蒸し暑くても焦げるほどの暑さでも、暦の上では夏にひと区切りがついて立秋なのです。
そんなわけねーだろうと昔の人に苦言を呈すれば「暑さ寒さも彼岸まで」と切り返されるのがオチです。要するに夏真っ盛りなんですが、風情を愉しむ心持ちも無くてはならないということなのでしょう。
もうちょっと頑張れば盆休み。熱中症にお気をつけてお過ごしください。
このような色の取り合わせで、トッキュウジャーみたいなことになるのですが今回は黄色地の車体の参加が無かったので見過ごしていました。
しかしよく見たら外壁塗り直し中の「空とブウサギ」がトッキュウ3号を担っていましたよ。しかもこの外壁、光の当たり方によっては周囲の樹木の影響を受けてキネティックイエローに見えます。これはいつかクロさんを招待しなくては・・・
話は変わって、このところ昔の紙焼き写真で四駆とのかかわりをブログにまとめている二階堂裕さんの記事が、ようやくエスクードとオーストラリアンサファリの記録となりました。といっても後のボルネオラリーやアジアンクロスカントリーまで出てくるかどうかはわかりませんが。左の雑誌はJCJの会報ですが、この年の秋に出ていた4WDフリークで、氏のブログに掲載されているカレンダーが付録になりました。当時の話を尾上茂さんと対談してもらったのがもう12年前です。
10年前の6月に母が逝去し、その三十五日法要が7月20日でした。仙台の作戦室を離れ、当時新潟大学にいた霰を回収して帰郷の途に就く折、新潟市内で地元の友人たちが駆けつけてくれて19日の晩の夜会を開いてもらえました。こうして基地へ帰還した時点でBLUEらすかるは50万キロを走りきり、20日の法要後にこちらの地元の仲間たちが激励の夜会にやって来てくれました。新潟の日本海に立ち寄っていた僕はそのあと、太平洋の浜辺まで走りつないでいます。
それから月が替わった最初の日曜日、この50万キロを肴に飲み食いするぞお祝いするぞとさらに大勢の人々が集まってくださり、真夏の宴を開いてもらうことができました。遡れば先代らすかるでも30万キロや40万キロでのお祝いをしていただいているのですが、三度もこうした晴れ舞台に押し上げられるというのは、僕もエスクードもかなりの果報者なのだと思います。そしてこの頃、月まで走って還って来られるかどうかは、まったくあてがありませんでした。
この積算走行距離を刻んで10年。BLUEらすかるは月と地球の往復距離を完走し、いろいろと手追いながらももう少しで93万キロ台にのっかるところまで来ました。僕も大分ポンコツになってきました。10年前には想像もできなかったことをやれているのは、今でも叱咤激励してくださる沢山の友達のおかげです。孤独に淡々と走っているようで、案外独りでは無いよなと思っています。だから「いや傍迷惑だから一人でやって」なんて言わないでよね。
そりゃまあ、フィガロで林道には行きませんよ。
これにて本年の妙高高原リポートはコンプリートです。
余禄をつけます。フィガロは排気サイクルの不調が気に入らぬということで基地に戻され、Ωを持って行かれてしまいました。そのつくばーど基地ですが、15日に近所で水道管が破損し断水しているという・・・もう一泊温泉してくりゃよかったぜ。
おかげさまで大勢の参加連絡をいただくことができました。現時点ではまだ妙高小谷線の新潟側に沙汰がなく、林道ツーリングは期待薄ですが、定宿に通って20年目というのが本来の趣旨ですので、林道については出たとこ勝負でダメならダメとします。集合は11時に妙高市新井のカフェnekodiです。
という事情により、現地に行っちっゃてますのでブログの更新ができません。僕ら夫婦は本日も宿泊するのでトピックを得られても書き込めません。こういうときは固定ページを移植して逃げを打ちます。
今回写真や過去のリポートを見ていて思い出しましたが、妙高高原と銘打ったつくばーど®は、先代らすかるにとって最初で最後の企画でした。なんで忘れていたかって、その年の夏にも出かけていたし、それ以前のとん汁ツーリングにも出かけていたので、印象薄くなっていました。感慨深いのは僕だけのことですけど、↓の写真は20年前の夏のもので、「エスクード乗りのオーナー」との偶然の出会いという、貴重な一枚となっていました。
2024年7月13日の一泊予定で「つくばーど®in妙高高原17」を開催します。2019年に開いて以来のイベント復旧です。
詳細の林道など行動予定は、妙高市や小谷村の通行情報が更新されるごとに組み立てていくことになります。宿泊は例年通り、杉野沢温泉・ゲレンデ内の「空飛ブウサギ」にお世話になります。参加人数を6月末までに確定させる必要があるため、参加希望の方はお早めに下記までご連絡ください。宿泊費については一泊二食でつくばーど®割引価格が適用されますが、以前より多少上がっております。
妙高高原でのつくばーど®は、本年で20年を数えます。2004年夏のこと、偶然宿泊した「空飛ブウサギ」の故・内田オーナーがエスクード乗りでした。夜遅くまでエスクード談義を繰り広げ、「なんならここの軒先に20台くらいエスクードを並べましょうか」などと大言壮語を吐いたのがきっかけです。この年の秋、第一回目の妙高高原には20台「くらい」(笑)のエスクードをはじめとする四駆仲間が集まってくれました。
妙高高原のつくばーど®は、ふもとの新井地区でのとん汁ツーリングも兼ねていましたが、昨今、お店の方が人気沸騰で混雑を避けられないため、今回は各位お好きに立ち寄っていただくこととし、行事からは外します。
それでは皆様こぞってご参加のほどお願いいたします。
長野県小谷村の小谷村観光連盟ホームページを見ると、妙高小谷線の開通日は皮肉にも7月15日の海の日と定められたようで、新潟県妙高市との協議でと書かれています。この時点で新潟から長野へは抜けられないのですが、この協議は妙高市によれば「していない」という返答でした。
どのレベルで協議しているのかは定かでありませんが、重要な点がもう一つ。妙高市の助言では、笹ヶ峰までは県道なので登山・キャンプ客のために開放されているが、県境の乙見隧道手前の切り通し区間に長くかかりそうな雪の吹き溜まりが残っているため、7月いっぱいは全線の倒木撤去や崩落修繕に費やすのではないかとということです。
幸運であれば、隧道よりも手前の折り返し点にあたる杉野沢橋まで行けるかもしれないことに期待していきます。橋までの区間は四代目エスクードの足回りでも問題ないので。
宿泊先となる「空飛ブウサギ」から連絡がありました。夏シーズンの一泊2日夕食翌日朝食付きは、通常ですと9000円/一人となっています。
ですが、
「今回妙高応援割というのをやっておりまして、 3000円割引と、2000円分の地域クーポン券が付きます」
おいおい・・・いいのかそんな価格で(かつてない数字なのでちょっとビビっております。各位足し算引き算やってください)
「さらに、妙高のお土産もついちゃいます♪(今回は妙高高原ビールを用意させていただいております)。皆様に御周知していただければと思います」
というわけで大勢の宿泊参加をいただけました。第二回目で三世代のエスクードがそろい踏みし、今回は2019年に続いて四代にわたるエスクードが並んでおります。リポートは帰宅してから作成しますので少々お待ちください。
地元のふっじいさんとおいたマンさんが、斑尾山周辺の林道状況を偵察してくれました。以下がそのリポートです。
アパホテル側からは、上樽本へは、林道決壊につき通り抜けできません。
飯山斑尾新井線にて樽本に回り、そちらからは赤池まで抜けられます。
その後、沼ノ原湿原まで行き林道が延びていたので行けるところまで行ってみましたが、途中までは道幅もそこそこあり、走りやすかったです。さらに進むと幅も狭くなり三代目はキツイかなといった感じです。
自分とふっじぃは通り抜け、再度新井線にて下山し、途中に斑尾林道も確認しました が通行止めでした。
飯山斑尾新井線は幅員の狭いつづら折りが延々と続くので、タングラム側から上がった方が楽ですね。二日目だと宿からなので必然的にそうなると思いますが。湿原からの林道は変化に富んでいて、藪漕ぎもそこまでひどくなくなかなか楽しめました。
お二方、ありがとうございます。ビギナー向けの斑尾林道が停められているのは痛いことですが総括すると、どのポイントを使って林道を走るかについては参加者間の作戦会議も必要と思われますので、宿泊先にて打ち合わせを行います。天候も加味して林道ツーリングは2日目のプログラムに組み直します。
つくばーど®in妙高高原17に参加する人だけの話で恐縮ですが、うちでやっている「買い出しトライアル」も次が17回目となるんですよ。いやもう「だからどうした」と言われるのは必至とわかってますよ。でも17つながりでやりたいんですよ。
それはいいんだけど(いいのかほんとに?)、ここでなんだってラスカル小僧を出してくるんだ? こんなのより大鉄人17の方が適当じゃないのか? という突っ込みが入ってくれれば、まだ関心貰えているなーと安堵しちゃうのです。妙高での買い出しトライアルは過去に三度開いていますが、いずれも仕掛けた方がぼろ負けしている体たらくでもあります。
まー今度もあっさり攻略されちゃうんだろうなあ・・・
つくばーど®が行っている「SSSレイド」は、出題された場所がどこなのかを探し出し、実際にそこまで出かけて行って「その課題の場所はここだ」という証明の写真を撮ってもらって投稿というスタイルをとっています。最初の「Sレイド」で100以上の課題の場所を出題したので、「SSレイド」へと移行し、これも100を達成したので現在に至ります。この企画は2005年から始まっているのですが、きっかけとなった出来事は2004年6月に遡ります。
ほんの数時間のすれ違いで、その日エンカウントできなかったエスクード仲間からの素敵な写真が送られてきたのが、「Sレイド課題の場所その1」のスタートになります。特定の日に特定の場所にてみんなで落ち合うというオフラインミーティングの逆を行くこの試みは、「昨日誰か来ていたかも」「明日誰かが来るかも」というすれ違いの醍醐味(そんなもんあるのか?という突っ込みは不許可)を愉しむ趣向でした。その日から1年かかっているのは、課題の場所の撮りだめのためです。
実はそれまでのつくばーど®行事が、開催地までが遠くて行けないとか、予定が日程と合わなくて参加できなかったなどの意見をいただくことがしばしばありました。逆転の発想には「そういうことならいつ、どこへでも好きなときに行ってもらえるように」という目論見もあります。最近では新型コロナウイルスに阻まれイベント設営できなくなり、このSレイドとBレイドを組み合わせた「Cレイド」なんて苦し紛れも生み出しています。
47都道府県のすべてに課題の場所を設けることはできていませんが、全国津々浦々のどこかに、課題の場所は今も出題されています。それらを提供してくれた仲間も、とんでもなく遠くからやって来てくれた仲間もいてくれるのはありがたいことです。どこかへ出かけた折、課題の場所が(いくつかは現地の変化で無くなっていますが)あれば、ちょっと寄り道してもらえたら、そこに誰か来ていたかもしれないし、あなたが一番乗りになるかもしれません。