本国で「エピソードⅣ」が封切られてから、今日でちょうど40年。日本での上映はさらに1年後ですが5月25日ではないので、あわや来年、スズキエスクード誕生からちょうど30年という日とぶつからずに済みました。
宇宙活劇物はそれでも、この映画以前は欧米でも躊躇するジャンルだったかもしれず、この映画にしたところでダース・ベイダーのあの不細工な造形だったら、まだ「超電磁ロボ コン・バトラーV」のデザインの方がましだろうと思ってました。
しかし特撮づくりの本気度が違い、その特撮にしたところで日本では仮面ライダーもウルトラマンも休止していたアニメーション台頭の時期。それらがサブカルチャーにさえ引っかかっていない時代に、スターウォーズの封切りは「こんな単純明快な物語をここまで見せる」と、映画雑誌の記事だけを頼りにしながら驚かされたのです。この時点では、まだ放送前の「無敵超人ザンボット3」を知らないわけですが、せめてザンボットが先に来てくれていたおかげで、同年暮れの『惑星大戦争』を観てしまって大いに落胆したダメージをいくらか和らげてもらえた記憶があります。なにしろアニメーションの方ではすでに「宇宙戦艦ヤマト」から時間が経過していましたから、あれがあるのに特撮だとこれ?(惑星大戦争)という出来栄えだったので。
スターウォーズが少なくとも9つのエピソードで大枠を構成しているという話は、日本公開のあとに知ったことでした。なぜいきなりエピソードⅣなのだ? という疑問は当然、好奇心を持続させる仕掛けにはまったものでした。ただ当時、ジョージ・ルーカス氏でさえ「資金がないから全部作るのは無理なんで、6作くらいでやる」といった発言をしていて、その6作をすべて観終えるのに2005年までかかるとは思いもしませんでした。そしたら昨年から残りの3作が始動するなど、そういう時間軸で世代を超越して楽しめる大河ドラマだったことを痛感します。
振り返ると、エピソードⅣでまだ自身の素性も知らない少年ルーク・スカイウォーカーが閉ざされた人生に悶々として、空虚な心境で暮れてゆく空を眺める姿は、当時の自分を見ているようだなあとあらためて考え込んでしまいます。この映画は、来年も「日本公開40年め」という話題を引っ張れますが、なんだかわかんないけどすごいのがアメリカで出来た。というインパクトは、特撮からアニメーションに移行していた自己内カルチャーに強烈な一打を叩きつけてきた出来事でした。
一つ確かなことは、ほんとに遠い昔の出来事になっちっゃたよという歳食った自分(笑)