以前はこういうクイズが多かったですニャ。
ところでわたしゃどこにいるでしょう?
フィガロが入庫中なのでぷらすBLUEでの第二、第一いろは坂特訓にやってきました。路面はドライコンディションですが、僕が同乗しているのでオーバードライブをカットしないとトルクを維持できないという・・・
坂を上がると7℃です。裏男体線にも、まあ乗り越えられなくはないけれど「行くんじゃねえ」と言わんばかりの天然バリケードが残っており、ここで引き返し。
ここまで来る途中、馴染みの喫茶店に・・・馴染みと言いながら何十年ぶりかで立ち寄り、暖を取っておりました。しょっちゅう通っていたのが、今の霙の歳の頃ですからねえ。店のおねいさまも齢八十だって。でもお達者なだけでなくこちらを覚えてくれていたのは嬉しかった。
湖畔はひっそりとしていて、来るならこういう日に限るまだ冬の午後です。
いろは坂特訓はグリップ徹底、登り下りともコーナーへの侵入のライン取りだけ指示して、ペダルワークは本人のタイミングに任せます。霰よりも慎重な動作ながら、軽自動車以上のトレッドが安定感を確保してくれるのですが、
・・・なんか取れたかも?
入日薄れる時間帯じゃないし山の端は見渡せてないし・・・でも霞は予想以上に深いというか、これきっと花粉だね。
今年は桜以上に、陽の当たる菜の花の色彩に強烈に魅入られておりますが、なかなか思うような場所に辿り着けていません。なんとか撮ってみたですよ。空が青かったら言うことないんだけれど、それこそ朧月夜じゃないよねえ。
もっとも撮影したのが菜の花畠ではなく堤防上の道路ですから、朧月夜を作詞したと云われる高野辰之さんには「情景がだいぶ異なる」と叱られそう。さすがに高野さんが過ごした北信地方にはこの段階で出張予定がないので関東平野の菜の花です。でもってこれに見とれているうちに曲がるべき分岐を通過してしまい、次の斜路で集落に下りたら先へ行ける道が無くなり、路地をうろちょろして戻る途中という不審者ぶり。それはともかく、4月13日は高野さんの生誕の日(146年目)
3年前に訪ねた折、店内にはジャックフォームの仮面ライダー剣となぜかウォズ(この店に現れる話は仮面ライダージオウでやってはいます)がいたのですが、先日見たら本来の下宿人であった仮面ライダーカリスが堂々といらっしゃいまた。キングフォームの剣も加わり、キッチンカフェの護りは完璧に近づいております。剣は、やっぱり白井農場が無くなってしまったからここに居候するしかないんでしょうねえ。カリスとの因縁はジオウ世界で解消しているので。
残念なことに、階下の「そば くらんぼん」は昨年閉業したそうです。小さな庵のような店内と十割の手打ちそばはなかなか味わいがあったのに。初めて出かけたのが上階をロケ地とした「仮面ライダー剣」が放送された2004年のことでしたから、閉業の理由はなんとなく察してしまえる2022年。もう少し足蹴に通えばよかったと思うも、時の流れには逆らえません。上階の「ハカランダ」ことクランボンが賑わっているのは何よりです。
地震が起きた時間、夜空には月齢14.4の小望月がありました。天体の運行と地震発生の因果関係を直接結び付けることに科学的合理性があるかどうかは知りません。そもそも東日本大震災の夜は月齢だったら6くらいの宵月でした(雪降ってて月なんか見えなかったし)。それでも潮汐力を産み出す月の引力は、海だけでなく陸や海底にも作用することは間違いではない。17から18日にかけての月は大潮をもたらしていましたから、あの年レベルの大事に至らなくて良かったのかも。
津波は、今回は注意報で済みました。ただ、約6m高さの津波に対応するために東北太平洋沿岸に作られた防潮堤は、その巨大構造物の質量によって沈下の見られる地域があります。逆にその手前陸側に再生されている防風林が土台ごと盛り上がっている。沿岸構造物を急速度で整備した折、地下基礎の整備を行う余裕がなく、盛り土の上に防潮堤なり港湾構造物を作り直したことの弊害だと、状況や推論や事実を交えた話を聞いてきました。
千年に一度と吹聴されている大地震が、十年程度のタームでやってきちゃう現実。津波は確かに怖い災害ですが、その前に地震なんだよねえと、常磐道が使えず国道を北上する途上で考え込みました。
ところで、この仕事が何で俺の担当になるんだよ・・・
湾内では春を告げるメバル釣りが解禁されているはずですが、メタアルブミンを食って巨大化したなんて話は聞きませんし、廃棄物13号が潜んでいるような海面にも思えません。三番背近くの岸壁から眺める景色は、想像と違って「千葉の東京湾風景」しか見えなかった。機動警察パトレイバーの世界とは異なっています。そういえば今日は「柘植行人一味による東京テロ」の日です。先日ベイブリッジのことを書いてますが、爆破から蜂起まで5日間。
テロやらクーデターやらには速度が重要ですが、後藤隊長や松井刑事の捜査の追随速度も恐るべき素早さでした。と、パト2の話はここまで。漁から戻ってきた船の背後に横たわる陸地は、三浦半島にしては変だなーと凝視していたら「あれは袖ケ浦の辺りだ」と見知らぬ老人に教えられました。房総半島の付け根はまったくもってもの凄い湾曲を展開しています。船橋や市川の湾岸は素通りして渋滞回避していたけれど、岸壁まで近寄ると静かなものです。
しかしこの遠望では方角として富士山は見えないのねと仕事に戻ろうとしたら、目の前にうっすらといらっしゃいましたよ。
夕刻までここに粘っていたら、夕暮れ時のシルエットになってもっとはっきりと眺められたのでしょうけど、いつまでも遊んでるわけにもいかないので、いずれまた来てみよう。