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  ~懲りない傾向~

メッセージ1968

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終戦から10年以上後に生まれた僕は幸運だったけれど、子供時代にはまだ敗戦の片鱗が都会でも田舎でも、どこかしらに僅かに遺っていました。怪我のために軍隊にとられなかった祖父と、戦時中子供であった親父もまた、戦後の苦労を経験しながらも高度経済成長期へ生き続けられたことを幸運だったと語っていました。東京オリンピックの頃の我が家を思い出すと、裕福とは言えないよなあという記憶の方が強いのです。

幼稚園児の頃、祖父に連れられて行った上野公園で傷痍軍人という人々を目の当たりにしたとき、祖父はいくらかの寄付をその人たちに手渡したあとそそくさとその場を立ち去りながら、「忘れてはならぬよ」と僕に言いました。祖父は何も教えてくれなかったので、あとから知識を補完していくことになるのですが、うちがまともなうちになっていくのは、70年代に入ってからだったと感じます。

親父よりも僕との年齢差の方が少ない叔父貴が、あの当時どうやって漫画雑誌を買うことができたのかは(昨日、旧盆で帰省してきたから聞いてみたら、友達から友達への回し読みで共同出資だったらしい)知りませんでしたが、そのおかげで僕は「サイボーグ009」を連載当初から読むことができて、おそらく初めてのSFに触れた瞬間でした。

これが数年後、テレビ漫画となった頃は、009世界のフォーマットはすべて頭に入っていたのですが、ある日「太平洋の亡霊」が放送されたとき、戦争と祖父の言葉が同時に胸の内に吹き出してきたのです。この話を解説すると長くなるので、余所の人のブログに頼ってリンクを貼ります

辻真先さんのオリジナル脚本であり、石森原作にはないエピソードのひとつでしたが、強烈なメッセージ性が織り込まれ、しばらくの間は反戦として作ったわけではなく・・・といった、心情を押しとどめざるを得ないようなコメントを制作サイドが語っていた記憶があります。しかし最近の書籍などでは逸話を語りやすくなっているようです。

守るべきは憲法なのか、そこに育まれてきた平和なのか。という議論はあるだろうと感じますが、戦後23年程度の時代、その戦争を体験した人々が作り上げた物語は、009世界を借り受けながらもある種のリアリティを刻んでいました。

いま、戦後74年。毎年のようにこの時期の風物詩のように制作されるドラマを無駄とは言わないつもりだけれど、風物詩になっちゃってませんか? とも思うのです。