山形県河北町に220年を営む醸造業があって、この蔵元八代目にあたる和田多門さんが、どういうわけかうちの親父を「先生」と呼んでくださるのです。うちの親父は団体職員あがりなので教員でも政治家でもなく、そんなふうに呼ばれることは無いはずなのです。
親父の忌明けも済んだので、その報告と挨拶を兼ねて、和田酒造さんをお訪ねしまして、謎だと思っていた件についてお話を伺うことができました。
結論から言ってしまえば他愛もない話で、親父とその遊び仲間が以前、酒蔵見学にやってきて、造り酒屋の製造システムに組み込まれたボイラーや給湯に関しての技術論を説いたらしい。その道に関しては専門家でしたから、窯の時代から給湯器の近代にいたる歴史の貴重さを、親父は解説できたのだと思います。
けれども、そんな珍客に親愛をこめて先生などと呼んでくださった多門さんの人柄がありがたいことでした。
「うちのような小さな酒蔵は、地域の顧客に支えてもらって成り立つんですよ」と、多門さんは話してくれましたが、和田酒造の主たるブランドである『あら玉』(おめでたい、新年という意味)は、河北や山形の地域を超えて有名な銘柄になっています。そのひとつが親父の遊び仲間での話題で、それが昔の常磐線通勤の、帰宅列車内での酒盛りというかーなり不名誉な場で語られていたであろうことを想像すると気恥しいですが、縁というのは味なものとあらためて考えました。