Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

結果発表~

2 Comments »
結果は、まぁそれなりに。

結果は、まぁそれなりに。

先日受けた健康診断の結果が送られてきました。

レターパックを引っくり返したら、写真の一文が。
封をするときに絶対見る場所だからかな、この位置。
毎日のように詐欺のニュースが流れてるのに、引っかかるんだねぇ。そもそもレターパックで現金送っちゃいけないんだけど。

そういえば、ATMも操作画面に「還付金があるという案内を受けて操作していますか?その場合詐欺の恐れがあります。操作を続けますか?」って文章が出てくるっけ。

回帰大作戦

回帰大作戦 はコメントを受け付けていません

ゆうきまさみさんが週刊少年史の連載を始める折、たぶん月刊ニュータイプあたりの連載コラムか何かで綴っていたことがあります。

今度、商業誌に書くことになってとメジャー誌デビューのことを言ったら、ファンの人から「〇○〇ですか」と聞かれ、それについて「メジャー誌って、どんな田舎の駅の売店でも買えるものだと思うんだけど」とつぶやいている展開でした。

詳細な記述なんか忘れてますが、だいたいそんな感じ。

その氏漫画家35周年企画という文芸別冊に至っては、発売2日めで仙台市内中の書店という書店に既に無いのか回ってこないのかのまるぼし状態で、結局注文したら第2版がやってきました。とあるかなり大手の書店の検索システムではこのムック自体がリストになかった(同誌の他の企画ものはラインナップされているのに)ところをみると、ノーマーク。うむむ・・・やっぱり一般的な知名度は低いのかと思いきやの重版出来ですから、何が何だかわかりません。

内容? こんなの漫画以上に面白いわけないじゃないですか(超問題発言)。アニパロデビュー時代から知っている作家だから、雑誌に載る対談やインタビューはいろいろとリアルタイムで読んできたし、その都度が面白かったのです。しかしそれは、その時そのときの連載がより面白かったからでもある。だから今回も連載の次に面白い。

とはいってもインタビューや対談を一読してみて、発言していることに昔とブレが無いところは実にほっとさせてもらえます。その辺は、別のムック、ゆうきまさみ年代記と読み合わせればわかります。だけど対談はともかく、3万字に及ぶというインタビューは、インタビューしている人が楽しみすぎで発言(文字数)多すぎ。ところにより本人のコメントの方が短いんだもの。

そして偉大なる予告ですが、あと5年後の漫画家生活40年めにこの手の企画が実現する場合、30年の時に描いている「究極超人あ~る」の続きを描きたいそうです。続くんですか、あの話!

 

熱かったよ熊谷。

3 Comments »
狙って陣取ったワケではないです。

狙って陣取ったワケではないです。

うちわ祭り見に行ってきました。
「曳っ合せ叩き合いが一番見応えあるよ」と新月サンが言うので、それを見に。
12町の山車が市内の交差点に集まってきて、各々のお囃子を演奏するのは圧巻でした。リズムがそれぞれ違うのに、混ざり合っても不協和音に聞こえないのは和楽器の妙なの?

ここで見ようと立ち止まった場所に一番近かった山車の町名が「筑波区」
・・・なんだかなぁ(笑)

久しぶりの紙の切符。

久しぶりの紙の切符。

そして、行きは新幹線乗っちゃった♪ わーい久しぶり。
(だって終業時間でダッシュで帰っても在来線じゃ遅い・・・)
普通のsuicaは使えないので、切符買いました。
日立でのまちゃんが壊れた時以来だよ、紙の切符。

箒星Girls

2 Comments »

h-b1995年の7月23日、ふたりのアメリカ人観測者によって公式に発見された彗星「C/1995 01」は、我々の間においては『ヘール・ボップ彗星』としてその名前を記憶にとどめるばかりか、その頃から約18か月ちょっとの期間、肉眼での目視も可能なほど明るい天文現象を見せていきました。このとき、彗星の位置は木星と土星の間あたりと観測されていたので、天文単位の距離があてはめられるほどの遠さにもかかわらず、彗星核の巨大さから観測が容易なほど明るかったのです。

彗星核の大きさは約50kmと言われ、ハレー彗星の3倍にもなる、20世紀においては最大級の規模。翌年の夏ごろから肉眼で見えるようになり、97年4月に近日点を通過した際には「The Great Comet of 1997」という新たな異名も付けられておりました。地球との最接近距離では約2億kmのところをかすめていくわけですが、この距離だと大抵の彗星は近日点辺りで見えるか見えないかの小さなもので、ヘール・ボップ彗星は断トツに大きく明るく、北半球では一晩中目視観測できたのです。

cometgirlsこれだけスケールが大きいと、いろいろなデマや流言が飛び交い、地域によってはパニック騒動にまで発展したと記録が残されていますが、宇宙の蛮族みたいな大艦隊が攻めてくるようなことはなく、やがて遠ざかっていき、人々の記憶からも薄れて行ったのですが、この彗星が世間の話題に上っている期間、我が家では95年に霰が、97年に霙が生まれており、無軌道だったとーちゃんの軌道をまとめさせるという20世紀最大の出来事を記録するのでした。

ここ涼しい。

3 Comments »
暑かったにゃ。

暑かったにゃ。

写真展と植物展見て帰ってきたら家の中暑かったわ。
(まあ外も温風が吹きまくってましたが)

リビングの窓開けたら即、ちぃが網戸に張り付いた。
一応なんちゃって冷風器を仕込んで出かけたんだけどなー。まだこの暑さ始まったばかりですよ・・・
婆にゃら、大丈夫かなこの夏。

悪魔はふたたび

6 Comments »

バニラ国立競技場の新築問題を語る知識も知恵もありませんが、ニュースの度に旧競技場解体後の更地を目にすると、つい青色発泡怪獣と赤色火焔怪獣の激突で壊れていく(あれは国立競技場ではなくオリンピック競技場と絶妙な逃げを打っていました)様を思い出します。こういうのは後世、怪獣災害と呼ばれるのですが、老朽化がひどいし新しいのをさっさと作らないとオリンピックに間に合わないと解体されちゃう様も、なんだか怪獣災害と似たり寄ったりか、それ以上にひどい話です。

国立競技場デザイン、景観の水掛け論着に始まり、新築工事費用がとんでもない額になると及んで、デザインなのか構造欠陥なのか費用なのかの問題が臨界点を超えようとした時、ゼロベースで見直し。という判断のできる政治が、世論が理解と納得をできないままの安保法案の問題をゼロに戻さなかったという判断力にも驚くばかりです。おそらく、未来将来の国家のことよりも、自身が何をやってのけたかという歴史を残したいのだろうなあ。

アボラス前回の東京オリンピックは、良くも悪くも東京のインフラを形にし、代々木から霞ヶ丘にかけての体育館や競技場は、この50年にわたって東京の顔となってきました。昨今の国際競技の動員数がスケールアップしたことや、スタジアムそのものの老朽化など、改築新築を余儀なくされるのは致し方ないとして、建築のわからないオリンピック組織に委ね、同組織が国民に諮ることなく進める方が間違っていると感じます。

ジャミラ2大怪獣が大暴れした近所の体育館前では、怪物化し宇宙から帰還した某国飛行士が土に還っています。このとき、体育館(番組的には国際会議場)は光の巨人との戦いでも壊されなかったことです。デザイン、技法ともそれまでなかった斬新さで、それが国民に広く受け入れられ、建築家が手掛けたこの建物は後世に残す存在となりました。かたや競技場の方は見事に破壊されちゃうのですが、当時の建設省が作ったという立場の違いでそうなったのかどうかまでは定かでありません。

それにしてもよ。

「なぜ(建築費が)1000億も上がるのか、私も聞きたい」

「国がたった2500億円も出せなかったのかねっていう」

こんな迂闊な発言があらぬ方向に火種をともすことになったりしないか。大いに心配です。

 

ウルトラな猫がいる(違うっ!)

2 Comments »
てんてんてん♥

てんてんてん♥

岩合光昭さんの写真展〝ねこ〟と、ウルトラ植物博覧会を見に行ってきました。
海(かい)ちゃんの写真がすっごく素敵でうっとり。
(岩合さんがかつて一緒に暮らした猫さん)
ウチの婆にゃずら撮っても、こうは写せないもんなーと
ため息ついちゃいましたわ。

もう一つのお目当ては、プラントハンターの西畠清順さんが世界各国から集めた変わった植物の展覧会。

ライオン殺し(これは種)

ライオン殺し(これは種)

見た事あるような、でもちょっとサイズがオカシイでしょみたいな植物オンパレードでした(笑)
残念なのは、何鉢か枯れてしまっていた事。それだけ管理が難しいんでしょうね。

宇宙からの遠い声

宇宙からの遠い声 はコメントを受け付けていません

エメラリーダ昨日の「バッカス三世」はイオンエンジンでしたが、プレアスターあるいはリアベ号もしくはエメラリーダ号(僕は乗り物に「号」とつくのは陳腐だと思っているのですが、今回は号をつけないと人物と混同してしまうので止む無く付けます)は、さらに進んだ光子帆船スターライト号・・・よりも、たぶん進んでいます。出発地から照射するレーザーを帆に当て推進力としたのがスターライト号で、恒星が発する光やイオンなどを帆で反射し推力に変える「ソーラーセイル」の発展形です。

しかしプレアスターの場合、帆で受けた光をエネルギーに変え、エンジンの動力源とするということなので、帆が直接推力を発生させるわけではなく、エンジンが働くという点で、より強力な推進力を持つ外宇宙航行船舶と言えるでしょう。後に横浜の港から、日本丸もM78星雲に向けて飛び立ちましたが、あれなんか超空間航法も備えていました。プレアスターもきっと、それくらいのスペックを有していると思われます。

幽霊船とまあ、船の話は書きたいけれど、映画の方はもう冒頭に流れる「エメラリーダのテーマ」曲とこの船以外は語りようもないとほほな出来栄えなので、すっとばします。でも誰が何と言おうと、プレアスターは古今東西の宇宙船の中でも群を抜いて優雅で美しい。これは「宇宙からのメッセージ」の企画スタッフに、石森章太郎(当時)さんが参加していたことと、東映では昔、石ノ森さんがかかわった「空飛ぶゆうれい船」があったからこそのデザインワークスでしょう。

ゴーカイガレオン東映直系の宇宙帆船には、ゴーカイガレオンなる真っ赤な海賊船(黒いでかいのもある)があげられますが、母艦だけならまだしも母艦並みの大きさのゴーカイマシンを搭載していたりそれらがドッキングして巨大ロボになったり、破天荒すぎてその動力源や航行システムのすべてにおいてわけがわかりません。持ち主がゴーカイな奴らですから、細かいことを気にしていたらきりがないのですが。

バウンティスタそんなわけで、強引に宇宙帆船は美しい。日本丸だって出港しちゃったんだから、宮城県にあるこのガレオン船も、いつの日か太陽風を受けて飛び立つ日が来てくれないものかと想像してしまいます。

 

宇宙への遠い道

宇宙への遠い道 はコメントを受け付けていません

itokawaうちのエスクードの積算走行距離とリンクさせ、この数年アポロ計画の話ばかり書いていましたが、7月20日といえば我が国のロケット技術における草分けとなった糸川英夫さんの誕生日でもあります。糸川さんが50年前に火薬燃焼によるペンシルロケットを飛ばして以来、後進の技術者が固体燃料から液体燃料へとロケット技術を進化させ、小惑星探査機では電気推進という新機軸を生み出すに至っています。

bc-3糸川さんご自身は1967年で宇宙開発の現場からは退いていますが、「ケースD ‐見えない洪水‐」「21世紀への遺言」のようなシミュレーションに基づく未来予測に長けております。その一方で、保有技術を飛躍させたSF分野での監修も多く手掛けていました。ここに引き合いに出している宇宙船は、糸川さん監修によるイオンエンジン。つまり電気推進理論の発展型を搭載しており、巡航速度0.2光速という優れものです。

bc3何が優れものかって、密度の濃い大気圏内では不向きなイオンエンジンであるにもかかわらず、この船は地上に降りてきちゃうという。そこで改修を受け最高速度0.8光速に至るプラズマパワーユニットを組み込んでいますが、それがなかったら再び大気圏の外には出られなかったのではないか?(プラズマで電気推進を上回る推力が出せるのかどうかは知りませぬ)

しかしせっかくの監修も商品展開には理解されていないようで、模型やら玩具やらの箱書きスペックにはワープドライブだの航続距離無限だのというとんでもな表記がなされてしまい、今や半分くらい定説設定になりかけているようです。それをさしひいても、全長70m、総重量550tという質量の有人宇宙船ですから、それを飛ばすというだけでもこのイオンエンジンは、はやぶさ2に比べたらすさまじい技術革新が盛り込まれているのです。

儲けたいのは誰だ!?

2 Comments »

009vsdm先月には発表されていたようですが、本日が「サイボーグ009の日」だというので、言わずにはいられない。

「これは・・・ナンセンスだっ」

サイボーグ009vsデビルマン

 

しかもまたもや宮城じゃかからないっ

生みの親の故郷だぞ?・・・あ、石川県も外れてる。

さてどーすんでしょ。加速装置はあるけど空を飛べない島村ジョーのために、ギルモア研究所では002ことジェット・リンクを再改造してジョーとドッキングする能力を持つジェット・リンク・スクランダーに・・・そのさなかにデーモン族と組んだ黒い幽霊団が不動明を拉致して処刑を! さあ行け空飛ぶサイボーグ戦士・・・

そんなわけねーだろっ

デビルマンのファンの方々には失礼を承知でぼやかせていただきますと、デビルマンそのものの物語はすごいし唸らされるのですが、僕などの世代はそれより以前に、ハレンチ学園と出会ってしまっているのです。僕なんか小学校の低学年です。

序盤や中盤の展開は、まああちこちで語られている風評に準拠するかもしれませんから、僕も親に隠れて読んでいたし、少年ジャンプを買いに行った本屋のおばちゃんからも白い目で見られたものです。が、第一部の終幕となるハレンチ大戦争編に物語が及んだ時点で、風紀上好ましくないと判断された学園に対して、大日本教育センターとやらが軍を出動させ、学園はおろか周囲の市街地から住民に至るまでを殲滅し始める。そこから始まる惨劇には、何も悪魔族やサタンの力を借りるまでもない、体制に狩られる自由の主張が容赦なく描かれ蹂躙されるのです。

あの結末をデビルマンよりも先に見てしまっていると、デビルマンのアドバンテージは作画タッチの変化くらいでしかなく、トラウマにもなり得なかったのです。今だったらもっと凄まじい漫画もあるのですが、当時受けてしまった衝撃とトラウマの前にはどうしても霞んでしまいます。ハレンチ学園は決して、スカート捲り談義の素材で片づけてはならない恐ろしさを秘めています。

あーいや、それは今回は関係ないんだ。

この003は無い翻って009にしてもです。今回の予告映像を見る限りの、ミュートスサイボーグ編らしき作画の下手さ加減。

今どき珍しいほどのレベルで、あのまま作っちゃうのかこの映画?