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  ~懲りない傾向~

マイティジャックを取り戻せ! 完結編ノ漆

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その巨大な空中戦艦は突如太平洋の彼方から飛来し、高度にして200m程度の進路で浦賀水道に侵入してきた。

リフティングボディとデルタ翼、艦中央部からせり上がった崖のような「馬の背」は後方に向けてなだらかに傾斜し、垂直に伸びた尾鰭へとつながる。
「まるでMJ号じゃないか・・・」

観音崎灯台から海上自衛隊の掃海活動を監視していた川上は通信端末で撮影したデータをマイティジャックの本部へ転送する。
川上の印象通り、漆黒に近い紫色の空中戦艦はMJ号に酷似していたが、唯一、艦首の形状が異なっており、艦首両舷にカナード状の補助翼と思しき突き出しが確認できた。
さながらシュモクザメの鼻先のような艦首はゆっくりと回頭し、艦尾を東京湾に向けて空中停止した。停止後、謎の空中戦艦は海上の掃海活動を見下ろす位置にありながら、これを攻撃するそぶりを見せずにその存在だけを主張するかのようだ。
「何者なんだ? というより、あれは間違いなくQ」
しかし川上には相手の真意がつかめなかった。
マイティジャックはもちろんのこと、これまでQも正面切って一般社会に空中戦艦の類をさらけ出しては来なかった。稀に陸の上空で戦闘状態に持ち込まれたことはあるが、高度をとった上空を飛行するMJ号のスケール感は、地上から視認されても200m級の巨大艦には見えないものだ。川上はそれらのスケールを知っているから危機感を覚える。浦賀水道上のそれは、対岸の風景も含めた実景の中ではたいした大きさには見えないが、それでも得体のしれない飛行物体が浮いているだけで、人々の耳目を引き付けるのには十分だった。

一連の報告を受けたMJ2でもブリッジは騒然となっていた。
「よもやの三番艦とか?」
マリが首をかしげるものの源田は否定した。
「プラモデルじゃねんだ。そんなにほいほい新しいのに出て来られてたまるかい」
「ということはやっぱりQの・・・」
マリが不安げな顔になる。当はつぶやき、唇をかんだ。
「そうか・・・elfter Schwarzer、つまり黒の十一番というのは、『BlackJack』の符丁だったんだ」
「ブラックジャック、ですか?」
「我々に対する挑戦だよ。Qめ、我々の不在に乗じて万能戦艦の存在を暴露する腹積もりだ」
「なぜそんなことを?」
「それはいくつかの想像を浮上させるね、隊長もそうだろう?」
英がマリの疑問に答える。
「ひとつは万能戦艦の諸国へのアピールだ。MJ号の秘匿されてきた作戦行動を逆用し、あれをさらけ出すことで水空両立した超兵器の需要を産み出そうというわけさ。同時にあいつがMJ号になり替わって、東京湾を防衛するような位置関係から我々を迎撃する狙いがあると見た」
英の推理に当も同意する。英は当の考えを尋ねた。
「地球に戻ったとしても迂闊に攻撃できない。隊長、どうします? あの場に居座られては東京湾内沿岸都市を盾にされるばかりか、本部の所在にも危険が」
「今はそっちに関しては何もできん。ウイングの作戦行動支援に集中する」
当が場の空気を引き締めた。
『こちらウイング。思ったより通信環境は良好。これより衛星頭頂部にとりつき、副長がデータを持ってウェブッドで出ます』
めぐみからの通信を確認し、MJ2はアストランダ―ウイング支援のためにQ衛星との併走を続ける。衛星側の迎撃レーザー兵器は、天田の射撃精度の敵ではなかった。天田は宇宙酔いに苛まれ三半規管も悲鳴をあげていたが、めぐみの真横で嘔吐するなど末代までの恥だと歯を食いしばった。
その足がふらつきそうになるのをこらえながら、天田は操縦室背後の隔壁のさらに後方にあるアストランダ―ウェブッドに張り付こうとしていた。
「副長、用意は如何?」
『用意ったってさ、こいつでいいのかホントに』
「ウェブッドっていうのはトーマス君の命名にすぎないわ。単に船外作業支援ユニットのことだから」
『宇宙遊泳させられるよりはいくらか安全か。そんじゃ行ってくるぜ』
めぐみはアストランダ―ウイングの機体を反転させ、衛星に向けて係留ロッドを撃ち出す。同時にウイングの背中のハッチを開放して天田が乗るアストランダ―ウェブッドを放出した。
アストランダ―ウェブッドとは、宇宙飛行士が船外作業従事の際に追加装備するマニピュレータやスラスター付きシートのことだ。天田はこれに腰掛けレバーとペダル操作で衛星に接近し、そのままとりつく。
「これのことか」
目視確認した衛星の点検ハッチはひどく単純なものだった。つまみをひねり出し90度回して再び押し込むと、ハッチは瞬時に開いた。点検用コードをつなぐソケットがあった。天田は左腕にバンドで固定してあるタブレット端末からケーブルを伸ばし、点検設備に接続して暗号コードを送信した。
その様子はMJ2でもモニターされている。
「暗号コードって、有線でないと認証できないんですね」
寺川が心配そうに天田の作業を見守りながら言った。
「なにしろ裏コマンドだからな。通信を傍受されてジャミングされては面白くないし、電磁波の状況によっては送信できない。桂君の通信は感度良好だったがね」
英が当の方にシートを回転させながら尋ねた。
「どんなコードなんです?」
「衛星の母国語による国歌斉唱音声だそうだ。それで衛星本来のAIが認証すれば、あとは対話型指示で制御可能らしい」
「へー・・・副長、あの国の言葉なんか使えるんですか」
「いや、認証後は英語での対話ができるという話だ。副長の日本語じゃあかえってケンカ腰になりかねんからちょうどいいだろう」
当の冗談を聞いてマリが噴き出した。
『おいマリちゃん、いま俺を笑っただろうっ』
「えっ、なんでわかったんですか副長!」
『そんな気がしただけ。で、笑いやがったんだなこのやろー』
「すっ、すみませーんっ」
『そんなことより隊長、コード認証されました。今から親善交流始めます。それで、今後の作業は隊長の発案通りに進めますがすぐには終わらんでしょう。ここは俺たちに任せて地球に戻ってください』
『そうですね。ウイングには滞在に十分な酸素も空気も備わってますし、何かあったら自力で再突入できる機体ですから』
天田に続いてめぐみからも具申が入った。
「今回に限っては大気圏への単独再突入は認めん。避難先に関しては国際宇宙ステーションに拾ってもらえるよう要請を出しておく。ここまでは上出来すぎなくらいうまく行っている。だが油断はするな。それから、ひとつ指示を追加するが面倒でもよろしく頼む」
当は追加指示を出し返信を終え源田と服部、トーマスに指示する。
「軌道再変更、MJ2は大気圏再突入に移る。出てきたときよりもハードルの高いシークエンスだ」
「SМJ! 80分待ってください。突入軌道へ乗せるのに最低限それだけかかります。そこから突入高度の120キロまではつるべ落としです」
「再突入時にはエンジンの負荷はゼロと見ていいでしょう。そうだよなプロフェッサー」
「yes。自由落下と滑空で済みますから。超耐熱コーティングの見せ場です」
MJ2は衛星軌道からの離脱を開始する。

大気圏再突入時のMJ2は第二宇宙速度に迫り、秒速12キロもの超音速で降下することになる。その際衝撃波の発生で大気が圧縮され突入対象物は一気に加熱される。
空力加熱によるMJ2の表面温度は1000℃を越える。この加熱に備え、艦体は特殊樹脂でコーティングされている。再突入時、コーティングが溶解して熱を奪うのである。同時にリフティングボディ効果を発揮するため、MJ2は仰角をとりデルタ翼が揚力を発生させ滑空態勢となる。
MJ2は衛星軌道から急速度で降下し、大気の層と反応する高度120キロで再突入角度を整えた。
「全エンジンアイドリング。降下角度良好、なんかもう操舵桿が重いっす!」
「姿勢制御はシステムに任せろ。空力ブレーキで速度をコントロールしながらスラストポイントを捕まえる」
空力ブレーキが引き起こす衝撃加熱がMJ2の降下運動エネルギーを前方で大気熱エネルギーに変換し、エアロキャプチャシークエンスとして一気に減速する。その加速度は打ち上げ時よりも乗員に荷重を押し付ける。
体を引っ張り上げられるような荷重に耐えながら、高度が下がれば狙い撃ちされる危険があることを当は考えていた。今は必要ないが、トーマスの説明では二系統ある反物質精製用のスーパーボルト加速器はそれぞれ、さらに二系統に組み上げられている。その片方が二門の荷電粒子砲用に使われており、主砲ではなく艦首に備えた放電システムにつなぐことで、一時的な放電障壁を展開できるという。
もちろんこのとき主砲を撃つことはできない。主砲は80mm砲弾二連装速射型と荷電粒子ビームの切り替え式だが、どちらも前面に放電バリアが張られているわずかな時間は撃ってもバリアに当たって自爆してしまう。
「MJ号の旋回性能と機動性が優先されて、主砲が前面仰角しかとれないところが欠点です」
トーマスも主砲基部にターレットを増設しようと試みたが艦載機の着艦格納誘導路をつぶしてしまうために断念していた。
作戦会議での対話を思い出しながら、当は浦賀水道に出現した敵艦の武装性能を想像する。
「どうせQの空中戦艦にMJ号もどきのガワを被せただけだろうが、もどきゆえに同じようなハードポイントと火力放射点と考えるべきか。トール・ハンマーをどこで使うかが防御の重点だな」
トール・ハンマーとは、トーマスが考案した放電障壁の呼称だ。概念を聞いた村上が、彼の趣味でまたしても「稲妻落とし」と言ったのだがトーマスに否定されている。

「お待たせでした! 再突入完了。大気の層の内側に戻ってきました。艦が重いけど揚力も十分に得られてます」
「降下態勢は?」
「もうしばらく俯角をとれません。下腹を見せつけるのは癪ですがまあ、地球をあと半周する間は敵も撃てないでしょう?」
「わかった。ゲンはそのまま艦体の安定を保て。寺川、全兵装は正面への誘導を図る。敵艦に奇襲をかけるぞ」
「しかしそれでは東京湾に被害が出ませんか?」
「まともに撃ったらそうなるな。だが俺はまともな戦法を考えていない」
「うわー・・・沈着冷静な隊長がそんなことを言うなんて」
寺川は困惑したように言うが、その顔はなんとなく笑っている。
「トーマス、敵の情報が皆目わからんが、射程距離はどれくらいだと思う?」
「I’m not an expert。でもハープーンなんて120キロは狙えるんでしょう?」
「実弾ではない。奴がMJ2のような荷電粒子砲を持っていた場合の話だ」
「That’s hard to say。MJ2にも同じことが言えるのですから。荷電粒子ビームを直進させられるだけのパワーがあるかどうかです。地球の自転速度や重力、大気層の状態とかいろいろな誤差修正の必要があります」
「それでもビームはまっすぐ飛ばないってことだよ隊長」
村上がフォローする。
「イメージするなら幾ばくかの弧を描いて、それほど高くない命中精度で来るだろうさ。せいぜい10キロが射程距離じゃなかろうか。精度を重視するならもっと引き付けないと」
「こっちも同じだということだな。それでいい。長距離戦でビームは使わん。トーマス、君のマスターには申し訳ないが、アストランダ―ロケットを囮にする」
「えーっ? あれは自力では飛べませんよ!」
トーマスが左後方の艦長席を振り返りながら何をするつもりなのかという顔をする。
「一瞬滞空していればそれでいい。空中で離艦させることはできるか?」
「A mechanism is installed to disconnect in case of emergency・・・でもいったい何を?」
「I told you it was a surprise attack!」
つい当もトーマスに併せて答えた。
「隊長、ニセMJ号の何が凄いかって、浦賀水道の空中に定位して浮いているってことでは?」
マリが素朴な疑問を投げかけた。
「さすがに反重力だなどとは言わせたくないね。おそらくとんでもない推力で降下せずにいられるのだろう。隊長、向こうのエンジンがこっちと同じとは思わないが、それなりの大出力で攻撃兵器にも力を回せるんじゃないかね」
村上は、それを攻撃して爆沈させたと仮定した場合の周辺被害を想像した。
「もっとも・・・こっちがそういう目に遭ったら核融合炉の爆発どころのレベルじゃないんだが」
「その通りだ。だからこの奇襲は文字通り一発勝負になる」
「目標まで30キロに接近。陸からの映像を拾ってます・・・ふざけた艦影だぜまったく」
源田が毒づくように、艦首こそ独特の意匠だが知らない者が目にすればMJ2の同型艦としか思えない。それが白日の下、テレビニュースに流されているのだ。
「すぐ会敵しますがこのまま行くんですか?」
「高度をゆっくりと下げろ。向こうが撃ってきたらアストランダ―ロケットをパージして本艦は墜落する」
あー。とトーマスは顔を覆った。源田は墜落ってまたそれかよと苦笑いする。
「敵艦から攻撃! 五秒で着弾しますっ」
マリの観測に応じてトーマスは仕方が無いとアストランダ―ロケットの固定ラッチに仕込んだ爆発ボルトのスイッチを入れた。
「トーマスっ、パージと同時にトール・ハンマー展開。直撃は避ける」
「SМJっ I wanted to say this!」
大気を電離させる大出力で、光の帯が衝突してきた。あのシュモクザメ型艦首からの三連もの射撃だ。ビーム兵器としての完成度はまだ低いが、約20キロもの長距離から飛来してくる荷電粒子砲だ。ゆらぎや蛇行で失われるエネルギーを計算に入れても一撃の威力は計り知れない。
トーマスは一瞬速くアストランダ―ロケットを切り離し、艦首に放電障壁を撃ち出す。障壁の展開と着弾が同時だった。
ブリッジの窓に使われている自動偏光機能が目のくらむような爆発光から乗員の目を護るが、荷電粒子と数億ボルトの放電障壁が激突する衝撃はすさまじい。その直後、弾かれた荷電粒子に巻き込まれたアストランダ―ロケットが爆発する。
「こりゃほんとに墜落だわっ」
源田が必死に態勢を立て直そうとするが、すでに艦首は大きな俯角をとって海面へと落下を始めていた。

 

※本作は勝手に書いているオリジナルです。同作関係者などとの関係はありません

次回でたぶん終わると思いますが、とりあえず掲載を一日前倒して30日に大団円へと・・・
迎えられなかったらもう年越します。