Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

帰去来から

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「さだ(まさし)の名曲はアルバムの中にあるんだ。はやりのシングルばかり聴くな」

昔、僕に言ったのは高校の同級生の白鳥高志くんでしたがそれは嘘ではなく、当時つきあっていた彼女がさだファンだったのでレコードを借りてみると、そのときはそれから何十年も聴き続けることになるとは思いもよらず、しかしそうなってしまった曲がたくさんありました。

 

その中の「帰去来」というアルバムに収録されている『夕凪』は、特段、別格、なんだこれ! な楽曲で、後にその彼女にふられても尚、ベストナンバーとなっています。

この曲のインストゥルメンタルを耳にすることとなったのは、まだその彼女にふられる(笑)前、「関白宣言」なるラブコメ映画につきあったときのことで、主演のふたりが海岸でデートしているシーンに(歌詞の内容とは異なる展開になるんだけれど)流れていたのでした。

これがまたとんでもなく良かった。

というのが、実を言うと渡辺俊幸さんの音楽に触れた原体験。さだまさしさんがソロに転向した最初のアルバムで、さだ曲の編曲を担当していたのが俊幸さん。なんてことは当時わかるわけがなく、ましてやそれが、あの渡辺宙明さんの息子だなどというところにたどり着くはずもないのです。けれども直感的にこの人の曲はいいなと感じ、白鳥くんの言っていたことをあらためて理解するのでした。

それから数年後、その彼女(しつけーよ)にふられたあと、空前のアニメサントラ盤ブームの中で「銀河漂流バイファム」と遭遇し、ここで俊幸さんの楽曲と再会するわけですが、当時のアニメ雑誌だったか音楽雑誌だったかは忘れましたが評判は良くなかった。なぜかといえば、彼が習得してきたハリウッドスタイルのオーケストレーションはともかく、旋律の方がどこかで聴いたようなアメリカ有名映画のそれに似ている。という寸評だったのです。ま、それはそう言われてしまうとそんな感じだわなあと否定も出来ないバイファムのBGM。

 

いやーだけどね、おとーちゃんの楽曲なんかそれ言ったら、バトルフィーバーJとスパイダーマンのイントロ比べてみなさいよというくらい、「宙明音楽」は金太郎飴ですよ。

そんな変遷をひとつひとつは追いきれないので思いきり端折って、「劇場版マジンガーZ/INFINITY」にておとーちゃんサウンドを引き継ぐ・・・話はまだ映画を観ていないのでどう引き継いだのかが語れません。暮れに放送していた「題名のない音楽会」で少し聴くことはできていますが、マジンガーに関しては水木一郎さんの独壇場でしたから、楽曲は(それでもかなり、主題歌以外は引き継いだというより作り直しちゃった感がある)しみじみと耳に入っていません。

そこでもう一作品。珍しいことに特撮では2017年末時点で、モスラとかモスラ2とかモスラ3などの映画を別にすればテレビ番組特撮は「救急戦隊ゴーゴーファイブ」しか手がけていません。が、特撮とプロップに予算を持って行かれ戦隊のユニフォームが歴代随一とほほなこの戦隊、きわめてレベルの高いドラマ展開と、それに見合った楽曲が提供されています。主題歌もヒーローものにふさわしいテンポと勇ましさが漂い、ああ主題歌の王道と思える出来映えです。それだけにこの番組のエンディング曲の明るさがまた際だち、我が家では娘たちもスーパー戦隊ED随一、と評価しているのですが、こちらは風戸慎介さんの作曲でした。

 

いかん、長い上にまとまらない。

そういう変遷での渡辺俊幸さんの音楽を語ると、オリジナルの交響曲とか無視してるじゃねーかと言われそうですが、直感と遭遇というのは何十年も引っ張り続けてくれる発見につながっていました。それもこれも編曲の妙を当時見抜いていた白鳥くんのセンスありきですが。そりゃそうです、彼は今でも音楽関係の仕事やってますから。

 

GM vs GM

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グレートマジンガーというキャラは桜多吾作さんのコミカライズ版でこそ「日本が輸出可能かもしれない最後の切り札商品」というリアルな設定とプロットで設計図が盗まれダミーのプロトタイプを経て黒い偽物(これが後の超合金の黒仕様の引き金となったかもしれない)、全く同一の量産機12体が作られてしまうエピソードがありますが、なんだかんだ言ってもスーパーロボット。超合金NZの拳だから敵ロボをぶん殴ったところで指なんか壊れたりしないのです。

しかし「劇場版 マジンガーZ/INFINITY」に出てくるZと言いグレートと言い、やたらと腕や足や頭部にまでパネル割するスジ彫りパーテーションラインが刻まれ、いくらNZでもこれで殴ったら指つぶれるんじゃないか?と心配になる細かな関節まで描かれるようになってしまいました。

そんなところにこだわるより、セルだかCGだか知らないけどさ、グレートタイフーンの吹き出し口の塗ミスをどうにかしなさいよと言いたい。

片やリアルロボット路線上に位置付けられたモビルスーツの量産機であるGMは、「機動戦士ガンダムUC」あたりではもっと細部まで緻密に描かれているのでしょうけど、「第08MS小隊」なんかで見ると、顔立ちはだいぶホリが深くなっているけれど、全体では意外とあっさりしたもので、スジ彫りパーテーションラインを意識するようになったガンダム模型の世界と比べると、動画でそこまでやってられないよと言わんばかりです。

これ(グレート)が今風のスタンダードになったのだなあと思わされる反面、ブレストファイヤーやブレストバーンの描写が昔ながらの「異様に幅広い熱線」だったりすると、それは半端だろうと。胸部高熱板を灼熱化させ、怪力で相手を抱え込んで焼くか溶かす・・・てな画を見せてくれるのかどうか。そういうマジンガー的なリアル迫力が、今風の作画には感じられないのです。

さて本日封切りなんだけれど、観に行っちゃって良いモノかどうかまだ困惑しています。僕はもうひとつ、いわゆる「宙明音楽」も好きではないのですが、今回曲入れしている息子さんの渡辺俊幸音楽は、さだまさしさんのアレンジ担当時代から好きなんだよなあ。

キミの名は?

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蔓草なんですが・・・

ひと月前、スーパーの生垣にわさわさ咲いてた花。
(生垣は柊だったので柊の花ではない)

しげしげと眺めていたら、ほんのり甘い香り。
スイカズラかと思ったんだけど、花の形違うしなー・・・

三十年の過去を見るか今を見るか

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スーパースージー誌上発行人である二階堂裕さんが随筆する「ジムニーロード」は、幾多のジムニー関連記事を読み飛ばしても(おいおい、この雑誌でそれやったらどこ読むんだよ)必ず拝読するページですが、ここには時々、エスクードに関するコラムも登場します。二階堂さんがスズキ在籍時代にエスクードの開発に携わったことは周知の話なので置いといて、携わったからこそその方向性に柱も芯もあるというのは今も変わらないし、変わってはならないことです。

エスクード30年目の幕開けに繰り出したのは、開発で意識したのが三菱パジェロだったというエピソード。それは聞いたことが無かった。「ジムニー乗りが次にほしくなる四駆」と唱えていらした目標に初代パジェロを据えていたのはちょっと微笑ましいというか、嬉しいところがあります。かくしてジムニー以上パジェロ未満(性能ではなく排気量などの車格のこと)が誕生し、あろうことかそのニッチな市場を一大マーケットに押し上げ、SUV時代の呼び水にしてしまった。

その功罪は、意外に知られていないけれど無視できない歴史でもあります。そしてエスクードもこんな逸話を語れるのは、過去が風化したからともいえるし、エスクードというブランドがなんだかんだと30年続いていることにもポイントがあると思います。ただし二階堂さんは、柱と芯の立場からエスクードが代を重ねるごとに乗用車化しパジェロの轍を踏みつつあると憂えています。氏の立ち位置から言えば生みの親として、4輪駆動車の愛好家として看過しがたい現実を指摘するものでしょう。

氏は「当事者ほど誤りに気付いていない」と唱えるのですが、ここに歴史の流れがあるとも思います。少なくともプラットホームの変わってしまった四代目エスクードは、三代目以上に別物と言わざるを得ませんが、それでも混迷のクロスオーバーSUV世界でエスクードの看板を背負う以上、市場が求める声にエスクードとして応えたということ。以前も書きましたが、市場というフロンティアに挑み続けているブランドでもあるのです。

そこに罪があるかどうかは、見つめるものの視点で異なるはずです。開発者の持論は真摯に受け止めるとしても、愛好家の側は、だからといってそこでエスクードの系譜を断絶させることはしないよ。と言わねばなりません。そのための通過点という意味も、三十周年にはあるのではないかと思っています。

まー肩の力は抜かんとなあ、ですね。

 

ところで

ジムニーの記事なんか云々と書いておりますが、今号、デファレンシャルについての解説記事が組まれています。これは古いエスクードに乗っている側にとっては参考になります。

に・・・忍者?

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思わず戻ってしまった。

通り過ぎた時、目の端に何か居たような気がして振り返ったら猫。
ぴくりとも動かず、こちらの動きを凝視してましたわ。
すまないねぇ怪しいオバチャンで(笑)

で、後日。道を挟んだ反対側の生垣の奥 ↓
やっぱり凝視されたーっ!

見事なサビ柄。

104号はちょっと多いぞ

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TDAリポートではウエストウインが爆走し、コラム・ジムニーロードではエスクード開発史の「そこ初めて聞くよ」というエピソードが語られ、HANGARの高田社長は「速いESCUDO作ります」などと広告打つし、細々と続くながらもエスクードの連載は52回めを数えたスーパースージー104号は、つまり10年に一度の千載一遇(なんかよくわからん表現)な巡り合わせという構成。その大盤振る舞い(笑)となるのが、巻末近くで突如出る「祝」文字付の4ページ企画。

本年5月がエスクード誕生30年となるため(とリード文に唱っているのにジムニーロードでは4月と書いちゃうんだからもう)、01Rを主役に4輪駆動車としてのエスクードを解説しています。なんだよ要するに雷蔵が圧力かけたんだろうよと言われても構いませんが、周年であろうが圧力であろうが記録としてエスクードの記事を載せていくことに手段は選びません。ですから4ページのうち1ページ分ですが、4代にわたるエスクードの変遷もちゃんと扱ってもらえています。

それにしても、こういうときはやっぱりRなんだなあと思わされるわけです。コンバーチブルというスタイルと4輪駆動車とのマッチングとは、僕の中では必ずしもベストとは考えられない。鉄板の屋根に防護されてなんぼの世界(軍用車=ジープの話)だと感じてきたし、進駐軍が乗るジープなんか見たことない世代だから尚更です。それでも、こういうカタチに憧れの意識があるからってのも間違いないなと納得するし、01Rを持ってたからこそ企画も成立したということでしょう。

 

うーんうーん・・・

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シンビジウムは持つぞーーー

義妹がお客さんから貰ったお花を丸投げてきたので(笑)

久しぶりに生けたら勝手が判らんっ!
バランス取れてるんだろうか・・・

その頃の鹿屋

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前号では狼駄さんの「吹き替え」で絵づくりを切り抜けた挿絵でしたが、それは東名高速をひた走るシークエンスが夜であったからどうにかなった作戦でした。

これよく見ればわかりますが、霙が時速80キロしか出せなかったことから(手ブレを抑えるためです)実はスピードメータの針はあとから書き換えてます。

さて後編は夕暮れ前の鹿児島県鹿屋市。20年来変化が少なくて、しかし1997年当時に戻ったなあという風景を狼駄さんに選んでもらいましたが、そこに白狼ことエスクードコンバーチブルを走らせなくてはならない。

どなたでも察しがつくと思いますが、あえてそれを・・・というよりそれしか方法ないのよ。と決定した時点で、あ、どうせなんだからわざとチープな絵にしてしまえと開き直っております。

かくして「1997 帰郷 」は昨日発売のスーパースージー104号にて後編、完結です。

が・・・後編は駆け足すぎでした。1200字という制限はやっぱり厳しい。狼駄さんと再々度ディスカッションして、もう少しだけ鹿屋の描写を加えたものを、彼の「白狼伝」に、いずれ掲載したいなと考えています。

 

シーズン初滑りなのに・・・

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あまり雪ないねぇ(浅間山です)

毎年お世話になる指導員様と、昨シーズンもご一緒した検定一級受けるって言ってた(受かったのか聞いてないや)オニイサンと、小海リエックス行ってきました。

だから私が一番ヘタっぴなんだってばーーー(泣)
体育会系のオヂサンとオニイサンに必死についてく
オバチャン(爆)

案の定二日経つのにまだ筋肉痛です・・・

中辛halfMOON

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実際に行ってきたのは先月26日の上弦の半月の日ですが、当日は午後から雪天になったものの、18時ごろ空を見上げると雪雲を透過して月が朧に光を受けている不思議な景色でした。

そんなわけで満月まで待ってられないので通ってしまう軟弱ものです。相変わらず昼時にはお客がいない貸切状態。

半月の日ですから例のポトフは食えません。クリームシチューは、あれはあれで秋冬期間限定なんだそうで選びどころが悩ましいのですが、この日はチキンカレーを注文しました。シチューとは異なり野菜は煮溶けてとろりとした仕上がりに、あの骨付きチキンが入っております。これにフォカッチャと、コーヒー付きというセット。

半月の日にはお誂え向きの中辛です。

これを昼飯にしている間に、常連さんがこぞって絶賛しているアップルパイを作っていただきました。注文したあと、リンゴをむくところから始まるのです。パイ生地はしっとりしたリンゴの下に埋もれていますが、焼き立てなのでサクサクの美味さです。

さて本日は夜になると下弦の半月。ハーフムーンというよりは、やや三日月っぽいチーズ入りオムレツを試しに行くべきか・・・