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  ~懲りない傾向~

つくばーどinらいとにんぐ新潟Ⅱ

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大まかな話はこちら

三名乗車(家内が卒業式のために先乗りしていたので)を維持しつつ荷物満載・・・といっても布団とカーペットと旅行用キャリーケースと掃除機と諸々の小物程度ですが・・・というのは、ハスラーでは無理だったでしょう←先日の積載量で負けたのがほんとに口惜しいのよ。

これで新潟市内を訪ねることはあまりなくなってしまうねえと思いながらお伺いを立てたところ、義理堅くアスラーダさんが掲示板にメッセージを書き入れてくれて、おいたマンさんとふっじいさんご家族が見送りに来てくれました。ふっじいさんちも今年から双子ちゃんたちは小学生。霰、というより実際には霙の年齢になりますが、つくばーどで長岡を訪ねた2004年を思い出させるような、双子ちゃんがランドクルーザーに駆け寄っていく姿は、はっとさせられる瞬間でした。

 

さよなら下越

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これは四年前

なにはさておき。おいたマンさんとかlooplineさんとかふっじいさんとか、出没するたびに駆けつけてくださりお世話になりました。

学士の免状やるから出て行けということで、無事に大学を卒業できた霰は本日、新潟市のアパートを引き払います。

実は新潟市って、僕の祖母方と家内の祖父方の双方にルーツがあり、僕の方はすでに縁も途切れていますが、家内の実家はまだ家内の亡父のいとこ会などでつながりがあるようです。

家内の祖父は太平洋戦争で亡くなっています。徴兵を受けるまでは単身上京して二十代のときに飯田橋から九段下あたりの(どうも今のエドモントホテルの近所らしい)で「萬代自動車」という整備工場を興して、シボレー専門、主に消防自動車等の需要があって修理整備をやっていたそうです。

この店名が、新潟の萬代橋から持ってきたもの。最盛期は20人くらいの働き手を雇っていて、態度が悪いとハンマーかスパナで殴りつけられたと、家内の祖母が生前よく話していました。

おいおい・・・なんかそれって本田宗一郎さんみたいじゃないかよ。

「そうよー。一つ世の中が違っていたら萬代自動車が本田技研工業のライバルになっていたかもしれませんのよ。あたしなんか創業者の孫で旦さんとなんか出会ってないわよー」

などと家内は大歩危をかますわけですが、家内の父親はこのような仕打ちを受け家業を継ぐのをいやがり家出までしたそうで、祖父も戦地で亡くなり店は空襲で跡形も無くなり祖母の思い出語りだけが残されています。

あー・・・話が脱線しましたが、霰がなぜか民俗学を専攻して僕や親父の郷である天狗の森の修験道行事から始まる「悪態祭り」を卒論に選んだかは、このような、一族の歴史にまつわる伝承の消えかかった様を再度記憶しておきたいという願望からだったそうです。

えー、ここ無くなったのかよー

「お父さんが新潟で見つけた居心地の良い喫茶店ね、あれ閉店して別の店になっちゃったよ。たった4年でそれなんだから、ほっといたら家の歴史なんて誰も覚えていなくなるよ」

いやはや恐れ入りました。鳶が鷹を(俺なんか産んでないから鳶以下)というか、そういうことを考えながらの新潟暮らしだったのかと。残念ながら家内の祖母も父親も故人ですから、萬代自動車奮戦記を発掘することは叶わなかった。その分うちの親父はまだ、しかし昔語りのできる最後の体験者ですし、僕自身も祖父母かなかなりの情報量の悪態祭りと天狗の森の話を聞かされていたので、それらを霰の意志が一家総まとめしてくれた感があります。

 

 

六華の卒

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学士課程で2500人近くいたと覚えている入学時、「これから長い4年間だねえ」などとつぶやいていた僕のお袋が夏前に亡くなり、その夏にBLUEらすかるが500000キロを越え、続いて普通免許を取得した霰でした。それが2014年の大まかな出来事。

でもって専攻する民俗学実習レポートの提出が「先週まであった」という、なんだその馬鹿みたいな真面目な大学生活。も、無事に卒業させてもらえるようです。

六華というのは雪の結晶をモチーフにした新潟大学の校章のこと。

あ・・・おれ、亀みたいだなあと思ってたけどそれは今さら言えないね。

そういやーやはり2014年の3月、霰が高校を卒業した頃(左図)って、僕TD94Wに乗ってましたね。振り返るといろいろあったんだなあ・・・

まー大学の卒業式なんて親が出ていくようなもんじゃないから、僕は明日、回収に行きますわ。4年前に南三陸で追突され3月末まで入庫していたBLUEらすかる、霰を新潟に送り込むときには復旧し、現在は680000キロまで来てます。

くわ~~~・・・

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花粉花粉花粉

雨があがって、ベランダが乾くとよく判る。
手摺の下に溜まった花粉。

が。
今年は不思議と症状が激しくないので、今のところ薬なし。
・・・この後一気に来るのか???

試合に勝てず勝負にも負けた感

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部屋を埋め尽くしていたお袋の趣味の洋裁用生地や実際に作られた服などに絞って、市内の清掃工場にある一般廃棄物の処分ヤードに持ち込むため、BLUEらすかるとオジロの後部座席をたたみ、収納されているプラケースごと積み込みました。

BLUEらすかるは7箱搭載でき、やろうと思えば助手席に2個重ねられたけれど安全を考慮して1個。とりあえずルームミラーから真後ろは視界確保できています。

さてオジロですが、するっと6箱積んでしまいました。しかも若干の空間が残っており、プラケースは無理でも段ボール箱なら1個(写真の左端)押し込めました。

げげっ、昔、エスクードでは冷蔵庫が載らず、奥方のフェスティバで運んだ友人に話を聞いていたけれど、箱の数でハスラーに迫られてるし。しかも袋詰めものならまだまだ載るし・・・

断捨離しろとか厭だとか その弐

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それこそ三十年近くぶり

大ナタを振り下ろして古い車雑誌をどんどん処分していく中で、

「なんでこの記事がESCLEV カテゴリーなの?」

と思った方も少なからずいらっしゃるでしょうが、そのわけはこれです。「W.A.Y」のバックナンバーが、奇跡的に一冊だけ残っていたのです。この雑誌はスポーツジャーナルが発行しながらも長野市に編集部が置かれていた信州の観光情報とツーリング情報誌という性格の、しかしタウン誌というか・・・となると茨城県で購入できたのだからそうでもなく、毎号買えたかと言えばまた手に入らないこともあった雑誌でした。

 

乗鞍走ってるし

編集部が取材車両として使っていたのが表紙に出ているTA01Wです。でも時々、色違いのハードトップが記事中に登場していて、それらが社用車なのか編集者個人の所有だったのかは今となっては知るすべもありません。が、よく見ると白い方は長野ナンバーだけれど青い方は浜松ナンバー。どうやらスズキが貸与していたようです。

W.A.Yと書きますが誌名は「ふぇあ~ゆ~」。これが茨城の書店では通じなくて、見つからないとき取り寄せに難儀しました。でも観光情報どころか林道案内から抜け道まで網羅していたという、当時としては画期的でありがたい一冊でした。休刊もあっという間でしたが・・・

そんなわけで、情報誌としてはもはや何の役にも立たないけれど、

「これは残す! 残しますともっ」

 

とうとう来たかと思ったら。

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なぜ目に入る??

目がゴロゴロムズムズするので、とうとう花粉が・・・と思ったら

出てきたのは〝猫毛〟ですよ
こんなに細いのに、瞼と眼球の間に挟まると超違和感。
瞳の上に移動して来たら激痛っ!

・・・換毛期なんだよねー。
チビずまとめて風呂場でブラッシングするか。

断捨離しろとか厭だとか その壱

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霰が帰省してくるため部屋を一つ空けなくてはならず・・・ならずってなんだよ、なんですがこれまで霰と霙は同じ部屋で育ってきたのです。数の上では、僕が使っていた部屋があるからいいのだけれど、ここがお袋が生前自分の趣味で縫った着物やら洋服やらそういうモノづくりのための生地やらが押し込められてドアを開けるのも危険な状態でした。

しかしそこを掘削するしかないのだと、娘らは突貫で作業し・・・

「この段ボール箱をどうにかしてください!」

えっ、俺のもあるの? と突き付けられた箱がどれもこれもやたらと重い。重いということは間違いなく雑誌類です。往時の4×4マガジンだとか4WDFREAKだとかOFF-RОADSPIRITSだとかOUTRIDERだとかCARGRAPHICだとかが、まあ古本屋を開けるには至らない程度に発掘され、

「せめて最低限必要なものだけに仕分けを」

との厳命。泣く泣く(笑)エスクードに関する記事掲誌載分を残して廃棄としたわけです。

で、その中から出てきたのが80年代最後の頃の4WDFREAKのこんなページ。マッハ号だの追跡戦闘車だのターボレンジャーのターボジープだのエクシードラフトのスクラムヘッドだのという夢の空想四駆を毎号一回紹介していたのですが、そんな四駆雑誌ほかには無かったわなあ。担当ライターが元アニメ雑誌編集者だったらしいので、あー、あそこから異動させられたのかこのライター。と行間も読める不思議なコーナーでしたが、

「断捨離ってこういうところからぶった切るものよねっ」

という顛末と相成りましたよ。

 

春の宴。

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良い香り♪

友達夫婦と一緒に、ワインバーへ。
新年会+誕生祝のはずが、お互いに予定が合わずほぼ二ヶ月遅れ。

土曜の夜でしたが、お店は満席。
厨房でシェフが必死にお料理してました。
ソムリエが各々の好みを聞いて選んでくれたワインを頂いて、
お料理をもぐもぐ。

おしゃべりしながらだと進むのよねーお酒。
無事に帰り着いたけど、二人そろってリビングで爆沈しました。
(あ、かろうじて二日酔いにはなりませんでした)

綺麗♥

Team WESTWIN Warriors#119

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TDA2018年第一戦。

チームウエストウインのダブルエスクードは、惨敗。

あの強豪がパジェロ3500をTDA仕様に特化した改修改造を経て参戦。後藤選手は操舵ミスでコースアウトしドライブシャフト破損で3位決定戦にも残れず。限りなくノーマルに近い川添選手のエスクードも追い詰められてしまいました。

「まあねえ、250馬力をあそこまでTDA仕様にセッティングされては敵いません。ただエスクードのエンジンブロックは頑丈だし素直にパワーが出ていると、他チームの面々も評価してくれているし、今回は後藤君もまともに走っていないので、6月までに何をどうすべきか熟慮しますよ」

島監督はむしろ、レースがマンネリ化に落ち込まずギャラリーにとっても良い刺激を得られたことを収穫としているそうです。余談ですがこういうときに限って、取引先からたくさんの営業の女の子たちが観戦に来ていて、アンフィニクラスの日頃見たこともないようなハイパワー車が爆走するところでは歓声を上げていたとか。