第七章の映像ソフトがようやく発売となり、もう映画とテレビで観ちゃったんだけどここまできたんだから買ってきたわけですが、宇宙戦艦という舞台で戦闘のない最終話というのは、あらためて考えると贅沢な脚本を確保できたということと感じました。それが逆の意味では最後の最後でスカスカ感を払しょくできない部分にもつながりますけど、以前はそのしんみりの最中にデスラーが最後の急襲をかけてきた。
今回それをやったら、まあ彼の株はド下がりになったかもしれません。その辺の差し引きで、大団円はこういうものだろうと納得しました。でも戦いのない最終話と言えば、既に未来少年コナンなんかでもやってはおります。
しかし放射能除去装置よりも難解なコスモリバースという存在が、今後の(決めつけちゃってますが)ヤマトの枷になることは間違いなく、2199の完全新作映画と言い、もうたぶん白色彗星帝国と暗黒星団帝国をミックスして次をやっちゃうだろうという下馬評と言い、この艦の航海はまたしてもぐだぐだの商業路線に行ってしまうのかと、いささか残念ではあります。
それにしても、古代守の魂と引き換えに森雪を蘇生したところで一旦空っぽになってしまったシステムが、おそらく沖田十三の魂を取り込んで再起動したということは、沖田さんの魂と引き換えに地球が蘇生されるという大団円になるのだとすれば、旧シリーズ完結編における「誤診」発言はできなくなるのか。それとも沖田を蘇生させるウルトラCなからくりまでもが考えられているのか。ガミラスの次元潜航艇に乗り組んでいった藪機関士のその後は、などなど、結局「落とし前つけろよーっ」と思ってしまうあたり、僕も術中にはまったようです。
もういいよ、どんだけ作り直しても。虐殺と特攻さえやらなければ。