新月サンが泊まりで留守なので。
トリミング(ぉぃ)行って、帰ってきたらタープの保持具が破損してて買いに走ってと、バタバタな休日でした。
バタバタついでに、買い物行った先でつい見かけちゃったラッキョウ。
なんとなく、自分で漬けてみたいなーとか思っていたので殆んど衝動買い(笑)
やったこと無いので、漬け酢は市販品。
さて。無事食えるのか?!
(そんなモン食わされる新月サンが哀れとも言う・・・)
征くぞ目標500km
土曜日に赤福餅の話を入れてしまったので日延べになってしまいましたが、金曜日に秋田県の横手市まで走り、そこから荷物の搬送を頼まれ筑波研究学園都市まで一気に南下し、基地へ戻るというもうどうにでもして!なことをやっておりました。
仙台から横手までの道のりはおまけとしてね、残りの移動距離は500キロ。7時間以内にたどり着かねばならないけど、高速道路主体だからって大幅な速度違反はできません(それ以前にスピード出ないし)
ということは、何を削ればいいかの話で、自動的に晩飯か。てな判断を余儀なくされ、横手を出る前に街なかのパン屋に立ち寄り、パンとコーヒーを買い求め、途中の給油の際に小休止であとはもう走るばかりよ。
しかし湯沢からの国道での山越えはどうも朝から雨が激しく、秋田道を使っても同様の天候でペースを維持できない雰囲気。そうこうしているうちにラジオからはもうちょい北の方で洪水警戒の避難準備などとニュースが流れてくるしで、これはイチかバチかの国道13号そのまま南下を決めるしかなさそうでした。うまくいけば出羽山地と奥羽山脈が低気圧の雨雲をブロックしてくれるでしょうから。
13号沿いにはところどころ、東北中央道が開通しているのでそこそこのペースで行けそう。と思っていたら周囲のクルマが飛ばすとばす。いやそれ絶対にまずかろうという勢いで追い越していくのが「つくばナンバー」(はずかしー)。そんなに慌てずとも混雑もしてないだろうにと激しくぶっちぎられて、地元ナンバーの後ろにくっついて進んでいくと、案の定取り締まりに引っかかって路傍のクルマとなっている様子を横目で見ることに。
さほどの雨にも見舞われず栗子トンネルをくぐって東北道に乗り換え、安達太良SAで給油とトイレ休憩をしている間に夕暮れも過ぎて、さらに磐越道は真っ暗に。この区間は速度上限も落ちるので、ここでコーヒーのボトルを開け、パンをかじりながら、またまた地元ナンバーのうしろで定位置確保。ここまで来ると、だいたいの時間も読めるため、規定時間内につくばへ行けそうです。
横手のパン屋は店舗内に喫茶店も併設していて、コーヒー軽食も頼めるようでした。パンのイートインも可能なのでしょう。できることならそうしたかった。マカロニパンとナポリタンパンがなかなかうまいのです。これはいい店を見つけたぞと最後にハンバーガーをかじったら、異様に甘口のソースで意表を突かれ、そこだけ失敗と悟りました。調理パン主体のお店というのはめずらしい。でも聞けば一押しは生クリームとカスタードを練り込んだメロンパンだとか。それは、苦手だ・・・
ほまれの日
今は戒めによって「ほまれの」という冠を外してしまいましたが、赤福餅にはその昔、包装紙に「ほまれの赤福」と書き記す時代がありました。
誕生時には塩味であった餡が、サトウキビの生産によって黒砂糖を使えるようになったのが黎明期の赤福。これが明治44年、明治天皇の皇后が伊勢神宮参拝の折に赤福餅を所望することとなり、
「うーむ、この味でいいのか? 灰汁が強くないか?」
てなことで急きょ白砂糖仕様の特製品を作ってみたと。これが正解であの上品な味が完成し、好評を得られたので、注文を受けた5月19日を「ほまれの日」と定めたのだとか。
ストック製品の日付偽装で事件を起こしたことが冠を外させる原因となりましたが、確かに昔は伊勢まで行かないと購入できなかったモノが、ちょっと昔には当日賞味期限で上野駅で買って帰れるようになっていた。
今だと通販で購入できるくらい便利になった(配達要員の不足という新たな社会問題も出ていますが)ということは、品質管理も向上しているということでしょう。冠は無くなっても、ほまれはほまれだよなあと思いながら、事務所に沢山届いたやつを部下一同にも配布・・・したのはまあずっと前のことで、本日まで記事をとっておきました。内容の面白いか否かは別にしても、傷まないもんで。
埃だらけで艶消しと化してるのまちゃんを洗いました。
・・・連休中に新月サンが。
ずいぶん塗装が劣化してしまってアレなんですが・・・
それでも洗車の後はぴかぴか。
「雨降らないかなー」と、洗車する度新月サンが言うんですけど
実際に降ると霧雨だったりしてねぇ(笑)
新月サンがせっせとワックス掛けてる横で、サイドモールを数年ぶりに磨いてみました。うわわわー!結構綺麗になるっ(汗)
どれだけ汚れてたんだろか・・・
ダブルクリップと木工用ボンドで接着。
間に合わせで補修したから、繋ぎがあまい・・・
何度も言うけど、一般的にはこういう修繕って夫がやらんか?
そのうち網戸の張替えとかも私がやる羽目になりそうで怖い・・・
朝起きて、雨戸を開けようと和室に入ったら惨劇が待ってました。
我が家史上最大の被害だわよ、ある意味。
紙は何回も破られたけど、桟まで折れるとは・・・
原因こしらえたのはちびずだと思うんだけど、直接打撃を与えたのは新月サンのゴルフクラブです・・・。
多分、どっちかが立ち上がってゴルフバッグに体重かけたんだな。
ギリギリのとこでガラスに届かなかったのが不幸中の幸い。
これでガラスまで破壊されてたら、仕事休まなきゃならないわ。
また障子張りかー・・・
いくらなんでもこのままじゃねぇ(汗)
今回の片岡教授寄稿で知りえたもう一つのトピックに、チャック・ジョーダンとマルチェロ・ガンディーニの名前がありました。前者は80年代のGMにおいて手腕を振るった有名な副社長。初代エスクードに関する評価を高くとりあげ、北米市場へのGMブランド展開を後押しする立役者であったそうです。
後者については、ちょっと驚きました。ガンディーニといったらベルトーネのエグゼクティブなデザイナー。今さらここに作品列挙する必要もない有名人です。
実はハンス・ムートがデザインした初代レジントップのキャノピーの前に、これをガンディーニが手掛けていたのだそうです。それで思い出すのが、89年の東京モーターショーに展示された「エスクドーム」のキャノピー。あれは市販デザインとは異なっていました。知らぬ間にガンディーニの作品を目の当たりにしていたようです。
ということは、この時期から突如リリースされていったエスクード専用のキャリアシステムやグリルガードなどの「オートエキスポデザイン」も、ガンディーニがやっていたってことになります。
いやー・・・それってなんかすごいというか、エスクードごときがストラトスとかカウンタックとか(あ、列挙したよ)と細ぉい線でつながりましたよ。
どうすっかなー、キャリアシステムは譲ってしまったけれど、ガード類はまだ持ってるんだよなー・・・
固定概念ぶち壊されましたわ。
箱って底が水平じゃないの?!
商品の形状鑑みたらこうなったんだろうけど。
これ棚に並べるの面倒くさそう・・・
パッケージデザインしたデザイナーさんにお会いしたいもんだわ(笑)