Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

満足は努力の中にあって、結果にあるものではない

満足は努力の中にあって、結果にあるものではない はコメントを受け付けていません

「そんな偉い人の言葉を頼っていないで手伝ってくださいっ」

「他人に変わって欲しければ、自ら率先して変化の原動力となるべきだ」

「いまに見てろーっ」

 

来る日も来る日も基地の営繕に明け暮れていたところへ、物書きの師匠から苺の収穫が終わったから好きなだけとりに来いという連絡があり、最後の最後で大型連休レジャーらしいひととき。

などと言っても、働き者なのは霙で、僕は師匠と縁側で民俗学談義だったんですけどね。

しかし働かざる者への仕打ちは巡ってきます。妻と霙は苺の一部を近所におすそ分けしながら買い物に出かけるということで、我が家分の食卓に出すロット、冷凍庫で保管するロット、ジャムに仕立てるロットの仕分けとジャムづくりを命じられましたよ。とろ火で煮込みながらアク取りを幾度も繰り返し、砂糖を入れすぎてはならぬとかレモン汁の分量次第で透明度が決まるとか、いちいちうるせーよという指示を仰せつかり数時間。

下地づくりの時点で果肉をすりつぶしすぎたような気もするけれど、まあまあの量ができまして。

それじゃあ昼飯にと思ったらば、食パンが無い(笑) 台所を物色したけれど、週末関東人手土産の浜松産うなぎサブレと、いわさきさんが買ってきてくれたすあましかない。サブレにはすでにチョコレートがコーティングされているので、ジャムで食えそうなものは・・・すあま。

上等じゃねーか、食ってやるぜ「すあまの苺ジャムのせ」

 

精神性の最大の要素は「恐れない心」である。

 

ぼけぼけ~

2 Comments »

頭が働かない(いつもか・・・)

何をするでもなく、連休は終了。
新月サンはゴルフ行ったりお客さんのトコで現場仕事が入ったりして働いておりましたが・・・
「部屋の片付けしないとなー」とか休み前には思っていたのに、天気が悪かったり・・・良ければ良いで洗濯やら掃除やらで手を付けられず・・・積み上がったコミックスが雪崩おこしそうです(汗)

外のジャスミンは毎日地味ーに花を咲かせてて、只今八分から九分咲くらい。
ご近所様に迷惑な程の芳香をぶっぱなしております。

来る日も来る日も

来る日も来る日も はコメントを受け付けていません

基地の手入れの日々でした。

前半は仙台から持ち帰った物資で埋まってしまった廊下の片付け。後半は草刈りと車庫を占拠しているガラクタの数々を処分。5年ぶりに車庫内に2台を並べて駐車できるまでに戻しましたが、まだ奥に全体の3分の1ほどの物資が積み上げられており、ぷらすBLUEとJB23でないと収まりません。ぷらすBLUE後方の、猪どもが崩しまくった土手も掘削し直さないと、右側に車庫入れするのは大変です。

といって全く外出しなかったわけではなく、街にも繰り出しました。

手入れ道具のいくつかが劣化し使い物にならなかったり、必要になり新たに買い出したりのお出かけ(後楽じゃないのよ)。20袋ほど購入した可燃物指定ごみ袋などは使い果たしましたよ。竹箒の選定については

「直感だ。これは飛びそうというのを選ぶのだ」←まちがってる

基地周辺は天候にも恵まれたので、この機に庭先テーブルの防腐処理も行いました。これは大学でデザインとか美術をやっている霙の手さばきに期待ですが、作業用ツナギが学校だと言われ、僕のダンガリーを1枚供出させられました。

なんか後ろの方にうちのじゃない二代目エスクードが停まっていますが、まあ皆まで言うなの風景(笑)。残りの作業、また週末ごとに消化だねえ。

連中だな、仕掛けたのは

連中だな、仕掛けたのは はコメントを受け付けていません

「まったく。ガンダムのこんな姿は見たくもない」

連休中、つくばーど基地に遊びに来たいわさきさんが渋谷で見つけて買ってきてくれたエメラルドマウンテンは、発売二十五周年を記念して放送四十周年となる機動戦士ガンダムとコラボレーション企画を立てたのだそうですが、世界に2台あるらしいこの自販機は、なんだか企画サイトを見る限りでは渋谷では5日までだったの?

「こいつ、動くぞ?」

などと言っていいのかどうかは今日以降も渋谷にあるのか何処かへ場所を変えるのかの確認ができないといけないんですが、これほど膨大な数のデザイン缶、連休期間くらいで買いきれないし・・・

というわけで、お土産にいただいたのはデニム曹長と量産型ザクでした。

 

ウルトラの父になる ←タロウが

ウルトラの父になる ←タロウが はコメントを受け付けていません

するとウルトラの父は爺に、ウルトラの母は・・・などと余計なことを考えてしまいました。セブンとゼロのときにも呆れたんですが、ついにウルトラマンタロウもとーちゃんになってしまう三匹目、いやベリアルとジードがあるから四匹目の鰌企画。と思ったらティガにもそういうのがあったような・・・

ウルトラマンタイガ

一目瞭然、中央がそのタイガなんですが、じゃあ両サイド誰よ? と、それはリンク参照。歴代のウルトラマンにもほぼ、他のウルトラマンが客演し群像化してはいましたが、令和のウルトラは平成で進化させた一人三体の在り方を変えるようです。タイプチェンジではなく、一人の地球人に三人ものウルトラマンが宿っている。なるほど全員出てくると主人公と合わせて麻雀ができる(違)

防衛組織とまでは行かないかもしれませんが、民間警察機構という組織所属の主人公はX以来の立ち位置。しかし本人も知らないウルトラの力とは、また迷惑な話です。最近の憑依型ウルトラマンはしょっちゅう主人公の意識に干渉しているし、三人一度にしゃべくられたらいやだなあ。

それにしても、またしても母親不明!?

 

まだ書店には並んでませんけど

2 Comments »

9日に発売されるスーパースージー112号にて、「つくばーどin日光大室」で訪問した日光大室高龗神社のリポートが、クロさんの執筆で紹介されています。

開催から早くも2カ月経ってしまいました。この号をはさんでさらに2カ月くらい先には、再び大室におじゃまして天然かき氷の早食い大会が催されることになっていますが、ことしはいつごろ梅雨明けするのかも含めて楽しみです。

その2か月後には113号が出るので、そろそろ原稿を仕上げないといけないのです。ページをめくってもめくってもジムニーな雑誌の中で、エスクードを取り上げていく梁山泊連載も、次号で60回めになります。エスクードに特化した話題なんてそんなに続くのか?

という懸念をよそに次号は今月11日に取材なので自転車操業(笑) しかしこのエスクード、どこかで見たことが・・・ 真相は当日、鉾田に来ればわかる!

 

新兵器開発 和邇さんの手記045

新兵器開発 和邇さんの手記045 はコメントを受け付けていません

新帝国WANIが密かに開発を進めているという僻地探検用軽機動メカの噂が聞こえてきました。さっそく諜報部員を派遣し、新帝国が隠れ蓑にしている頭革ばかなワニ園で飼育員のふりをしたDr.ワニを煽て持ち上げ聞き出させてみると

「これはな、形こそアレだが昔ワシが乗っていたハンターなんかとは雲泥の差なのぢゃ。まだ仮の名ぢゃが・・・」

というようなことをのたまっていたそうです。隙を見て奪取してきた図面を見ると、これはまだ本体のみの構造らしい。僻地探検となればクロス化を考えているのかもしれませんが

「あー、あれは前方積載を考えてライトを固定にしてしまったのでな、索敵には向かんのよ。今回は後部積載能力を高めるのがねらいぢゃ。どのみち一人しか乗らんからな」

ともつぶやいていたそうです。

図面を基に立体想像モデルを起こしてみると、なるほどこれは・・・ チベット、ギアナ高地に続いて、タスマニアの原生林を思わせる緑色のカラーコードも図面内から読み取っております。それだけで十分に探検性能をアピールしていると思われます。しかしこれだと〇〇のギアナ高地界隈でなら活躍しそうだけど、つくばーど基地を襲撃するだけの航続距離を持っていない(持ってます)。乗り手に補給拠点を与えなければ脅威にはならないでしょう。

天気晴朗なりに手も腫れ上がり

4 Comments »

新元号とか大型連休とかで浮かれてる場合じゃないのよ・・・

All For Reywa

4 Comments »

万葉集にそう綴られているのだから仕方がないんだけれど、

なぜ「礼和」ではいけなかったんだろう? 令和という字面に、冷たさを感じるんだよね。

などと今さら言ってもしょうがないわな。

Kidding yourself,Wasting your time

平成の夢と妄想

平成の夢と妄想 はコメントを受け付けていません

僕が最初のエスクードに乗り始めたのは平成元年の初夏でした。当時突如リリースされた発売一周年記念モデルの、ヘリーハンセン・リミテッドの第一弾。実際に乗ったのはハードトップでしたが、ジムニーを棄ててまでよろめいたのはコンバーチブルの方。

しかし土浦スズキに駆け込んでみたものの「(割り当てが)無い」といきなり玉砕し、これに乗ることは叶いませんでした。

その後1600ノマドGリミテッドを買い足し、ハードトップのゴールドウインを借り出し、カタログモデルのV6ハードトップに至るわけですが、あの頃「屋根を切る」とか「エンジン載せ替える」とか、いろんなことをやった人が居て、それに倣った場合、無敵のエスクードは「V6で2500搭載のコンバーチブル」などと大それたことを考えたものでした。そこに到達する前に、エンジンを手に入れておきながら車の方が潰れちゃったため、真っ当に2500に乗り続けているのです。

現実に直4で2000のコンバーチブルがヨーロッパにはあったことをあとで知るも、理想のエスクードと言ったら結局は1600でライトウエートなコンバーチブルで良かったのだと、紆余曲折しながら行き着くものです。こうして30年、初代ばかり乗り続けてきた平成の時代も、いよいよ移り変わっていきます。そしてエスクード自体は、昭和の終わりに生まれた車。自分の中ではまだまだ現役を続けさせていきたいと思い続けているのです。

 

お、きうさんがエスクード履歴を綴っている