Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

あ、あれ?

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うーん、どうでしょう。

うーん、どうでしょう。

夕方買い物に行ったスーパーで、降りようとしたらシートが動かない・・・なんで?
覗き込んでみたらワイヤー外れてるし。手じゃ押し付けられないなーと思って、後ろからプライヤー出してきて格闘。

夕暮れの薄暗がりの中、シートに頭つっこんでゴソゴソやってるオバチャンって、結構怪しくね?

下界を忘れ

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すずしーっ という解放感と、今年初の「銀河鉄道の夜」(種山高原・献立の少ないレストランの特製ラーメン)を食うという充足感で、うかつにも食う前に写真を撮るのを忘れてしまいました。いや遊んでいたわけではありません。金曜日に宮古、盛岡、花巻と仕事で移動し、土曜日が朝から大船渡で仕事。この移動経路が組めたことで、ようやく種山高原で昼飯というプランが実行できたのです。なんせこの店が、昨年10月末から今月はじめまで冬季休業だったので。

食ったから寝る。とばかりに、レストハウス前とは別のだだっ広い駐車場に移動してしばし昼寝の後、帰り際に眺望の開けたところへ行ってみると、牧草地の土の天地返しはすっかり完了し、一面の緑の絨毯が敷き詰められています(写真じゃ見えない)。牧草地に乗り入れるわけにはいかないので、作業車の転回場所までですが、外気温度計が下がるさがるの19℃。いかん、こんなの実感しちゃったら下山したくなくなると、名残惜しんで水沢に降りたら32℃(うへー)

そんなだったらキャンプ場で一泊してくりゃよかったのでしょうが、明け方は一けた台まで気温が下がりますから、コテージ泊まりでも寒くて寝てられないです(一昨年やったことある)。しかしそろそろテントくらい新調しないと、とだけは思うのでした。

いただきます。

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プリンっつーか、ババロア?

プリンっつーか、ババロア?

新月サンのお土産。
普通のプリンと、色々な味のが4つ。

さぁて、どれから食べようかなー。

見たままの物ですか

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物質Xこれ、なんだ?

施工前後の見た目

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normal「数字で上がったのはわかったけど、見た感じの変化が知りたかった」

と、最低地上高の記事に対して追加の質問をいただきました。

同じ個体の施工前後の写真を同時期に撮影しておけばよかったと後悔しながら探してみましたが、同じアングルのものってなかなか無いのです。

見つけ出した2005年の買取直後のスタイルが上の写真です。納車前はサイドステップまで付いてましたからもっと低く見えたけど、まあダックスフントかコーギーです。

update下の写真が、翌年に足回りを交換した直後の姿。タイプMのホイールなのでタイヤはスタッドレスだから、タイヤ外径はこの時点ではまだ、さほど大きくなっていません。純正規格がいかに低いかがお分かりでしょうか。といっても向きが反対だし角度も異なるので、またしても判別しにくいかもしれませんが、今では見慣れてしまってこれがエスクードの当たり前の車高だと思い込んでしまってます。

 

 

 

 

記録の断片

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表紙いがらしみきおさんといえば、僕の場合すでに「ぼのぼの」で知識が止まってしまったままでしたが、最近は宗教思想的な雑誌に連載を出し、東日本大震災から3年後の物語を描いているとか。その手の雑誌には手は出さないよと、またもやぼのぼのから先に進むことのない僕でしたが、手元に回ってきた一冊の冊子が、まるごといがらしさん執筆の漫画でした。宮城県に本社を置く建設会社が設立している一般社団法人の建設業協会が依頼した、震災直後の記録を基にした物語です。

ページ地震、津波が不意に襲ってきたあの日、混乱と憔悴の中で、メディアのビジュアルに映し出されていたのは救助を展開する消防やレスキュー、そして自衛隊の姿でしたが、彼らがいち早く被災地に入れたのはなぜかと言えば、東北道が専有化され、国道4号や45号の津波堆積物、瓦礫がどかされていたからです。

被災直後にもかかわらず、なぜそれができたのか。誰がそれをやり遂げたのか。

請負業が基本の建設会社はそういった重要な事実をプロパガンダとすることを良しとしなかったため、まさしく知られざる記録となっています。今になってこのような冊子が作られるのは、ようやくそれを話題にしてもいいかなというムードが醸成されたことと、来年以降の復興予算枠がどうなっていくか、不安要素が出てきたからかもしれません。

この冊子は県内の学校や公的な機関、市町村に配られているようですが、それだけではだめではないか? 県境を越えたらニュースは流れていない。むしろよその土地でアピールした方が、記録と記憶は断片であっても伝わるという効果を得られると思います。

 

時間よ、とまれ

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「エネルギーがあがった!?」
アムロである。
「残弾無しか!」
シャアである。

というのが冨野さん執筆の最初の小説の戦闘場面ですが、こっちは「どうせあと一回くらいしか撃てないんだ」(あれっ、これアニメのラル戦か)と棄てちゃうわけにはいかないのです。
むしろ「もつのか? これで・・・」状態ですが、やっぱり給油は500キロも走らないうちにやっとかないとだめね。
ここからさらに40キロ走って、550キロ。残り5リットルでした。

今年の作付け。

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ちょっと遅かったかな。

ちょっと遅かったかな。

いつも通り、ナスとキュウリが2。プチトマト・大玉トマト・ピーマン各1
日曜っていうと天気が悪かったり新月サンが出かけちゃったりで、いつもの年より植え付けが遅れました。

ま、でも育ってくれれば問題はないので・・・
寒すぎて枯れるよりはマシかと。

初代と三代目

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これも昔話ですが、初代エスクードが開発された時期は、ジムニーの二代目、SJ30が2型か3型になったころからです。エスクードの登場時には、ジムニー側はJA7Ⅰの3型に移行していました。TA01RとJB23Wは10年の時を経ているわけですが、かたや「ジムニーに乗っている人が次に乗りたいと思う車」、そして「ジムニーを受け継ぐジムニー」という、けっこう重大なテーマを背負って生み出されたもの同士なのです。

JB23Wは、車体の安全基準について、小型車に準ずる改正を施された軽自動車なだけに、JA時代に比べるといくらか寸法が大きい。うちのぷらすBLUEの車高が上がっていなかったら、ちょっと車高を上げただけで初代のエスクード以上にに堂々とした車体に見えます。

ショートの01系がいかにコンパクトであったかという見方もできるのですが、規格改正に恵まれたことで、3代目ジムニーには可能性や自由度が拡充されたとも言えるのです。だからこそ23はジムニー史上最長の2代目シリーズを受け継ぐのに充分な素養を持っているのです。モデルライフこそまだ2代目には及びませんが、単一機種で10型まで来ていることが、その成熟度として現れています。

e-jしかしSJ30からJA22までめまぐるしくエンジンやサスペンションなどの変更を受けた2代目には、その進化自体の面白さと、ブランドを確固なものにしてきたという実績があります。そのことは念頭に置いておくとして、エスクードとジムニーは、TA01ショートとJB23Wの間柄において、2代目ジムニーをそれぞれの立ち位置で引き継いだモデルなのです。

えっ? でも僕はもうジムニーには乗りませんよ。それが信念ですもん。

 

結構な上達。

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オバチャンびっくり

オバチャンびっくり

甥っ子1号クンが〝発表会〟だって言うので、聞きに行きました。
ちゃんと演奏してるの聞いたのは一年振りだけど、上手になっててビックリ。
(まぁ金払って習いに行ってて上達しないんじゃあんまりだよね)

MCの女の子に「裏では『売れないホスト』って話が出てますが」って
いじられてましたヨ。
売れないホスト・・・って・・・