、荷物運びに使いたいのでとBLUEらすかるで仕事に出かけて行った妻が夕刻帰宅してきて、テレワークは夜中にほとんど終わってしまって日中暇を持て余していた僕に意外な話をし始めました。

「ホームセンターで荷物を積んでいたらね、五十代くらいのおじさんが声をかけてきて、『失礼ですがFOOTMARKSの関係者の人ですか?』と言うのよ」

その人は、BLUEらすかるのリアクォーターウインドーに貼られた「FOOTMARKS」のステッカーに気が付き、話しかけてきたそうです。「FOOTMARKS」というのは80年代から90年代に筑波研究学園都市で開店していた、喫茶店の名前です。当時の常連客の大半はこのステッカーを車に貼っており、うちでもほぼ歴代のエスクードに、これは貼り付けられていました。お店は最終的に、2000年の暮れに閉店して久しい過去の記憶です。

我々にしてみれば、何かしら意識することもなかったけれど、確かに今だと20台も残っていないと思うし、妻が出かけていた水戸市の街なかでこれを見ることは稀以前にまず無かろうなあと思いました。

「なんでも、若いころに筑波住まいで、お店にはよく行っていたんだって。懐かしくなったみたいだった」

その人はきっと、夜から閉店時間過ぎまでたむろしていた僕らとは異なる時間帯に通っていらしたのでしょう。お店もとうに無くなり軒にかかっていた看板も、今は別の場所で記憶の証人として残されているのですが、残念ながらそういったお話をすることができないすれ違いとなりました。でも、あの店に通っていらした人がステッカーを見かけて声をかけてくれたことは、とてもうれしいことでした。

ダークサイドのR&B(richard & burns)

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イギリス情報部第七号の教育係という「なるほど!」なキャラであるグラハム・バーンズが、歴史の時系列ではなく登場順にみていくと柳恭平、火付けの柳といった活躍?を経ているわけですが、もともとはシャフトエンタープライズ・ジャパン企画七課長内海ことリチャード・王に端を発するのは、知っている人なら知っている有名な逸話です。

リチャード・王の、それまでになかった快活な悪役像を気に入った新谷かおるさんが、ゆうきまさみさんからキャラクターを譲渡され、より幅広い肉付けを行ったのが火付けの柳であり、柳恭平であり、グラハム・バーンズでした。

素材としてはリチャードと柳は別人なんですが、スターシステムなんざ知ったことかよと、「歴史の襞に現れ消える謎の男」と仮定し、バーンズ中佐が最初の人物だとした場合、90年代初頭に暗躍する火付けの柳は年齢上の矛盾が生じるけれど、弟子のジェームズ・ボンドだって日本人に化けたことがあるくらいだから、アンチエイジングとか冷凍睡眠とかも付け加えれば無理くり同一人物説も適うかもしれません。

そうして柳恭平を経て内海・リチャードへと変遷していくのは、その顛末が顛末なだけにちと殺伐感をぬぐえませんが、情報戦、商戦、F‐1、エアレースときてレイバーを扱うビジネスマンの側面は、やはりゆうきさんの種まきと、新谷さんの功労によるものでしょう。残念ながらゆうきさんはリチャード・王を死で幕引きさせ、新谷さんは自身が筆を折ってしまったため、これ以上の広がりはなさそうですが、どのキャラクターも魅力にあふれていることには変わりありません。

てきぱき働いてくれてえらーい!

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税率の特典なのか接触を避けたいのか、ドライブスルーが大混雑していたのでテイクアウトを断念して店内に入ると、案の定閑古鳥が鳴いてました。店員は三名が戦争状態。こりゃーしばらく待ちだなあと思いながら晩飯をオーダーして席に着くと、いくらも待たずに飲み物とサイドオーダーが届き、主軸のハンバーガもこれまたたいした待ちにならずに配膳されました。でも表はまだ駐車場内渋滞で、なんだかざわざわしている。

紙マットやバーガーの包みに「コウペンちゃん」があしらわれていて、お客に対してお疲れ様だとかありがとうだとかのメッセージを投げかけてくるのですが、この夜はむしろ、店員三名の皆さんに対して「えらい!」「はなまるをあげます」と言ってあげたい気分でした。

もっとも、おぢさんは「コウペンちゃん」がなんで何でもかんでもほめるのか、最近ようやく分かった野郎です。

The name is Bond. James Bond

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もちろんイアン・フレミングが世に送り出した世界的な諜報部員、007(昭和30年代から40年代前半の人はゼロゼロセブンと呼んでましたが、ダブル・オー・セブンね)のことです。彼はまだ意外と若くて、当初ばらついていた生年月日が、2006年の映画「カジノ・ロワイヤル」から1968年4月13日と固定されました。しかし、すると、当初のプロフィールである「第二次世界大戦に海軍中尉で出征し、終戦後にМ16の工作官となる」設定が崩れてしまいます。

そこで、ここでは4月13日という誕生日だけもらってきています。まあそれ自体にはたいした意味はありません。一応綴っておくと、彼の名前はジェームズ・ボンド。格闘技・体術に長けているけれどいろいろと病気持ちで、紅茶嫌いのイギリス人です。

本家版で彼がどのようにして諜報員の技術を取得し世界に名だたる(スパイが名だたったらまずいんじゃないの?)エージェントとなっていくのか。そのプロセスを僕は知りませんが、ある筋のサイドストーリーとして描かれたエピソードによれば、00セクションにおける上官001から手ほどきを受けているらしいのです。この上官、グラハム・バーンズ氏。紳士であるけれど狡猾な人物。大戦中はイギリスの情報部員として暗躍していました。

「わかる人にはわかる話」で済みませんがこのおっさん、グラハムとしての登場が最も後発ながら、大戦後の歴史の襞に現れ消える妙なキャラなのです。巨大商社の裏ビジネスでライバル企業を攪乱、妨害するエージェントとして、国家間の対立から紛争を平然冷徹に引き起こす。ただしその目するところが自らの思想と哲学に反していくなら、毅然と袂を分かつ。英国人ではなく東洋人、「火付けの柳」としての初登場が、80年代の終わりから90年代初頭にかけてのことでした。

巨大商社・座王を辞した後、彼はF‐1グランプリの世界に姿を現しますが、金融系財閥をバックボーンにアメリカのインディー参戦チームを買収してエンジンサプライヤーに「無限」を擁します。「火付けの柳」の異名は健在ですが、なんとその経歴には「元ホンダF‐1プロジェクト総監督」というとんでもない肩書がついていました。えっ? それどっちのF‐1?(60年代と80年代があるから)。どちらにしても座王がホンダのレース参戦をバックアップしていたということか?

F‐1・ハート・レーシング時代の彼、柳恭平は、手練手管はそのままと思われますが人物像についてはそこそこの良識派に転向しています。ただ、どうもF‐1やインディーのようなモータースポーツでは飽き足らず、20世紀末から21世紀にかけてH.R.D(ハリケーン・レーシング・ディベロップメント)なる起業を果たしエアレースの世界に躍り出ていました。このエアレースチームの戦績は、その後の彼の消息とともに不明です。

・・・なにがジェームズ・ボンドなんだこの記事?

X‐90ってどなた様ですか?

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と、いわさきさんからメールが入ってきて、なにやら仕事でスズキの百年史、主にキャリイの変遷を調べているときに、ふとエスクードの項目も目に触れたのだそうです。

「エスクードは単独で開発されたものなんですね。ジムニーは系統図がおもしろくないです」

よーし、うむうむ、よーし。勉強してくれているじゃないのよ。

って思ってる傍からX‐90について

「ねずみ男みたいな顔してますが・・・」

そそそそ・・・その発想はなかった!

それで、一通り参考にしてねとエスクード誕生三十周年企画ウェブのリンクをいくつか送り返したらば、点と点がつながりだしたらしく、

「カプチーノが元々小動物系の顔ですもんね。それに4駆のたくましさを付加した結果ねずみ男感が出てしまった気がします。迷車・珍車扱いされるのはルックスも影響あるかと思いますです。かわいそうに・・・」

という論評に。カプチーノについては、こちらから同時期に出ていたモデルとして引き合いにしてもらっています。

「ついでにエスクードの初代から3代目まで比較して見てますが『整形して顔まるっと変わったから一瞬誰かわからなかったけど、体型は変わってないからそれで君だと判別できたよ』レベルの激変ですね」

あれですね、女性ユーザーでもこういう分析をする人はいなかったので、物書きを目指している彼女らしい、まだスズキについては突っ込んだところにいない人ならではの表現だなあと、ちょっと褒めてあげようと思ったのです。

が・・・

「エスクードとジムニーが袂を分かった上で、エスクードの方が開発面でバラエティ豊かなんですね〜。4代目とか5代目とか出してほしいです〜」

おいっ、いわさきっ!てめーどこ見てんだっ!

というわけで、彼女のために四世代揃い踏んだ様子をここに上げておきますけど、たぶん見に来ないだろうからまたどこかで、再教育の場を設けなくてはなりません。

四代目ユーザーの皆さん、まずはお怒りの一言をぜひこの場に!

冬籠り・・・明けた? 和邇さんの手記054

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久しぶりのドライブですが、やっぱ疲れますなぁ(笑)

蓮田さん(ハスラー)のタイヤの履き替えとオイル交換。結局今期は2号(サイドキック)は冬眠したまんまでございましたよ。

和邇さん自身も療養しながら気晴らしの桶川ドライブだと思われますが、このところ暖かだった陽気が寒の戻りで肌寒かったりなので、ちょっと気がかりです。

それというのも、そもそもワニというのは外気温が19℃以上にならないと冬ごもりを終えて動き出せない生き物らしいです。水温ではなく、気温ですから、ここ数日はボーダーラインを下回っています。おそらく和邇さんは彼岸の頃に夏日に迫ろうというぽかぽかな日々で目を覚ましたのかもしれません。

ところでワニってどうやって冬眠しているのかというと、水面に鼻だけ出して水中でじーっとしているのだそうです。24時間くらいは、新陳代謝を下げて無呼吸で水中にいられるらしいですが、いやまて熱帯や亜熱帯にいる生き物が、気温19℃以下にさらされるのか? と聞いてみたら、北米ルイジアナ州やアフリカのジンンバブエあたりじゃ、養殖場のワニを守るために、真冬の温度管理が忙しいそうです。

水面に鼻を出して云々という状態の水面は、水ではなく氷が張っている場合もあるのだとか。

Long Long Ago, 20th Century

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1988年4月10日は「仮面ライダーBLACK」の第27話が・・・27話が

放送されていませんでした!

この日、JNN報道特別番組として瀬戸大橋開通のライブ放送のため、ヒーロー番組は休止だったのです。

しかも、スズキエスクードがデビューする約1か月前。僕は逃げも隠れもできないジムニーJA71乗りでした。うわぁ、なんて間の悪い日なんだ(笑)

というわけで、なんか世間では本年4月10日がジムニー50歳の誕生日らしいですが、世の中がそれどころではなくなってしまったのが痛恨事です。あーでも、先月スズキは創立100周年に至ったそうです。勘違いしてました。明治42年という、僕の祖父母と同じ生まれの年に設立されたってことで覚えていた鈴木式織機製作所創業はノーカウントなんだ・・・

祝 十年 なすこぐまアイス

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エスクードОBのみしゃこうしさんが、那須町に「なすこぐまアイス」を開業して、明日で10年となります。みしゃこうしさんは当時、プロシード・レバンテでディーゼルターボという希少と言えば希少なモデルに乗っていたのですが、そこから那須の山岳ルートの雪情報などを教えていただき、新雪の中へ遊びに出ていき、あの摩庭ファームの摩庭夫妻とも知り合うというきっかけを得ることとなりました。まあそれは10年以上前のことです。

なすこぐまアイスは、ソフトクリームでもなくジェラートでもなく、甘さ加減を絶妙に練り上げた、食感とともに後味もすっきりとしたアイス菓子を作り続けています。行ってみてびっくりするほど小さなお店ですが、他所にはないこだわりを10年守ってきました。

10年って、なんやかんや言って大変なことです。

さて10年も大変なら1日も大変だった北九州の永明寺さん。昨夜20000回のお茶かけでいったんお休みに入り、本日午後から再開されましたが21時、リツィート数のお茶かけを完遂されました。

為せば成るなあ。