BLUEらすかるのフロントスタビライザーが、リンク破損により左に舵を切るとバキバキと音を立てるので入庫。部品はとれるというので左右とも交換するため、しばしBLUEらすかるΩが代走に入ります。
まいったね。僕の入院に続いてこいつまで。あと33000キロの年内走行達成計画にさらなる遅延が降りかかってきましたよ。
そんなタイトルなのにカテゴリーがおかしいんじゃないかと言われるのは必至で書いています。1975年に始まったゴミゼロ運動から5月30日に「ごみゼロの日」があてがわれ、そこから86年には「お掃除の日」が追加され、この名称が97年に「掃除機の日」へと改称されてごみゼロの日を支援しているのです。はい、どこをどう押しても引いてもスズキエスクードに結びつかないんですが、「特命戦隊ゴーバスターズ」において唐突につながるのです。
第15話に出てくる地球侵略者バグラスの戦闘メタロイドが「ソウジキロイド」。このやろー、掃除機から生み出されたくせに、新西暦時代の社会で流通しているエネトロンというエネルギーを強奪するため、自動車を襲うのです。その犠牲になった最初の1台が、有難迷惑にもエスクードだったのです。ほーらつなげちまったよ強引に。しかしこのエスクードはガソリンではなくエネトロンで動く。そのエネトロンがどういったエネルギー源なのかは今もって謎です。
3月末にパソコンが物理クラッシュして新しいものに変えて以降、バックアップしてあった古い写真の管理も心配なので、そろそろ外付ハードディスクも新しくしようと(今のところ未実行)、不要なデータの掃除をやっていたのです。すると、20年くらい前の家族記録用フォルダの中からこんな01Rが現れました。構造変更も取られていて二桁の3ナンバー扱いというのが時代がかっているばかりか、こんなんで地域の防犯パトロールをやっていた個体であることに驚きです。
学校の敷地内ですから僕が撮影したものではなく、たぶん霰の授業参観に出かけた雫さんが撮っていたもののようです。僕だったらもう所有者を待ち伏せして話を伺ずにいられません。でもそれやってたら不審者確定で手が後ろに回ったかもしれないから、残念ですが経歴など一切が不明です。
三代目エスクードのうち、2000ccのTD54Wが登場して20年になりました。「大人の愉快」(初代)「クロスカントリーセダン」(二代目)に続いて、ネイチャーマシーンというキャッチコピーを与えられた三代目は、2005年時点でスズキが有する技術を惜しみなく投入し、文字通りすべてを一新するモデルとなりました。確かにクロカン四駆の一翼であった初代や二代目とは一線を画した、優れたデバイスによって悪路走破性の向上が図られていました。
系譜として54Wが大事なのは、初代後期から採用されているエンジンJ20Aが引き続き搭載されたことです。一か月後に出てくるTD94Wにもグランドエスクードから受け継がれたV6が積まれます。時代はクロカン四駆からSUV志向へと変化しており、三代目こそが至高のモデルと評価する世代が今なお大勢を占めています。
自販の直営店ではありませんが、アリーナの一店舗では発売直後に試乗車を用意してくれ、「あまりにも変わってしまって何もセールス出来ないから、ぜひ乗ってもらって林道に連れて行ってほしい」と、こちらが躊躇するような申し出をしてくれるほど、積極的なアピールから始まった三代目エスクード。6月にV6モデルが追加され、7月には歴代勢ぞろいで林道ツーリングも行われて、つくばーど®やESCLEVのイベントではどんどん参加台数が増えていきました。
HIDに換装したヘッドライトバルブの悪影響だという診断のもと、ぷらすBLUEのバルブをハロゲンランプに戻すことになりました。何が起きたかというと、左のウインカーを出したらウインカーは左が点滅するけれど、メータークラスタの矢印ランプは右を指すという。古くなった車だけに、かなりの量の土埃が堆積して基盤を痛めていたのも原因のようです。言われてみれば、BLUEらすかるではワイパーの間欠動作に時々異常が出ているなあ。
光軸調整はしていましたが、霙によると「背(運転席)の低い車からはやたらとパッシングされる」というので、ヘッドライトに悪顔カバーをつけていましたが、これも外して保管に回します。
「フィガロと同じ年式なのに、幌車はエンジン元気いいんですよねー。でもエアコンガスが抜け気味でした」
という申告もあって、スタッドレスからオールテレーンへの交換と同時にガスの充てんも行い、少なくとも年内は走れないであろうフィガロの代走は続きます。
当事者にはなんの気遣いもせずに書いてきたウエストウインの攻防記も、今回で200回目となります。本ブログでシリーズ化しているものの中では最も長く続いてきたのですが、これを機にタイトルも引き締めようとマイナーチェンジしました。
が、#199既報のとおり、ТA74Wが大破全損してしまいました。起こってしまったことは致し方ありませんが、今月11日の第二戦出走は叶いません。
三代目エスクードのショートという、車体はでかいがエンジン非力なマシンは、それでも善戦したと思いますし、川添哲朗選手という非凡なドライバーだからこそ、そこまで戦えたのです。
しかし、TDA参戦他チームからは「なにも走らない車に手間暇かけてまで入れ込むことはないでしょう。JB43あたりだったらもっと安価に仕上げられるのに」と、痛いところを突かれてしまいました。
20年以上、ウエストウインのトライアルマシン、ダートランナーは、その走らないだろう最右翼のスズキエスクードで戦ってきました。「確実に勝てる車で走っても(ギャラリーが)面白くないだろう?」という、チームのスタンスがあったからです。事実、2010年に後藤誠司選手がパイロットしたТA51Wは向かうところ敵なしの戦績を築き、これを引き継いだ川添選手のТA52Wもギャラリーを驚嘆させました。
それが呼び水となったかどうかはともかく、他チームはドライバーの腕を磨き、(ウエストウインに対して)勝ちに行くマシン作りを展開します。片やエスクードは旧式化を辿り、51W、52Wともに既にレースを走れる状態ではなく、交換したくともパーツのメーカーストックが無い時代。その危機的状況は74Wにも及んでいます。
話は至極簡単なことで、彼らを応援してきたエスクードファンには頭を下げ、ESCLEVの広告など抹消して、勝てる車に乗り換えればいい。これはかつて後藤君にも告げているし、川添君にも話してあったことです。
それでも、そのうえで彼らは、エスクードで走ることにこだわり続けてくれました。こんなに嬉しく有難いことはないのだけれど、それでいいのかという葛藤を無視できません。
現在、そんなところです。
ジムニーに乗っていた頃は~もうかなり大昔だよ~入って登って降りて出るまで全線ダートの峠でしたが、生活道路というより林業で活用されているのが林道であるだけに、産業政策として自治体による舗装化も行われてしまいます。まだ走れれば良い方で、廃棄物の不法投棄問題から入り口で鎖を張られてしまうところも多くなりました。そうなると、舗装よりもダートだなどと贅沢なことを言っていてはいかんなあと思わされます。
袋小路で折り返してくる未舗装のルートも面白いけれど、この山向こうへ越えられるかなと峠を進むこともまた楽しい。越えられることは既に知っていても、ときどき出かけていきたくなる体質になっております。そのくせ最近はめんどくさがって、近場の峠ばかり散歩していて、関八州の山間部に足が向いていません。山が雪解けしたらどこかへ遠出したいところですが、その前に山積みの仕事の峠を越さないといけない。というか、次々と持ってくるなよ馬鹿営業。
というのが、「スーパー」の上を行く「ハイパー」をも超越した「ウルトラ」が内包する意味です。試乗リポートはイギリスで行われたもので、eVIТARAの四輪駆動モデルにはそのようなグレード名が付けられるようです。なんというか外連味たっぷりですが、内燃機関ビークルが排除されていく欧州にあって、並み居る現地メーカーの強豪と渡り合わなければならない情勢と、本国でのグループ親玉との提携による大人の事情をずっしり背負ってます。
乗ってもいない車だから余計なことは言えませんけど、非力なエンジンでも軽さでカバーしながらそれ以上の面白みを得ることができたガソリン仕様1600時代のエスクードは、本当にもはやの過去の遺物になった。eVIТARA四駆のスペックがどれくらい凄いのか平凡なのかもよくわからないんですけど、もうこの車の名前を和訳(じゃないよな)してエスクードとは呼ばなくていいよと思わされます。
しかし国内投入するかどうか知りませんが、OEMでトヨタから「アーバンクルーザー」として発売されれば、スズキ版この車は売り上げ面で大いに不利になるのではないか。ならばなおさら国内で売る場合もeVIТARAのままでやってほしいものです。ハイパーでもウルトラでもなんでもいいからさ。
ところでウルトラより上は無いと言い切れない根拠に、「アルティメット」という言葉があります。ジークアクス版のシャアに言わせればどれもこれも「俗っぽい名前だ」です。もっともグランドビターラではすでに「ゼータ」「アルファ」ときて「デルタ」が加わるようで、なんなのこのジャパニメーションを髣髴とさせちゃうネーミング。まーお願いだからどんだけ俗っぽくても「すとらいく」とか「とるねーど」「Ω」なんてのは使わないでくださいです。
事の始まりは昨年、鰻と餃子を同居させて生み出した「浜松丼」でした。この時漠然と「エスクード」をもじった丼物も作ってみたいなあと思いながら、何を乗っければいいのかでいろいろ考えていたことと、それらのスムーズな調達について考えていたのです。避けて通れないのは、浜松丼もそうでしたが食材のコストを度外視しなくては実現しないので、よほどの声がかからなければ一度きりの、まるぼしの献立になります。そんな状況下で、まずはご飯ものの「ESC‐Don」から。
スズキが思いのほか脂の乗りがよくて、切り身としては厚すぎでした。それに輪をかけてクジラの焼き肉用味付き肉(昔の子は学校給食で串カツとして食ってました)が、うまいけど濃厚すぎ。全体に量を読み違えました。ご飯茶碗レベルで充分です。
こういうのをやっていると「エスクード。だけでいいのか? グランドは置いとくとしても(92wユーザーさん済まぬ)、ノマドもやらねば画竜点睛を欠くのではないか?」などと余計なことを思いつき、台所と冷蔵庫を漁って追加食材を見つけ出します。「ESC‐UDon・ノマド」の完成です。丼では炙ったスズキは舞茸とともに茹でます。クジラも焼き肉用からベーコンに変更。これも脂っこいので無謀にも一度湯がいて味付け直し。高野豆腐のこうや、は見なかったことにします。
友人が遊びに来てくれていたので人身御供にしました。が、こいつは悪いやつじゃないけど遠慮もない。
「我々の齢になってこんなに脂っこい波状攻撃を丼で食うのは厳しいんじゃないか?」
「それは昨夜の丼もので実感したんで、うどんにした」
少しもほめてもらえませんでした。完食してくれただけよかったのか。これはマネしてはならない献立になってしまったようです。