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  ~懲りない傾向~

私は余計なことをしたのかもしれない ←おいおいっ

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「スズキジムニー50年の歴史」。なんて書籍を、僕が買い求めるわけないじゃないですか。という余計な一言をものともせず、SSC出版からこの真摯で剛健にまとめられた一冊が送られてきました。

「エスクードの30年史」にはスポンサー予算が下りなかったのですが、ジムニーだとこういうものかと、とりあえず地団太を踏んでやろうと読みましたよ。

読んだら誰かにあげちゃおうと思って(こらこら)表紙を開けたら、どっかーんと「嵐田さんへ 著者 二階堂裕」のサイン本でした。おのれ! こっちの目論見をちゃんと見透かしてやがるぜ(いや絶対にそんなことまで気づいてない)。50年史ですから、歴代のあらゆる車種を各章で構成しています。いちいち紹介してられませんが、JA51、SAMURAIの章には、歴史的経緯として北米でのコンシュマーズ・レポートとの争いの渦中、エスクードが投入された記述もあります。

さて何が余計なことだったのかと言うと、あとがきにおいて二階堂さんがスズキに入社し、「新型ジムニー開発会議」に組み入れられた、あの有名な逸話が書かれていて、そこでの一言が呼び水になり「エスクードが誕生することとなる」くだりが書き下ろされています。「自分の意見で新型ジムニープロジェクトをつぶしてしまった」は、まあ史実ですからいいとして、現在のエスクードはモノコックの車体となり乗用車になってしまったことを嘆いているのもまあいいのです。

が、初期の設計思想が継承されなかったことに触れ

「それを考えると、私はあのとき余計なことをしたのかもしれない」

・・・おいおいおいっ!

ジムニーは特殊なクルマで、いくらいいものを作ってもアルトのようには売れない。それよりもジムニーの次に買う普通車の四輪駆動車が無いことの方が問題・・・

要約すると、それが新型ジムニーからエスクードへの呼び水となった一言なのですが、二階堂さんは車体の寸法、エンジン形式と排気量、足回りなど、新型の四駆のほとんどを基本計画として提案したのです。だからこそ「エスクードの父」と呼ばれているのに、いまさらそれはないでしょうに(泣)

今度事務所に討ち入ってこよう。あなたは決して余計なことなど言っていないのです。確かにデビュー当初のエスクードは軟派で半端と揶揄されもしましたが、SUVだのクロスオーバーだのと群雄割拠していく四輪駆動車のマーケットを切り拓いたではありませんか。

だけど新型ジムニープロジェクトが中止になった頃、ジムニーには既にSJ40があって、エスクードの開発中にはJA51があったんですけど、それらの小型車版を押しのけたという意味では後悔もあるのかなあ。

 

 

健在、弾丸の男

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TD54Wに乗り換えてから、kawaさんが自車を弾丸あるいはν弾丸と呼んでいるかは定かでありませんが、かつてのTD11Wはそう呼ばれていました。事実、今でもさらっと遠州の向こうからやってきちゃうのだから、弾丸ぶりは健在。主治医のところのTDA4Wが諸事情から廃車となり、宙に浮いたスタッドレス組付けホイールを引き受けてくれて、昨日基地にいらっしゃいました。以前だったら忘年会の設営がある時期ですが、ウィズコロナでそういうわけにもいきません。

「昔やっていた動画配信が、通信サービスの終了になったので、今は夜通し出かけることがなくなりましたよ」

でも彼の現在の勤務先が愛知県なので、うちへやってくること自体が弾丸です。折しも今週、東海地方は平地でも雪が降るという予報だから、ちょうどよいタイミングでした。

めっずらしー・・・

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エスクードだ・・・

イオン行った時に信号待ちしてたら
ショールームのにっ!
エスクードが鎮座ましましておりました。
珍しや。
販社の看板に〝エスクード〟と書かれてても
居たの見た事ない・・・
もしやSリミテッド、売る気満々???

TX92W二十周年

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忘れられていたらかわいそうだなあと、取り上げておきます。2000年12月12日、スズキはH20Aのボアアップ版であるH25Aをさらに拡張し、V6で最大排気量(当時)2700ccのH27Aを搭載したグランドエスクードを誕生させました。小型車版の二代目エスクードに与えられた「クロスカントリーセダン」という意味合いがずっと腑に落ちなかったのですが、グランドに用意された「クロスカントリーワゴン」が登場し、なるほどそうだったのかと膝を打ったものです。

派生モデルとしての型式はTX92W。AでもDでもなく、あえて「X」を刻ませ、後の三代目2700が受け継ぐ「9」を既に与えられています。市場の流れでは派生ですが、98年には北米でXL‐7として先行登場しており、ニーズ対応と同時に次期モデルのための開発要素も込められていたように思えます。しかしグランドエスクード最大の特徴は、5ドアタイプながら3列シートを持ち、この3列目の足元が大人でもきちんと乗れるスペースを確保していたことでしょう。

3列目シートだけを倒しても荷室の余裕は大きく、2列目まで倒してしまったらキャンプ道具満載か、ゆとりの車中泊空間が出現する。足回りや駆動系は二代目を踏襲し、大幅に上がった車重に対応した補強も施されました。基本的には車体後方への延長が行われたわけですが、これは二代目エスクードもラダーフレーム方式を継承したからこその簡易な、それでいて非常にまじめに作り込んだ成果だと言えます。グランドには1型が無く、4型まで二度のマイナーチェンジが行われました。

途中、モーターショー参考出品で3列目シートを持たない5人乗り仕様や、キャビンを大胆にカットしたピックアップトラック仕様も登場しました。故山本寛斎氏によるコーディネートや、ヘリーハンセン、FISリミテッドなどの特別仕様や限定車もリリースされました。さすがにピックアップタイプの市場投入は実現しませんでしたが、販売期間わずか5年程度の間に、なかなか盛りだくさんの企画を立案しています。それでも大人数乗車ではミニバンに市場を譲ることになります。

2人の子育てをやっていた頃は「親子三代全員乗れるのはいいなあ」と思いはしたものの、手に入れそびれているうちに20年が経ってしまいました。フジ・オートの渡辺代表によれば「中古車ニーズは高く、乗り続けているユーザーの愛着も深い」ということで、一時期これに乗っていた人々も思い思いにカスタム化に余念がなかった。グランドエスクード自体のアフターマーケットは決して幅広くなかったので、皆さん実に熱のこもった専用車いじりに励んでいました。

つい、目についたので

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ねこねこって・・・

ちょっと用があってイオンへ。
目当てのモノを購入してとっとと帰るつもりが
つい買ってしまったー・・・
てくてく歩いていたら目の端に〝ねこ〟って見えて。
立ち止まってまじまじと見てしまいましたよ。
名前はあれですが、ちゃんとしたパン屋さんでした。
でもちゃんとしてない食パン買ったけどね(笑)

包んである袋がもう・・・

これでも食パン(笑)

決して立ち読みしないことです

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なんでかって・・・紙の重さを侮っちゃいけません。624頁もあるんですよ。このブログを書いているノートPCより、明らかに重い! 昔出ていたマクロス豪華版記録全集より重い・・・と、思う。

これ全頁立ち読みのまま読破できたら、もうほとんど筋トレですよ。ただし、ときどきぶん投げたくなるような落書き同然のラフ画にも耐えねばなりません。

ファイトッ!

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珍しい光景。

でん・いちはよく見るんだけど・・・
ゆき・はなは子猫の時以来かも
(いや、まだ子猫だけどさ)
しばらくペチペチ緊張感の無い戦いしてましたけど
そのうち飽きたんだか、座卓の下へ来て寝はじめましたヨ。
(ひょっとして食後の腹ごなしだったのか?!)

こっそりとお礼を

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初代エスクードのV62500 160馬力めっちゃ乗ってみたくない?

一説によるとTD61Wは「幻の」という冠が付いてしまう時代だそうですが、こんなつぶやきを見つけてしまうとありがたいやらうれしいやらの気持ちになる反面「そんなたいそうなもんじゃないです」とも思うのです。なにしろフロントヘビーだし4ATしかないし。

確かにFRでパワーモードから急速発進させるとリアがホイルスピンするようなこともあるんですが、2500の低中速トルクは立ち上がりにパワーをかけるという扱いではなく、モーグルやキャンバーでじわじわと通り抜けていくときに役に立つのが良いところです。うちのは三代目の標準サイズまでタイヤサイズを上げているから、巡航速度に乗っていればらくちんだけど、どかーんと加速させても大したことにはならず、その三代目にあっさりと追い抜かれます(笑)。ましてや思いっきり軽量化されたターボ装備の四代目になんか、ついていけないのです。おそらく、ホットハッチのように乗り回すなら、TA51Wの直4の2000でしょう。それはウエストウインが証明しています。

TD61Wは、あくまで初代モデル比という枠内での到達点。縦横高さ寸や車重に対して初代の最大排気量を載せたことでは、エポックを持つ車種ですが、もはや小さな車体に大きなエンジンの時代は終焉してしまった。ガソリン車を販売できなくなる世の中となれば、こういったモデルはもう出てこない。そういう意味では幻のと言われるのもわからんでもないです。昔、実現できませんでしたがこのエンジンを2000のショートに積んで「TA61W-R」を作ろうとしたことがありました。結局母体の方がダメになってしまったので、用意しておいたH25AはBLUEらすかるの予備エンジンに落ち着いたのですが、それくらい、2000と2500とではトルクバンドの幅が異なり、快適さにおいて回さないと走らない2000を凌駕していたのは事実でした。

でも15年も乗り続けてしまうと、なるほど昔のものの考え方だろうなあと感じ、あらためてそんなたいそうなもんじゃないねと思うのです。が、せっかくなので上の一言をつぶやいてくれていた人に、「ありがとうね」と、こっそりとお礼を言っておきたい。

 

 

あ?!

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大きさが・・・大きさが・・・

ゆきの方が大きく見える・・・

まぢですか!

さすがにいちはもう育たないと思うので・・・
(ここンとこ安定の4.3KG)
この先(ゆきが)どんだけ増量するかが問題だわぁ。

四半世紀、いろいろ背負うわ

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1995年  白川郷・五箇山の合掌造り集落が世界遺産登録。←この日誕生。
2003年  日本の火星探査機「のぞみ」の火星周回軌道投入を断念。
2005年  日本の小惑星探査機「はやぶさ」との通信が途絶える。
2019年  ニュージーランドのホワイト島で火山噴火。
U.C.0079年  サイクロプス隊、地球連邦軍北極基地を襲撃(まあこれはどうでもいい)

昨年のニュージーランドの火山被害にはあまり関心を寄せませんでしたが、「のぞみ」「はやぶさ」を立て続けに遭難させたのは自分なのではないかと、当時はけっこう意気消沈していたわけです。

今日、25歳。何事も無ければいいねー。