部下は公言していませんが、さるところでブログを書いています。僕は知らんぷりしてほっておくのですが、なんで僕がそれを知っているかというのも数奇な話で、彼女が採用試験で履歴書を持ってくる以前から、震災復興がらみのボランティアルートで、そのブログを偶然にも読んでいたからです。
物書き仕事をさせているので、視点や捉えどころとそのまとめの力量を見るのにはちょうど良かった。あー、力量で言ったら、僕が書いているこれなんか、もう話になりませんので比較もしないし、当然、公言なんかできませんわ(笑)
その彼女のブログが、先の日曜日の羽生結弦選手の凱旋パレードに行ってきた話をまとめていて、4年前のパレード撮影と今回との違いを、自らの上達について分析していました。なるほど前回は凱旋の顏を撮りたい一心。今回はそこに風景と動きと表情を織り交ぜて、引きのポジションながら羽生選手の当日がよく伝わる写真を撮っていました。
まー下手をするとパワーハラスメントか? になりそうな叱咤を繰り返して、人の撮り方と場面の撮り方の訓練をしてきただけのことはあります。もっともポートレートとなるとまだへたくその域なんですけど。
で、このパレード記事を読んでいて、お? と引っかかったところが「複合機で現像しました」というくだり。おいおい、デジタルカメラ世代はプリント・紙焼きを「現像」と呼びならわすのかよ。明らかにこれは間違っているのですが、よくよく考えてみれば写真部経験でもなければ現像とプリントアウトの行程が別なことは、知らない人の方が多いのね。
面白いことに、この日の明け方、仙台から遠く離れた森の中で、またまた偶然にも彼女と同じ名前の僕の友人が月夜とエスクードの撮影をやっていて、それはそれは美しい画像を送ってきてくれたのですが、こっちの友人のツイートを見てもやっぱり「さーて帰って現像だ」と言っているのです。もちろん、彼女が使っているカメラは僕のが10台は買えるだろうというハイエンドのデジタル一眼レフ。
あーもう定着しちゃってるわ。
んー。
「複合機で現像」はさすがにあれですけど、ハイエンドデジイチお持ちの方の場合はLightroomとか使ってのRAW現像かも知れませんねえ。
じゃあ、本来の現像はなんと呼ぶのだろう?とも思いますが。
いやー、あれだってデータ調整でしょう? 銀塩時代の言い方ををなぞらえているようなものじゃないかなあ。
部下はハロゲン氷酢酸しぶきなんか知らない世代だから、あらためて偏った写真知識を教え込もうと思います。
同時プリントの名残ですかね。
現像処理そのものが、RAW現像を残して消えつつあるので、
いずれは言葉の定義が変わってしまうのでしょう。
高校時代はモノクロ現像してましたが、あえて水洗促進剤を使わず、
その時間でコーヒー作って出来上がりを待つのが楽しみでした。
基地で僕が使っていた部屋は隣にトイレと洗面台があり、部屋自体の雨戸がシャッターだったので、暗室にするのに都合がよく、換気させるのに都合が悪かったですね。
というか自分の部屋で現像定着させてたのかよ、って言われそう。
小学校の時に現像した事あります(写真クラブだったの)
放送室(三畳くらいの狭いスペース)に暗幕張って。
何もない印画紙にじわじわと画が浮かび上がってくるのが不思議でしたわー。
おぉ、ならば現像バットと粉砕バットの区別はつくわけだな。
・・・破壊してどうしますかっ!
それがわかっていれば立派な光画部員!