Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

Team WESTWIN Warriors#150

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台風10号襲来の直前、ウエストウインにニューマシンの素体が届きました。島雄司監督によれば、

「いえね、TDAと同じくらい古くからやっている別の耐久レースに出たんですよ。それで中村隆君のコルトをぶっ壊してしまったので」

ということなんですが、

まあジムニー牙城のダートトライアルにエスクードで切り込んだチームですから、世間から見たらまともじゃない天邪鬼だと言われても仕方ないんですが・・・

これで走るんかい!(気分はもうすっかりWRC)

「レギュレーションがAT限定で1500ccまでなんですよ。残念ながらJ20A搭載じゃありません」

オートエアコンが付いているのがもう贅沢品です。距離もそんなに出ていなくて上品質。カーナビゲーションは外されてしまっており、川添哲朗君から「コースで迷うといかんので付けてくださいっ」という笑かしな要請も出ているそうです。

雪辱戦は10月25日。なんの雪辱かって? 監督、かなり腹に据えかねたことがあったらしいです。さてどうなることやら。

 

それはまた極論を言うなあ

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1台のクルマに多くなリスペクトを持つことは悪いことではないと思っています。そうでないと、初代のエスクードばかりに乗っている僕の立つ瀬がありませんし。しかし二階堂裕さん、思いきったことを言います。どこをどう切りつければ最新モデルが過去のモデルを超えられないのか。JB64とSJ30の比較論で、その決定打が「幌モデルが無い64」「オープン感覚味わえ乗り味も向上させた30」という部分なのは、無いものねだりのような気がします。

二階堂さんは海上自衛隊を辞してスズキに入社した人で、当時登場したSJ30を大いに気に入りスズキの門をたたいた。この二代目ジムニーの良さ、魅力を守るためなら、後に立ち上げられた次期ジムニー(おそらく乗用車化を視野に入れた構想だったと思われる)を第一回目の会議で蹴飛ばし、結果として次期ジムニーではなくエスクードを誕生させるに至っています。

だから初代エスクードのコンバーチブルは、SJ30FМの姿に通じるものがあります。二階堂さんとしてはこのFМよりも、センターピラーを持たない、フロントグラスを前方に倒せるFKに魅力を感じているのでしょう。

二階堂さんは本日発売のスーパースージー121号で、JB64では継承しきれなかった「本来のジムニーの様々な要素の復活」を求めているのですが、わかりやすいところとして「幌モデルが無い」というのは、開発陣に対していささか苦言の域が過ぎるなあ。そこだけ切り取っていいなら、ロクヨンはエスクードのゼロイチアールすら超えていないことになるんだけれど、僕がそれを言ったら炎上間違いないですね(図らずも言っちゃってるけど)

 

Team WESTWIN Warriors#149

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本ブログのヘッダー編集の際、古い写真ストックを点検していたら出てきたのですが、2008年秋の頃は、SIDEKICKさん、狼駄さん、コムロさんとも一つ乃至一つ以上前のエスクードに乗っていて、いま現役なのは左端の01R・ぷらすBLUEのみとなっています。ところで、センターにいるパジェロミニは、この頃川添哲朗くんが乗っていたナンバー付きダートトライアル専用車。は? なんでエスクード勢と彼のクルマが一緒に写っているんだ? の珍しい1枚です。

出自を説明すれば簡単な話で、エスクード勢は千葉市で開かれたレースを観戦に出かけ、川添君はそのダートアタックにウエストウインのドライバーとして、福岡からやってきたのです。

えっ? と思われるでしょうけれど、まだ二十代の川添くん、自走です。若いよなあ。自走で走ってきて、レースをこなして、また自走で帰っていったのです。監督の島雄司さんは、福岡から空路で先乗りして、狼駄さん宅で宴会しておりました(我々もですが)

ウエストウインのダートトライアルは、ここ10年をクローズアップしてきました。けれども、エスクードという括りを外せば、彼等若手はパジェロミニやエボリューションで走っており、この頃からエンジン自体はノーマル仕様で戦っておりました。後藤誠司くんはエボから番付を落としていますが、川添くんはパジェロミニを限界まで走り込ませ、初代エスクードを経由して現在の2代目エスクードに乗り継いでいきます。福岡・千葉往復なんて、クレバーなだけじゃないですね。

 

尚、あす6日に予定されていたTDAは、台風10号の影響により中止となりました。ついでと言っちゃなんですが、ウイリアムズ家、F1から撤退です。

縁起物!

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積算走行距離の六桁すべてが「7」なんてのは滅多に見られるものじゃありませんよ。これを記録するために、刻む日が日曜日(8月23日)に巡ってくるように走っておりました。

うーん・・・でもこのことは、地球と月を往復した距離というのを風化させてしまったということなんですよねえ。

と逡巡しながら書店に立ち寄ったら「宇宙兄弟」の38巻目が出ていました。

連載を読んでいないのでリアルタイムの展開は知りませんが、単行本では未だに月に取り残された南波六太たちの救助ミッションが序盤です。けれどもこの「帯」のコピーは、38巻目をねらって考えた月と地球の距離です。物語の彼らは近未来の人々で、2029年あたりと思われます。2020年の今、彼らが何をしているかというと、弟の日々人が JAXA宇宙飛行士選抜試験に昨年合格しています。

華麗なる時代

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これだけ切り取ったら「なんだこりゃ」なシーンですが、西部警察ほどの数ではないにせよ並み居るパトカーを従えて、僚機にFC携えて、エスクードのコンバーチブルが先頭を切って駆けつけるなんて、想像したこともありません。あーこれはこのあと攻撃されて全車木っ端微塵にされちゃうフラグ・・・かと心配もしましたが、とりあえずそういう展開にもなりません。89年7月に上映された、東映まんがまつりのプログラムに組まれていた「機動刑事ジバン」の場面です。

「機動刑事ジバン」は、おそらくスズキエスクードが劇中車として採用された初の番組で、初代モデルでまだ1型時代の提供車両。しかし「デビューの時代」にも書いたように、主人公が乗っていながら活躍しないとほほな扱い。たまに未舗装路を走っても採石場か畑のあぜ道程度の扱いで、壊したら何言われるかわからんぞという制作側の雰囲気が漂っていました。のちに「知りませんでした先輩」で後日談もありますが、まあ脇役に徹しています。

ジバン劇場版のシーンだって、全体から見たら他愛もないことは間違いないんですが、ここだけ見たら後年登場する「ゴジラvsメカゴジラ」の初代1型ハードトップに引けを取らない。もうこのあと田村直人刑事がジバンに変身してバイカンやレゾンに乗り換えてもいいですよ。だいたい提供したスズキもなんだつてコンバーチブルを出したのか、珍事としか思えないんですけど、なんとなく不遇のテレビ版を、劇場版が華麗に回収してくれています。

 

車検までもってくれよ・・・

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むー・・・
madcrowさんの「その台詞は肝心なところでマシンのエンジンがブローするフラグでは…。」
という予言が的中しちまいましたよ。
オイルパン直上のエンジンブロック接合部に封入されたパッキンが、そろそろ要監視段階に入ってきたようです。

前回の交換から6000キロ走ってしまってオイル交換した折、流出量としてはまだ1リットルも出ていないようなので、もう少し様子を見ます。どうせなら車検の際にエンジンを下ろしてオーバーホールまでやっちゃいたいし。

これ企画します

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その昔各社からリリースされた様々なサイズのエスクードのミニカーを、いかにもそれっぽく撮影して展覧会にする。

という企画を立てます。

エスクードやビターラならば初代から現行モデルまで世代は問いませんし、プラモデルでも可です。所有していない人には済みませんな企画でごめんなさいです。

9月いっぱい、エントリーを受け付け、10月につくばーどサイトでウェブ展覧会を設営します。簡単なコメントと共に写真をお送りください。屋外に持ち出してもよし、室内にホリゾントやジオラマを作っても良し(いやさすがにラジオラマはないか)。画像ファイルのサイズは横フレーム固定・横660ピクセルで天地はトリミングしてもかまいません。ミニカーのスケール感を払しょくし、実際の車体サイズに見せるところがポイントになると思われます。

送り先は雷蔵まで。果敢な参加をお待ちしております。

 

でもって注意事項です

 

この時期、屋外撮影はミニカーのタイヤを地表の熱などで溶かしてしまう恐れがあります。炎天下の撮影は熱中症の危険もありますので、対コロナ装備も必要ですが、暑さと熱には十分お気を付けください。

また、ローアングル撮影は効果的ですが、地表は輻射熱も手伝い50℃以上に熱くなっており、ミニカー以上に自分自身がやけどを負います。寝そべって撮るのはリスクを伴い、周囲から奇異の視線も受けますのでご注意を。

在宅勤務してるなあ

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実際に撮影したのは6日の夕方、給油しに出かけて必要な買い物と必要でない買い物をして基地へ戻ったときのものです。

775577kmを刻んだのが7月25日ですから、平均すると1日100キロしか走ってない。「経済的ですわー」と言ったら、同じペースで通勤している霙からは「そんなことはありませんっ」と言われてしまいました。

でも暑いのってこれからだよね

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暦と実際の季節はどうにも摺合せしにくいです

 

でもってウェブの方は三人展に拡充

 

さらに「生兵法は怪我の元」にsuuuさんが参戦

Team WESTWIN Warriors#148

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「後藤さんが乗っていたエスクード、僕がもらっちゃってもいいですか」

島雄司監督に、梅津知浩くんがそう言ったそうです。いずれそうなるだろうというビジョンは出来上がっていますが、今はまだその時ではない。彼は今、1600のエスクードを自在に操るためのステップにいますから。

ところがその梅津くん、僕にこう言うのです。

「(だから)普段使いのできる街乗り用のエスクードが欲しいんですよ」

後藤誠司くんのエスクードも梅津くんのエスクードも、ナンバーを取れる状態ではありません。梅津くんが島さんに言った言葉は、レースにおいて。僕に言った言葉は、レースに勝つために片時も離れずエスクードを走らせたいという野心、です。

「私はとても不思議な感慨に浸っていますよ。後藤君が子育てのために戦線を離れて夫婦でむつまじくやっているなか、うちの店で何が起きているかというと、TDAのことを知ってくれた若い人たちが、後藤君のエスクードを見学に来る事象が増えているんです」

TA51Wは、半ば伝説のエスクードになり始めているそうです。後藤君の走った10年近くの戦績は、伊達ではないということですが、事実上そのエンジンが休眠してしばらく経っています。にもかかわらず、見学に来る人がいるとは。

「そこへ来てチヒロの言い分が、あれで走ってみたい。ですから、あらためて後藤君の刻んだものの大きさを噛み締めますし、チヒロや見学者の感じていることも胸熱ですよ」

梅津くんは今、雑誌やインターネットを駆使して、この世代のエスクードの情報をかき集め、むさぼるように読み解いているそうです。その途上、エスクードの構造や走りに関して詳しい人と仲良くなれたというので「そりゃよかったね」と思ったら、その人ってTA01Wさんだったという「さもありなん」な逸話もついてきました。

梅津くんが後藤くんや川添哲朗くんの域にたどり着くまで、ざっくり10年と見積もったとして、それでもその頃の彼はまだ20代。これが何よりも強い武器です。エスクードなんて初代モデルは「40年前のクルマ」になってしまうのです。今の時点でだって、10代の若者が30年前の・・・51Wは20年ちょっとですけど、そんな骨董レベルのクルマに強い執念を抱いていることは、確かに感慨深いことです。

川添くん曰く

「ごっちゃんの子育てが落ち着いて、『とーちゃんの背中』を見せたくなるまで、あと2年か3年ってところじゃないでしょうか」

そのちょと先のある日、梅津くんがどれだけ力をつけて、後藤くんとマッチレースの一つも繰り広げることになれば、楽しみは前倒しです。勝敗はさておき、そうやって梅津くんがウエストウインの後押し役を背負っていく日は、いつか必ずやってくるはずです。