何しろ日頃から通過したり右左折したりしていたのに、今まで気が付かなかったほど、どうってことのない交差点です。
ところが!
なにげに地図上で見ていたら、この交差点は茨城県道・栃木県道51号線と、茨城県道61号線が交会していたのです。
51と61ですよ、直4‐2000(TA/D51W)とV6‐2500(TD61W)のエスクードにお乗りの皆さん! 交会点というと、緯度経度のクロスポイントを言うのが一般的かもしれませんが、これはこれで、いいじゃんよね。
何にのみ込まれるのかさっぱり思いつきませんが(つかないのかよ)、なんかこう、日本にいないみたいな気になってしまいました。
先月、スコープドッグを見物した帰り道の話です。このときあんな間抜けな写真を撮っているとは気づいてもいなかったのだ。
茅ヶ崎まで仕事に出て、ここから首都高に戻るのは厭だし圏央道を大回りするのもめんどくさいしで、鎌倉か逗子から山越えして横横と湾岸線で帰ろうと、国道134号に乗ったわけです。
すると前方から「各務原さくらさんのラシーン」が来るではありませんか。
と見間違いかけたけれど、グリルまわりのカスタム化が異なっていました。
すれ違いでなくコンビニの駐車場あたりで遭遇していたら、声かけちゃったかもしれないと思うとなかなか恐ろしい(各務原さくらさん実在しないし)。などと独り馬鹿をやりながら、暑かったので沿道のコンビニに立ち寄り緑茶の950ミリリットルボトルを買って出てきたら、知らないおじさんに声をかけられたのです。
ナンバー見てないのか? だいたいが乗ってる人間がどこからどう見たって別人じゃん!
知らないおじさん、JA11にお乗りでした。読者かどうかはともかく(でもスーパースージーには二階堂さんのエスクードなんかほとんど出てこない)、ブログの「路外機動帖」は閲覧しているのでしょう。
和邇さんが以前、都内で僕に間違えられた時の気持ちというのが、よくわかった気がします。えーえー、こんな車で(SSC出版とワイルドグースのある)厚木の近所から海岸線なんか走ってる僕が悪いんですよ(涙)
実はあまりうまくなかった、などと書いていいとも思えないんですが、福井県で永平寺産廃のあと遅い朝飯(11時すぎ)を勝山市内の道の駅で食ったのです。
もう興味本位です。らぷとる、と平仮名使っているところがポイント高いし、このアイデアは面白いじゃないですか。これに食いつくなら、ヴェロキラプトルが肉食だったというのだから、「若狭牛メンチ勝」でしょう!
しかし、自分の歳を再考すべきで、コロッケあたりにしておくべきだったのです。かなり脂っこいメンチカツは、遅い時間とは言っても朝飯に食うもんじゃありません。うん、きっと、らぷとるバーガーに罪はありません。こちらの選択ミスです。
でも言いたい。これメンチカツじゃなくて、仮にも若狭牛つかってるなら素直に焼肉にした方が絶対にいいと思うぞ。
「午後には売り切れてしまうので、あらかじめ取り置きしてもらうと良いです」
とのことだったのですがうっかりそれを忘れて昼飯食って博物館を訪ねて時計を見たら14時を過ぎていました。今考えると博物館を後にすべきでしたがとりあえず近所同士なので行ってみると・・・
おぉ、ショーケースには様々な味のどらやきがぎっしりあるではありませんか。店内の喫茶コーナーにもお客はいません。
なんだよ乙ちゃん、おどかすなよーと、娘らの好きそうな種類を買い求め、お茶を飲んでいると、1人、2人とお客さんが来店して、これが三組、五組と続々増えていき、「生どら10個」とか「抹茶小豆どらとチョコどら5個ずつ」とか、突如すごい勢いで売れていくのです。
買い物して喫茶コーナーに席を取ってから、せいぜい7~8分のできごとです。かくしてうちのどらやきとコーヒー代を支払いにレジに行った(あまりの混雑にしばらく席を立てなかった)ときには、ショーケース内のどら焼きはほぼ完売状態でした。乙ちゃん、大変失礼いたしました。無事に購入できたのは慶事でした。
※この記事は25日の掲載予定でしたが、例のミニカーの件が生じ先延ばしとなりました。
念のために調べてみましたが、鎌倉市内にそのような病院は無さそうです。噂によると、心霊内科というセクションがあるとの話ですけど、鎌倉の警察署には心霊捜査科なんてものがあるくらいですから、いちいち驚いてはいけないようです。
それはともかく、1936年頃の竣工だとかで、豪奢な大理石仕上げ。床のモザイクタイルの模様がしゃれています。
ここから見上げた天井は遥か高いところにあって、建物全部の層を吹き抜けた空間と、ステンドグラスの明かり取りが特徴。階段の手すりには貝の化石が浮き出ていました。
戦争を経験しているこの建物には、アメリカ軍の戦闘機によって機銃掃射された弾痕も多数残っています。
吹き抜け近くの高さからのぞき込むと、床のモザイクタイルの模様がよくわかりますが、あれっ? なんだか・・・一階を歩いていたときとこの見降ろしは、景色が違うんじゃないか? と思った方々は、その観察力が正しいのです。
何が違うのかは説明をしませんが、これは「DESTINY 鎌倉ものがたり」の一場面です。
この場面は病室のドラマもあり、それは笠間市の「筑波海軍航空隊記念館」がロケに使われていたことが有名なのですが、あの建物にはこんなに高い吹き抜けは存在しないし、そもそも建物自体がこんなんじゃなかったよと、ずっと感じていたわけですが。
先日、仕事で出かけて駐車場所から建物を見て「・・・あ」
千葉大の医学部本館こそが、鎌倉中央病院の姿だったことを知りました。当時の文部省が直接設計を手掛け、同省の佇まいと同じような仕上げにしてあるそうです。ここに700人からの学生や教員がいるのですが、近所に新しい建物ができるので、耐震基準を一部で満たしていない本館はいずれ解体されてしまうとか。
それも運命ですが、いざなわれた僕もDESTINYなひとときでした。
三代目エスクードが登場した頃のカタログには、青森ベイブリッジを渡る後ろ姿(合成)がグラビアとなっていました。リンク先の写真は実景なので三代目はいませんが、それが青森市を扱っていたことに新鮮さを感じました。四代目は北海道まで行ってます。けどそれは今回割愛。
割愛しちゃってまでなぜバンディッド?と思われましょうが、これが本題。
またしても合成てすが、このルーバーのような赤い壁もまた、青森市と思われます。青森港に対してベイブリッジの内側にある「青森市文化観光ねぶたの家ワ・ラッセ」の外壁ではないかと。実際には歩道なので乗り入れられませんが、暖簾をくぐるようなイメージのこの壁は金属です。ここで写真撮りたくなるんですよ。
僕が撮ったのは10年前。妙に気が合っちゃいましたが、あれですかね、スズキが発注する広告代理店のどなたかに、青森県出身のキーマンでもいらっしゃる?