Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

「帰ってきた」って書こうとしたら随分類似題名使ってた

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お騒がせの年末年始でしたがどうにか「お帰りできますよ」の診断が出て、退院してまいりました。寝不足極まって腹も減って、それよりも点滴させられまくりで風呂に入れなかったので、まずは浴槽に沈みましたよ。元日恒例の裏山の神社への初詣と、菩提寺への年始は、雫さんと娘らが代参してくれました。神社も高齢化と人手不足で、初詣の祈祷は深夜は行わず朝6時からに短縮したらしく、近所の氏子さんが教えてくれていたので事なきを得たとか。

しかし今年に限って大事な場面に(いやもう来年も代参してほしいくらいめんどくさいのよ)当主がこないという事態に、「何事か」と、どこへ行っても心配されたとか。あー・・・これもまためんどくせー釈明を迫られるよあとで。悪事じゃないけど音速で拡散するから田舎の情報伝達は(まあ自らブログでばらしてるんですが)。娘らはそれぞれ正月から出勤のスケジュールをやりくりして、家族全員が団欒できるよう退院を待ってくれていました。感謝の年初め。

20年目の斗折蛇行

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唐代の文学者であり高級官僚であった柳宗元(りゅう そうげん)が綴った「斗折蛇行」という言葉は、北斗七星のような折れ曲がる星座の配置と、蛇の進むが如くうねりを、道や川の続く様として表しています。この言葉と関わるわけではありませんが、彼もまた優秀な役人であったのに、上層部の政変で左遷の憂き目にあった男でした。

人は大なり小なり紆余曲折な暮らしを続けていますが、そのことはさておきうちのスズキエスクードTD61Wは、乗っている自分が言うのもなんですが、これほどこの言葉が似合うエスクードを他に見ない道のりを走り続けています。海外に持ち出された古い個体には、おそらくうちのエスクード並みの積算走行距離を刻んでいる物があるかもしれませんが、少なくとも日本という国内において、あと約50000キロでオドメータがリセットされるような(リセットされるかどうかスズキもわからないと言っているという)個体は無いと思います。

この個体は90000キロ直前で下取りに出された1台でしたが、二人目のユーザーとの出逢いは20年前のことです。これまた自分で言うのかの話ですが「厄介な奴に見つかっちゃったよね」の始まりが、2005年の夏のこと。そこから文字通り「とせつ・だこう」の日々が繰り広げられています。走ったし壊したし壊れたしで、見てくれ以上に満身創痍です。「斗折蛇行」と言いながらも、走らせる意志と走る力が微塵もぶれていないことだけ、この個体の見どころです。

まだまだ行先は各地に折れ曲がって所在し、そこへたどり着く道のりも未踏でうねうねと曲がっているのですが、今年も淡々と走り続けるのみです。

 

遅くなりましたが報告しますと、12月30日夜、急な鳩尾の痛みと嘔吐で倒れまして、県立総合病院に電話をしたら救急外来が混雑しているけれど、来るだけ来てみなさいと。雫さんに運転してもらって駆け込んでみると電話のときのピークは過ぎたのかもともと混雑していなかったのか、すんなり診察に回されました。

ここら辺の経過はほとんど覚えていませんが、あとから情報を加えると、触診とか心電図とかCTスキャンでわかったのが胆石。しかも胆道と胆嚢の接点に確認されステンドを入れて胆道確保の必要アリと。しかし場所が悪く胆嚢を傷つける恐れが出ていてそれやっちゃうと最悪重篤化と脅されたようですが、朦朧としていたのでそのまま内視鏡処置へ。

この頃すでに意識はありません。内視鏡は口から入れられたようで(マウスピース咥えていた)すがあれが体内を蛇行した感覚が無い。←干支的な表現できたよ

この一連のフェイズ進行の最中、胆石は発見場所から砕けて落ちてしまったらしく、ステンド処置も必要なく内視鏡自体も短時間で抜き取られ。朦朧としたまま病室までストレッチャー搬送され点滴の管につながれておりました。

年越しのさ中にお騒がせして申し訳ありません。膵臓も弱ってるってことで診察は続いております。

Gott nytt år 2025

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ゆく年くる年の準備は出来た

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つくばーど基地の縁側は、サッシュを閉じてブラインドを降ろしておくと、日中せいぜい5℃くらいにしかなりません。居間は障子で遮られているのでそこまで冷えませんが、夜は暖房が必要です。その園側は季節限定連増このようなもので、足の速い温州みかんの水分をゆっくりと抜いて甘みを増すのに最適です。不作説と豊作説が入り混じることしの津久井浜のみかんは、保存と食べるタイミング次第でうまさを引き出せるけれど、我が家では豊作の太鼓判を押しております。

何事もない平穏な年なんてありゃしないものです。後悔しようとも昨日になってしまった時間はどうすることもできないので、大晦日において全部うっちゃる気持ちに切り替え、2025年に備えます。炬燵で食うみかんは最高。で、待ちきれずここまでにかなりの量を食ってしまったのが後悔。まあ旬の頃は旬のときで、時期を逃さず食わねばならない使命感があるのでした。残りの少しは、今日ようやく帰省してくる霙のためにとっておかねばなりません。

我が家の敷地も氷点下で明け方となる季節になりました。あれだけ暑かったのにさらっと過ごしやすい秋が走り去って、年末らしい寒さの年越しとなります。幸いにも新型コロナやインフルエンザに見舞われることなく大晦日を迎えますが、宵越しの金をもたない、というよりそもそも持っていないので一番寒いのは自分自身の懐なのでした。皆様も健やかに新年をお迎えください。ことしもお世話になりました、来年もよろしくお願い申し上げます。

と言って閉めようと思ったんですが、冬の間、霙がフィガロと交換して乗っているぷらすBLUEの積算走行距離が333333キロとなりました。五桁時代のカウンターなので上一桁が足りませんが、三度ゼロカウントにリセットされています。これは28日の夕方に撮られたもので、彼女はまだ仕事日で帰省しておりません。今夜帰ってくる予定ですから僕はこの並びを直に見ることはできません。幌エスクももうすっかり元を取ったねえ。てことで良いお年を!

・・・・あれ?

CTがなんだって? 心電図かなんだって? 内視鏡が・・・などなどいろいろ目の周りにちらつていましたが意識が朦朧・・・

どうも30日の夜に倒れたようです。

好事門を出ず悪事も千里を行かず

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「好事門を出でず、悪事千里を行く」というのは、「善い行いは世の中には伝わらず、悪事は千里を走って世間に広がる」ことを意味しています。千里というからには、悪事は日本列島の南北も東西も瞬く間に駆け抜けるということになりますが、この言葉はもともと中国のものです。何日かかって千里を行くのかは知りませんけど、約4000キロという数字に置き換えると、おおむねBLUEらすかるの一か月あたりの走行距離に迫っています。

悪事はあっという間に世間に知れ渡るから、行うもんじゃないぞ。というありがたいお言葉は胸に刻むとして、一か月に千里を超えて走り、自分で言うのもなんですが驚異的な積算走行距離に至る逸話は、どちらかと言えば「全然世間に知れ渡っていねーよ」の側です。まあ誰の得にもならないしね。写真はラックを載せていないので2008年かそれ以前の風景です。その頃はまだ20万キロ台でした。

それでふと気がつけば、ことしは28日ではなく本日で仕事納めになっていました。土曜日まで仕事の残る人、それ以降の年末年始も業務に追われる人、ごめんなさいで、僕の今年の仕事は27日締めとなります。走るも走ったり約50000キロの2024年でした。

ところで、僕は別に有言実行の男なんかじゃありませんが、BLUEらすかるの積算走行距離は25日早朝、950000キロに達しました。激務でもあったけれど、それが功を奏して年内にここまでと考えていた目的は果たせました。でもまだ残り約1年で50000キロ弱を走らせなくてはなりません。行けるか未知の道のり。この際大悪党でもなんでもいいですわ。千里なんかじゃお話になりませんから。と、ほざいていたら「明日から大掃除やりますよっ」の天の声がかかりました。

この後しばらくして入ってきた、前スズキ会長・鈴木修さんの訃報。本田宗一郎さんのときにも思いましたが大きな柱が失われたような。それにしても誕生日まであとわずかの御年94、うちのエスクードが95万キロに抜け出た日に亡くなられるとは何かの因縁でしょうか。清濁併吞でいい話も悪い話も聞かされた人でしたが、この人がいたからこそスズキはエスクードを産み落とした(でもジムニーの生みの親ですが)。ご冥福をお祈りいたします。

イヴイヴ

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どのみち敬虔にクリスマスを過ごすわけじゃないので、関連にもならない話題で前倒しするのは、24日のブログが「マイティジャックを取り戻せ!」の掲載日とぶつかってしまうからです。

だったら25日でもいいじゃねーかと気がついてはいます。その辺がまあ敬虔じゃない杜撰さなんです。

その「マイティジャックの非合法勝手に書いてる物語」は、いよいよ宇宙で悪の組織Qが強奪した某国の衛星と戦い、東京湾上空に帰還していく予定で、ここに和邇さんが設定した「ニセMJ号」が出てくるんだけれど、どうやって一騎打ちするのか書いては消し消しては書き直してまた消しているという、はっきり言うと行き詰まり状態。強さがインフレしてしまうくらいMJ号二番艦をパワーアップさせてしまいましたから負けるわけないんです。

ただ、そこはマイティジャックの世界ですから艦首波動砲みたいな必殺武器はご法度で、といってMJ号が元から持っている超音波レーザーなんてわけのわからん武器も使いたくない。でも空中でのミサイル戦なんてつまんないですよね。和邇さんに教えてもらったМJ号の設定に、「ビッグM」という艦首格納の巨大ミサイルがあるんだそうです。これを扱う決めどころがあるのかないのか、この期に及んで迷うわけです。

書き忘れてたので書き足します。「ビッグM」というのはもちろん「ビッグマック」のことじゃありません。そこで思い出したのが、マクドナルドがビッグマックを産み出したのが1968年で、マイティジャックの放映の年でした。ということは、ネーミングに関しては成田亨さんの方が、設定考察上早かったのではないかと想像できます。まあMであってマックじゃないんですが。

あっ、Qの暗躍の「今回に限っての理屈」が丸々抜けている! わざわざにせMJ号繰り出してくるんだから何かありますよねえ。←書いてるの誰だよ

 

 

冬至に何を食うべきか←まあオチは大きなお世話

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冬至の日に「にんじんとかだいこんとか『ん』がつく食べ物を食べると運気が上がるよ」と言われましたが、「豚肉、こんにゃく、たまねぎ、さといも・ごぼうなどもいいよ」とも付け加えられ、そりゃなんでもありじゃんと懐疑的な僕。「、がつけばいいんだな?」などと半分反発して、食いに出かけましたよ「てどん」栄養価の高いかぼちゃだって入っているぜ。という大人げないことを冬至でもないのにやってました。冬至の今日、もう一回食いに行こうか。

てなわけで再び行ってきましたが、何も天丼でなくとも「」がつけばいいんだろう(すでに解釈がひん曲がってますが)ということとして、「エビん定食」です。その割にエビが目立たないんですが、一本目は既に食ってしまってまして、野菜天が揚げられて追加された二クール目の状態。ゆえにご飯も味噌汁も残り少なくなっています。しかし「」の付く野菜が全然ない。れんこん天でも追加すればよかったかもしれません。

たぶん偶然、だけど必然

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BLUEらすかるΩに付いていたナビゲーションは「ストラーダ」だったのですが、いささか古くなっていたので地図情報の更新を・・・しないで同一メーカーの「ゴリラ」に換装してしまいました。めんどくさがりにもほどがある。けれどもストラーダの取り付け台座がそのまま流用できるというのは便利です。偶然にもこの取り付け作業を行った12月15日は松下電器産業が創業(正確には改称)され誕生した日だそうで、パナソニック以前のこの年まわりはうちの親父と同い年でした。

こんなの公式記録にゃ残って無いよ

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そう言えば2015年にこんなことを書いていました。

当時は天狗も荒ぶる者たちだったそうで、供物を奪いに来る住民を実力行使で蹴散らした(らしい←あくまでも、らしい)とか、神社に上がる急傾斜の石段の上から、松明を投げ落とした(らしい←以下同文)とか、天狗が水垢離に使う手桶の水浴びせかけたとか(らしい←だってそう言うんだもん)、そりゃ中止させられるわなあという逸話が残されています。←ここまで再掲

昭和二十年代後半のお話です。その頃は女人禁制という神域扱いがまだいくらか残っていて、天狗に扮する若者たちは俗世とのかかわりを断ち切る意味合いから、悪態祭りの前夜に別頭の家に集って水垢離をしたのち、白装束に着替えて男衆だけで供物を用意し、祭りの神聖さを継承するわけですが・・・

「そんな迷信信じられるかよって勢いで、町で女の子を拝み倒して髪の毛もらって懐に忍ばせて、ほんとに罰が当たるかどうか試した」

もう天寿も全うしてしまったしいい加減時効も成立しているので、後に僕の親父が語った逸話を暴露してしまいます。つまり、上記において「らしい」というのはそれこそ方便で、親父が参加した年の悪態祭りは大荒れに荒れた稀代の年まわりだったようです。

この急傾斜の石段で真夜中、松明を投げ落としてひるませ、あまつさえ青竹で殴りつけたというのだから、よくもまあ事件に発展しなかったと思います(実際には警察が入ったようですが)。それでも親父が少年だった頃の話の方が、なるほど奇祭らしいかなあと感じるのです。でも、迂闊に日本三大奇祭のひとつと書く人はお気を付けください。その三大奇祭に、愛宕山の悪態祭りは異説にすらカウントされていません。12月の第三日曜、ことしも悪態祭りが催されます。

くまあなにこもるかと思えばそうでもない

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先日のこと。ある町の図書館にて、和田慎二さんの「クマさんの四季」を見つけました。本そのものは僕も所有しているのでここで借りるということはしませんでしたが、所蔵するところには所蔵されているものなんだなと、気持ちが踊る年末です。このマンガは生前の和田さんが「役目を終えたものだから版替えして復刻させる気はない」と語り、そのまま絶版になった経緯があります。だけどこうして図書館で借り手を待つこの一冊は、まだまだ役目の途中です。

いま、大雪の二節目にあたる「熊蟄穴」の時期を迎えて、人里に危害をもたらす事例の多くなった熊も冬眠に向かう頃ですが、温暖化して穴籠りしない個体も出てくるようになるのか。そもそもなんだって熊のような猛獣がアイドル化されていったのか(かの国の大統領が由来になる?)、考えてしまいそうになりながら本棚に戻すのでした。

借り手はここ何年も現れていませんでした。棚卸の対象にならなければいいけれど・・・