Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

ケルトの年末祭

2 Comments »

日本では川崎で開かれるイベントが最も有名だそうですが、記憶をひっくり返しても、20年遡ると、「ピーナッツ」の登場人物のひとり、ライナス・バンペルトが語る「かぼちゃ大王」の逸話くらいしか残っていなくて、僕みたいな田舎者には縁遠い行事だったようです。でも、たぶんハロウィンが日本の季節行事に定着してきたのって、90年代半ばくらいからじゃないかなあと感じています。もともとは、ケルト人の過ごした、その年の終わりと、その日に行われる収穫感謝祭で、これが世俗社会に広がり伝えられたお祭りだそうです。

 

魑魅魍魎とモンスターが闊歩しますが、その代表格とも言えるジャック・オー・ランタンなどは、悪霊を退散させる結界のようなもの。

「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ」というのはむしろ、僕の田舎じゃ中秋の名月の晩に、子供たちが歩いて回る「月見泥棒」に近いのです。

月見泥棒は、要するに各家庭の縁側や庭先に設営された月見の供え物を獲って行って良いというイベントですが、最近は廃れた感があり、じゃあハロウィンの晩に子供らが練り歩くかというと、そういうことも行われていない。なんだかやっぱり、都会のパーティーイベントってところなのかもしれません。

可愛いお土産。

3 Comments »

 

修学旅行から帰ってきた甥っ子3号(義弟1号んちの次男)がくれました。

小銭入・・・?

「おかーさん(この場合義母の事)お土産っ!おねーちゃんは(アタシだよっ)これね」

あらあらあらあら、私が好きなシリーズの猫さんじゃない。ツボを心得てるね(笑)

さて。これはお小遣いでもはずんでやらねば・・・

寒いんだってば。

2 Comments »

 

「おかーちゃんがホカホカのヤツ出してくれないにゃ」

ふうや、尻落ちてるぞ。

だぁって、休みの日は天気悪くてカーペット干せないんだもーん。

どうせ出すなら日に干してから敷きたいです、おかーちゃんは。って事は当分出てこないって事だな。自分が我慢できるんかしら・・・

午前6時の浜辺

2 Comments »

再び時間を巻戻して、十三夜の川原のキャンプの翌朝、つまり日曜日。震災以降久しぶりに阿字ヶ浦の浜に来てみれば、ここにも津波が襲っていたのが信じられないような凪いだ海。そして10年ほど前には海岸浸食で金浜が消失しかけていた海岸も、波消しブロックの投入などで、だいぶ回復していました。

この日の日の出は5時57分。土曜日に寝坊して失敗した撮影に臨んでおります(これはボツのカットをトリミングした)

 

この頃、那珂川で野営している面々の頭上には、防災無線の外部スピーカーから大音量のモーニングコールが響き渡っているのですが、午後から崩れると言われていた天候は、11時頃から前倒しの雨。うまく撤収できていればいいのだけれど。

山の幸。

3 Comments »

 

ゴルフに行った新月サンが、なぜか持ち帰ってきた〝栗〟

ちっちゃっ!

「コースの横に一杯落ちてたの。拾ってく人多いらしくて、イガばっかり残ってた。これで栗ご飯できる?」ってワクワクしてますけど(汗)普段は実家で貰った栗をゴロゴロいれて3合くらい炊くんだけど・・・この量じゃ2合でもお米が多いかも。

とりあえず、指を滑らせそうなチビ栗の皮を剥かねば・・・

十三夜の月夜

2 Comments »

十三夜だったのは先週の土曜日、27日の夜のことです。TA01Wさんとricoさんと青影さんが那珂川でキャンプを設営するというので、そろそろマンネリ化してもいるのですが牛タンを仕入れ、午前様帰りで立ち寄ってきました。

来月から護岸工事でしばらく侵入できなくなるというので、この場所では事実上ことし最後の野営です。さすが10月下旬ともなると、河川敷は日中から川風が巻いて体感温度が低い。夜中に基地へ戻ったら庭がもう暖かいのなんの、というくらい、現地では焚き火がありがたい熱源となっていました。

AMGさん親子、コムロさん夫妻、ギガントさん夫妻、s.DOさんが次々と合流して、五目と栗の炊き込みご飯やら宇都宮焼きそばやらおでんやらチリコンカンやら大きな梨やら薄皮饅頭と大福やらカステラやら、なんだかすごい宴会だぞ。な月見の夜となりました。

気負いのない野営は、これもまた楽しいのです。

 

パリパリパリパリ。

3 Comments »

 

我が家的、通常サイズ。

手を抜いた時は、白と緑しかない(笑)

出来れば毎日食べたいそうですが(新月サンが)これからサラダにむいてる野菜は高くなる時期なんだよねぇ・・・

とりあえず、この日はレタスの少なさを大根の千切りでカバー。パプリカと胡瓜も一本入れちゃえー!で、この量(爆)

ちょっと足りなかった

2 Comments »

1年前の2月、真冬の釜石市で、BLUEらすかるは330000kmを刻んでいました。それから20ヵ月めの先日(25日)、同じ釜石市の港にて、420000kmが巡ってきました。あー、切りよくあと10000km走れていたら、ちょうど100000kmを走ったところだった上に、僕の最長不倒距離の更新とも重なったのですが、なかなか数字はタイミングを合わせてくれないものです。さてその1000kmを、年内に走りきれるのかどうかだなあ。

お帰りの携帯。

2 Comments »

 

サブディスプレイの不具合で修理出してた携帯が帰ってきました。

紐が伸びないから拭けない(意味ないじゃん)

内部の回路が接触不良だとか何とか。「品質保持の為、メーカーのほうで外装も交換しております」・・・って、見た目新品になってる(汗)

ピカピカになったんで、指紋や汚れが目立つよーん(笑)

無茶な論理

4 Comments »

「終わらせなければ始まらない」とかなんとか言いながら、遂に始まる009 RE;CYBORG。もともと未完の大作であったサイボーグ009でしたが、なぜそんなに完結編にこだわるのかが、昔からのファンとしては理解できないことです。

決論から言っちゃえば、原作者は天使編でギブアップ宣言をして、その後はオムニバスなエピソードを綴っていくことで、009の戦いや葛藤を描いてきた。それでいいのだと思っています。原作者以外の誰がやろうと(たとえ身内であっても)、それは本筋としての009とは別のものなのです。

ここまで今風のキャラクターデザインにしてしまうのは、ある意味その時点で逃げ道と同じだと思います。まだ2001年にリメイクされ、地下帝国ヨミ編で締めくくった平成版のほうが潔いし、1966年のモノクロ作品は、子供心に戦争の怖さや嫌悪感を嫌というほど突きつけられたという、恐ろしさがありました。

でもって、これは言い切れると思うのですが、009に限らず、大見栄切って完結編だ。とやったところで、いつの日かまたリメイクされてしまうのがこの手の大作。ならばその後は誰がやろうと構わないじゃないか。という論理にもなるのでしょうが、原作者が完結編を描ききることができなかった作品は、どこまで行っても未完の大作であるべきです。

だからいちいち、終わらせなければ、なんて構えることはないのよ。