前編の展開
花塚山とは、おおむね福島県川俣町に位置する約900mの同町最高峰のことで、僕がその存在を知ったのが仙台転勤直前のこと。宮城県丸森町にある瑞雲寺というお寺の副住職さんが手掛けたホームページ内の巨石探訪コンテンツにたどり着いたところに始まります。
2010年12月の話で、翌月転勤となり、これまた偶然、2011年1月末、NHK仙台放送局がたまたま再放送したドキュメンタリーを見て、富士山遠望北限を知るに至ります。
松本さんもこの番組のキーパーソンとして登場しており、この当時北限からの富士山撮影がいつ実現するかで、地元は沸き立っていたのだそうです。
が、3月11日が巡ってきます。山を越えれば浜通りという位置関係から、放射性物質の影響で登山どころではなくなり、花塚山はこのまま封印されてしまうのかもしれないと感じながらも、このころはそれこそ自分の日常もそれどころではなくなりました。
しかし、さらに翌年、縁があって川俣町の町長さんと対話することができ、それからの花塚山について復旧途上の話を得るのです。それを綴ったのが、そこから富士は見えるのかの一部内容。この記事がどういうわけか、コメントも入らないのに未だに検索ヒットされるけっこう上位で、北限遠望を関心事とする人は多いのだなと、その後の花塚山界隈として昨年、にぎわう夏へを書きましたが、まあこれも誰もコメントなんか書いてくれませんでした。
この間、僕の知る限りでは花塚山からの撮影成功というニュースはありません。それでもヒット数を増やし続ける花塚山(すでに情報として古すぎです)に、これ如何にかした方がいいのか? という切迫感も手伝い、思い切って松本さんをお訪ねしたのです。
「震災の2年後から登山撮影を再開しました。生態系が随分変わり、イノシシなどとの遭遇危険がありますから、注意を怠ってはならない」
そう説明しながら松本さんが話してくださったことは、結論から言えば公式に認定される決定的な撮影は実現していないこと、それほどに気象条件に恵まれるチャンスが少ないこと、ここへ来てこの手の遠望研究ツールとして活用されていた三次元地図ソフトの最新バージョンでは花塚山から富士山は見えない?というデータしか得られなくなっていること(そりゃひどい話だなあ)などなど。
「気持ちで見えてしまった、は、いけないのです。しかし肉眼では確認のしようがないほど、富士山頂が手前の稜線から頭を出すのはほんのわずか。言うなれば親指の白い半月ほどもない」
上の図版は、松本さんがメモ書きしてくださった図に着色したもの(元のメモは前編の珈琲写真に添えてあります)。げげげ・・・というシビアなターゲットなのです。
「これはね、自己満足の世界なんですよ。公式に認められた私の写真はまだ無いのです。でも、これはきっとそうだろうというものはあるのです」
たいていの場合、白河の山並みの向こうにある、宇都宮あたりの稜線が、富士?と錯覚させるとか。それでも松本さんはあきらめていません。様々な研究と、試してみたい撮影を考えておられます。北限からのファインダーに富士山が現れる「その日」のために。