Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

ドライブ。

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4年経ったんですねぇ。

4年経ったんですねぇ。

「出かけるぞっ!」という新月サンの一言で
気仙沼往復してきました。
行きは常磐道を通って仙台経由。
通り過ぎる時、帰宅困難地域の光景が
異様で悲しかったです。
ひと気のない庭先に、屋根より高く育った
満開のモッコウバラや、色とりどりの草花。
SFの世界の様でした。

南三陸町の防災庁舎跡にも寄りました。
周りは震災復興工事の真っ最中。
4年も経ったのか、4年しか経っていないのか。
多分どっちも、なんだろうな。

たどり着いた気仙沼は観光もしないで、
ご飯食べて帰りました。
(シャークミュージアムだけ寄ったけど)

美味し♪

美味し♪

何食べようか悩んで、新月サンがウニの入った三色丼。
私は日替わり丼をチョイス。

連休後の日曜日だからね。道路空いてたし、行った先も
そんなに人ゴミという程ではなかったけれど。
防災庁舎跡には途切れることなく訪れる人がいて、
気仙沼でも、かなり遠方のナンバーの車が停まってたりして。

また、行こうと思います。

クロカンセダンを綴っていたら

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ジムニーロード昨日の二代目エスクードの記事は、今号のスーパースージー誌上連載の原稿を書くきっかけとなった話のまとめでした。これを言っちゃうと自分に跳ね返ってくるのですが、要は雑誌のインプレッションをどこまで本気にとらえるかということでした。

極論を言えば、日常で実際に乗っている人の言葉には、かなわないよという論理です。それを棚上げして原稿を書いているので、まあ呉越同舟ではあります。

などと思っていたら、今号のジムニーロードのページにて、二階堂裕さん自身が珍しくもエスクードについて書いている。なんだこりゃー(おいおい)と一読してみると、初代のフロント、リアサスの設計について工夫を凝らしたのがエスクードだったけれど、これがドイツで「高速道路の印象が悪い」とクレームをつけられ、二代目ではセンターアームを廃止した3リンクになってしまった。ということが、エスクードの個性を剥奪される出来事だったと紹介しています。

初代の開発史についてはこれまで何度も書かれているなかで、このドイツからのリアサス不評という部分は初出しのエピソードでした。いやはや車に関してはハードルの高いお国柄のクレームですし、初代は北米以上にヨーロッパねらいのモデルでしたから、メーカーも慌てたのでしょう。しかしそれを北米ターゲットの2代目においてやっちゃったところもちぐはぐ感のある話です。

しかしさー、こちらの連載記事でそのリアサスの設計変更をあえてクロカンに見切りをつけて万人向けに転じたと論じているところに、同じ号で痛烈にカウンター当てられちゃったよ。

「あれはね、今はなぜあの記事かを明かすことができないけれど、思うところあって特定の人たちに読ませたくて書いたの」

二階堂さんに尋ねたものの、そこははぐらかされました。でも2代目に続いて現行モデルのモノコック化や没個性化に触れて、そういった変革を極力回避しながらジムニーが個性を維持し続けていると結んでいるから、記事が誰に対して何を言わんとしているのかはおおよそ想像がつきます。

まーそれにしてもドイツの人々、大きなお世話を言ってくれたものだったのだわ。そりゃセンターアームはばたつきますわよ。でもショックやコイルやタイヤの選択で乗り味はいじれるのよ。でなけりゃ24年も前の幌車や17年前の5ドアを面白がって乗り続けないよ。