洗濯物を取り込んだ時の一時置きに使っている・・・
バケツ?
たまに入って寝てるのよねー。
確かに底面が丸まってしっくりくるくらいだけどさ、
邪魔だからどいてくれるかなぁ。
洗濯物を取り込んだ時の一時置きに使っている・・・
バケツ?
たまに入って寝てるのよねー。
確かに底面が丸まってしっくりくるくらいだけどさ、
邪魔だからどいてくれるかなぁ。
表題は間違っておりません。再会、と書く方が著名なことは承知の上です。本日より出稿を再開いたしますという意味合いであります。
6月19日未明、母が急性心不全で急逝しました。単身赴任する際に親の死に目には会えまいと思っていましたが、予想外に早く巡ってきまして、泣くほどのことはないにしても慌てさせられたのが当日でした。
家族すらも(第三者は)信じない世の中らしく、昨今は病室においても医者と看護師の前で息を引き取らない限りは警察が介入して検視するのです。
自宅においてはなおさらのことで、所轄の刑事課の半数がやってきたとか。世知辛い話だなあと思いましたが、友人に教えていただいたらこの行政と司法の仕組みは戦前から成り立っているそうで、彼らも都度、その心構えで対処してくれているのですよと。なるほどその通りです。
それらの騒ぎがすっかりおさまった後に、ようやく帰省しました。近所の遠縁の美容師の娘が化粧を施してくれた顔立ちは、ただ眠っているだけだろうと勘違いするほどに穏やかに微笑んでいるようでした。
享年七十八かと数えていたら、菩提寺の住職が、
「満何歳、という言い方は誕生日のその日のみに使うもので、御母堂は七十九歳と三か月というのが正しいのです。つまり数え年なら八十歳に入っている」
と教えてくれました。実は翌日が親父の満七十九歳の誕生日で、本来なら九か月早い生まれの親父ですが、お袋は最後の最後で数え年を使って追い越して行ったようです。まあそういうおちゃめな人ではあったのです。
倅としてはしてあげられることはしてきたつもりなので、悔やむことはありませんと言えるはずでしたが、遺影に使うための写真を探していて気がついたのは、親父や家内や娘たちと一緒の写真はあるものの、僕と二人で写っているものが最近の写真には無いんだなあということ。まさしく後悔先に立たずでした。
昨日の風花さんの「花」は、ノウゼンカヅラ。これ、お袋の好きな花でした。