こんなこと言ったらRV4ワイルドグースに失礼なのはわかっているのですが、90年代ならいざ知らず、いまどきこの店の軒先にエスクードがずらりと並ぶ光景なんて、まあやっぱり珍事です。
「そんなことないよ。俺だってエスクードに乗るのは3度目なんだよ」
とは、今回TD51W(右端)を所有するに至った同店の、というより初代エスクード開発の父・二階堂裕さんの談。しかもこの車体色。エンジン形式だけ異なる、まるで分身の術。これはもうお店が定休だとわかっていても押しかけて並べてみたくなるじゃありませんか。というようなことを8日のブログのコメント欄でほのめかしておいたらば、こうなりました。まさしくスーパームーン(前日)効果です。
二階堂さんのエスクードは97年式の最終型。30万キロにリーチがかかっていますが、車検は2年残っているし、全体的に塗装がやれている程度で、一般流通するるタマではないにせよ、状態を理解して乗る分には問題は少ないようです。
「フレームを持つ車は丈夫で長持ちすることをこの車で紹介するよ」
それにしても厚木からの帰路で渋滞するのはある程度覚悟していましたが、往路も復路も渋滞皆無で走れたのはありがたい珍事でした。津久井浜の準備に行ってきたという和邇さんからみかんと三浦大根をもらったので、16時30分に圏央道に入り、仙台には直接戻らず基地に立ち寄るため北関東道を走り2時間ちょっとで笠間PAです。給油していたら、温泉旅行帰りのコムロ夫妻がいるではありませんか。
「さっき華麗に追い越されましたよ」
あらっ、暗くなってしまったので気が付かなかったよ。屋根も身軽になっているし・・・ てなことで立ち話のあと基地に帰宅したら、19時ごろこのブログがクラッシュして記事も写真もすべて消え去っていました。管理者のりんもんさんによって復旧済みですが、満月の前後っていうといろいろあるのです。
走行距離や年式だけで
図るのはもうやめて欲しいですね。
あと10年経てば逆にノスタルジーで
勝ち組になれるのか?
SJ30の様な価値観は出ないのかなあ
みんなで声高にアピールを続けることは必要でしょうね。
でもその対象は51でも61でもなく、01になるんでしょう。
で、いまそれらに乗っていない人々が、声高につきあってくれるのかどうか。
そこが10年前、20年前と変わっているようにも思います。