秋が始まるんで、暑いのはみんな積み残した夏なんでしょう。
つい親父ギャグな表題にしてしまいましたが、「カルカッタ」という名の料理は存在しません。木更津市にある「れすとらんさぼーる」で出てくる、ドライカレーにカレールーをのせた料理が、この店の名付でそう呼ばれています。
偶然に立ち寄り巡り会ってしまった献立表の謎の「カルカッタ」は、僕が知らなかっただけで有名な一品のようです。
一合ちょっとのドライカレーにルーをのせたスタンダードから、とんかつ、チキンカツ、ハンバーグ、エビフライのいずれかをトッピングしたバリエーション展開。量的に食ったら汗だくになりますが、米の炊き込みにずいぶん水けを残した感じでドライという風味ではなかった。「コルタカは昔はイギリス領インド帝国の首都でした。そこに敬意を表してインドの雰囲気を名前としたんです」というのがお店の説明でした。評判ほどに辛くはなかった・・・
「雷蔵さん♪、ゆるキャン△という映画にジムニー出ているの知ってる?」
というメール着信のとき、僕はけっこう長い交互通行待ち時間の最中でした。そんなメールを送ってくるのは、例のあの人です。うるせーよ、ジムニーってところが安直なんだい。と思ったけど返信はせずに国道300を下っていくのでした。ゆるキャン△といえば、各務原なでしこが南部町から本栖湖まで自転車で来ていたけど、その距離とこの標高差、化け物だね。
本栖湖は鳴沢村だけではなく、西側湖畔は身延町なんですね。身延町に関する知識はその程度で、久遠寺と富士川くらいしか頭の中に刻まれていませんでした。あのマンガとドラマとアニメの中の身延の町には独自世界観と設定があるので、あれこれ言うのも野暮な話ですが、なでしこの脚力に驚いていた志摩リンにしても、スクーターに乗る以前の本栖湖ソロキャンプは自力だったら自転車だっただろうから、やっぱりただ者じゃない気がします。甲州いろは坂とはよく言ったものだわ。
僕は知らなかったのですが、身延町にはそこを舞台とした別の物語がありました。町が観光PRを兼ねて作った「みのラブ」という3篇のショートストーリー。地元の人々がそのなりわいを通して身延を紹介する「じもラブ」というのもあります。中部横断道ができて、国道300側にもバイパストンネルが作られていて、昔よりも孤立感が薄められている身延町は、想像以上に地産地消の資源に恵まれているなあと感じます。「みのラブ」はその片鱗を上手に見せてくれます。
夏至を取り入れていた日本の旧暦だと田植えの終盤で、半夏生の頃までそれどころじゃなかったようですが、古代のスラブ民族には夏至の風習にイワン・クパーラと呼ばれる土着のお祭りがあります。水と火が交わる日と伝えられ、河原で焚き火をしながら集団で水につかり、女性たちは花占いのために作った花冠を川に投げ入れ、皆で焚火を飛び越えるといった行事が、ロシアやベラルーシ、ポーランド、ウクライナの人々によって行われていたそうです。今はそれどころじゃないけど。
しかしよくよく観察すると、このイワン・クパーラという言葉はキリスト教文化の混じったもので、イワンはヨハネのことを示しています。クパーラは洗礼を意味していて、土着の信仰にキリスト教が溶け込んだことがわかります。そのため、聖ヨハネ祭に引っ張られてイワン・クパーラ自体も夏至から開催が洗礼者ヨハネの誕生日(6月24日)にずれているとか。ムソルグスキーの禿山の一夜のチェルノボーグも23日頃の活動。案外、合理的にやっちゃうんだなあ。