Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

119回目の後編

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つくばーどにまつわるジンクスの一つ。初参加の人がいるときは雨。まさしく大当たりを引き当てたのは、20年乗り続けた日産テラノを退役させ、この夏からTDA4Wの三代目エスクード四型に乗り始めた、かわねこさんです。北海道在住のかわねこさんは、実家のある岩手県へ帰省するため、フェリーで新潟に上陸して関越から北関東道に乗り換え・・・と、このあたりで既に「えっ、それおかしくないですか?」と思わされるのですが、そういう経路をたどって日中栃木県に立ち寄り、夕方から茨城へやってきたのであります。

ぜ、全然方向が逆じゃねーか(汗)

「もう20年、こうやって茨城のテラノ仲間を訪ねてから本栖湖まで走ってオートバイ時代の友人と年越しキャンプをして、それから仙台の知人のところ経由で帰省しているんです。エスクードに乗ることになったから、立ち寄り先をひとつ増やせました」

生粋のテラノ乗りだなあと思いながらも、それはエスクードにおいても弾丸だとか荒行だとかマラソンクラスだとかのノリなのです。かわねこさんもエスクードを気に入ってくれたとのことで、これからきっと、かわねこさんならではのライフステージから、エスクードの話題を提供してくれるでしょう。

今年最後(のはず)の夜会には、そんなかわねこさんを出迎えようと、何人かの仲間が集まってくれました。エスクードに乗って23年が過ぎていき、コミュニティにかかわって、来年でようやく15年になろうとするところですが、年の瀬に及んでこうして賑わっていられるのは、仲間たちの存在があってのことです。来年はいよいよ、この変な四駆の誕生25年め。どんな年まわりになっていくのか、また楽しみが繰り返されます。

今年もお世話になりました。来年も・・・もう明日ですが、よろしくお願いします。

 

119回目の前編

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こんなオドメーターを見るのは初めてです。僕の知る限りでは歴代二位の数字ですが、それだってとんでもない距離。エスクードもこれだけ走れるのです。ユーザーのitoさんによると、20万キロめにオーバーホールをしたこと以外は、法定点検と車検整備だけで乗り続けてきたとか。うむむむ、オーバーホールを行ったのは、あの土浦スズキ。うちの先代らすかるが現役だった頃、H20Aのオーバーホールをやってくれたところです。あのディーラー、整備はいい仕事をしてくれるところですが、20万キロ整備の二度目があったとは。

 

というより、先代らすかるも当時の土浦スズキから納品してもらった車ですから、後にこんなのんきなことをするエスクードユーザーを二人も輩出することになったわけですね。そんなこと考えもしなかっただろうなあ。

itoさんのエスクードは97年式ヘリーハンセン・リミテッド。初代最終型のTD51Wを同年6月に購入したものです。なぜこれだけの距離が出たかというと、ご実家が岩手県の釜石市。お住まいのある茨城県南から一度帰省すれば、立ち寄り先を加えると約1500キロの往復をしているそうです。さらに、街づくりコンサルタントの仕事で、少なくとも本州内のどこへでも、このエスクードで出かけたとなれば、凄い距離になるのはよくわかります。同じ年数で比較した場合、もしも先代らすかるが潰れていなかったら、BLUEらすかるの数値を足して、中古納車時の距離を差し引くと、計算上は56万キロに達していたことになりますから。

しかも大きな故障を経験せずに過ごしてきたというところは、J20Aというエンジンの信頼性の高さを実証してくれています。

この辺のお話は、ブログでは書ききれないので、いずれESCLEVの企画ページを設置する予定で、なにその119回目の前編って? というところに振っていきます。itoさんに連れられて県南をさらに東に移動すると、団地の一角にビオトープを持ち、背後地の森が侵食してきたかのような一戸建て住宅にたどり着き、そこでイーグルマーキングを施したTDA4W、三代目三型と巡り会うわけです。この三代目エスクードは、itoさんとは別の接点で知り合っていながら、まだお目にかかったことのなかった、ぐりおさんの所有車。メールのやり取りで判明していたことではありましたが、実はitoさんとぐりおさんは仕事仲間だったのです。

この日、奥方が買い物に使用中で不在でしたが、ぐりおさんはTD01Wも所有する、2台体制のヘビーユーザーです。

「あのノマド、結局乗り続けていまして、おかげさまでもうすぐ19万キロになりますよ」(ぐりおさん)

「ああ、そういうことなら、私もこのヘリーハンセンの前に、5年ほど1600のノマドを20万キロほど乗っていました。追突されてダメになったので、2000ccに乗り換えたの」(itoさん)

なな、なんですとーっ?

というノリから、3人意気投合しまして、らいとにんぐなつくばーどの如く、ぐりおさんの案内で近所の中華飯店に出かけて晩飯を食いながら、車談義と仕事の話をしてみると・・・間接的に僕の筑波での仕事とラップしていることがぼろぼろと出てくる出てくる。

そんなわけで、これは119回目のつくばーどの前編なのです。後編はどうするんだって? それは今夜、北海道からTDA4Wの三代目四型に乗ってやってくる、かわねこさんとのコンタクトです。ことしは停滞していた歯車が再び回り出すような年の瀬です。

今年もお世話になりました。

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大掃除が終わって、今年のお仕事終了です。

来年もよろしくニャ♪

いろいろお世話になりました。婆ニャ共々来年も宜しくお願いいたします。

Team WESTWIN Warriors #061

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「私が10歳若くて、現役のドライバーだったとして、ガチでバトルをやっても敵わないと思わされましたよ」

島雄司監督が、いつになく神妙なことをつぶやきます。何事かと思えば、TDA最終戦を終えて、ドライバーたちとの反省会を兼ねた飲み会の席で、川添哲郎選手が今季の走りを自己評価したときのコメントの内容に起因したようです。

「ブレーキングなんですが、我々には理解できないところで、行ける行けないの感覚で当てているようです。もう背中と尻でコントロールしているとしか思えない」

そういうことはあるだろうと思うのですが、傍で見ていて想像するのと、実際に走ったことのある経験から比較したものとでは全く違う。たとえ感覚的な領域であっても、監督自身は、とても歯が立たないと思ったのだそうです。

「今回、川添くんもだいぶエスクードに乗り慣れての、後藤くんとの本格的なバトルになったはずだけれど、二人の走りは全く異なる。川添くんは最終戦のコースを見た途端、『これは後藤の得意なコースだ』と判断したそうです。それで、後藤くんの走りをトレースしながら、攻めどころを見出していたらしい」

両者の走りが異なるのは、実は二人が同じエスクードに乗る以前からわかっていました。それは2007年のXCダートレースで、二人がペアを組んだ耐久戦を見たときに、感じていました。大上段から振りかぶっていく後藤くんと、八相の構えの川添くん(どういう例えだ?)。

案の定、それぞれがエスクードに乗ってみると、力技で曲がっていく後藤選手に対して、絶対五感とも言うべき挙動のフィードバックで、絶妙にコントロールしていく川添選手と、その違いがはっきりと出ているのでした。

贔屓目なしで言うなら、天才肌は後藤くん、匠の職人が川添くんです。最終戦は後藤くんが制していますが、そこには車の仕上がりという要素が絡んでいます。

第一、第二戦では、後藤エスクードのミッションにトラブルがありました。その対策は最終戦までに施され、彼の振り回す挙動とシフト操作にも耐える補強が功を奏しています。逆に川添エスクードは、そのミッションが限界に近づいていました。この状況が、二人それぞれのドライビング最大の特徴を引き出していることも印象的なのですが、ハンデの大きくなっていくなかで、シリーズタイトルへのルートを組み立てていくところに、匠の仕事があったのです。これをほうっておくと、後藤くんは来季、かつてない強敵を相手にすることになります。

しかし後藤くんが不利になっていくかといえば、そうとも言い難い。なぜなら川添くんのここまでの走りは、後藤くんの走りあっての戦い方でもある。川添くんが詰め寄ってきたところを打ち消していくセンスが後藤くんにあれば、まだその差を引き離すことは可能です。そして、天才というか芸術家というか、芸人気質(なんかどんどん落ちているけど)の後藤くんには、エスクードの性能を100%とプラスアルファ引き出す才能があります。

なるほど、こりゃもう監督、適わないのも無理がない。

けれども重要なことがひとつ。この二人、我々の悪巧みでツインカム2リッターのエスクードをパイロットすることとなりましたが、できることなら、1.6リッターの軽量級エスクードで、追撃してくるハイパワー四駆勢と、ジムニー勢に挑んで欲しいということです。それれは、よりドライバーの腕が物を言う世界だから。

早っ(汗)

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頼んだらすぐ届いた。

年内無理かと思った・・・

「10年間交換不要フィルター」とか「ウイルス抑制・除菌・脱臭」とか箱に書いてあったので、一瞬自分が何買ったのか判らなくなってしましましたヨ。

明日は天気が悪いらしいから、早速使おう(笑)

仕事納

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前任者が姿をくらまして、その後任に入ったとたんの、千年に一度の大震災という、大当たりなんだか大損なんだかさっぱりわからない東北暮らしも、二度目の仕事納です。

自分も車も、ポンコツになっていくのがわかるねえ・・・ などとぼやいていたら、ジェリー・アンダーソン氏が逝去だとか。うわー・・・まあ高齢だったから仕方がないにしても、サンダーバード、UFOなど、かなり影響されていたんだよねえ。

また壊れた(泣)

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3台目の除湿機。

またかーっ!

1台目は猫に蹴り倒されて壊れ、2台目はモーターが焼けた・・・。今回壊れた3台目は2台目と同じメーカーの物(炊飯器や電気ポットが有名なトラさんじゃない方)

部屋干しするのにはどうしても必要なのよねぇ。仕方ないネットで探すか・・・季節商品だから、家電屋に在庫がない可能性大(汗)

妄想の爆縮放射

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北米向けの輸出が必要なくなってしまったグランドビターラは、ライン上の流れをどうするのか。先日の広報でインド方面に差し向けることとなったわけですが、流れている仕様は国内版とヨーロッパ、オーストラリア向けが中心のシフトと思われますから、そのいずれかがアジア市場用となるのでしょう。ここからエスクードのFMCに持っていくのか、あるいはXAαのような新機軸を生み出すかの選択肢を考えたくなります。

でも、たぶん、社内的には「ジムニーを思いっきり増産しろや」というトップダウンな指示が出ているような気がします。

これによって磐田工場は大忙しになっちゃうとして、その勢いは相良工場にも及んでいくとしたら、溶接などのパートを汎用プログラムとして「エスクードでもジムニーでももってこいや!」という生産能力を必要としていくのでしょうか。すると、ラインが汎用化されることで、それ以外の設計にも対応が可能ってことになる。いやいや、ならないともったいない、という考えか。

あれ? もしもそういうことだとすれば、中身はどうあれ、エスクードのモデルチェンジが「無い」と言い切らなくて済むのではないか。悪くても(何に対して悪いのかは言及できませんが)ダウンサイズさせた新機軸をやることができるんじゃないかなと思ってしまうわけです。歯車の回り方としては、そういうことが起きるのなら、改修されたラインの可動は来年あたりからなので、そこから5年くらいすると、何か出てきそうじゃありませんか。

エスクードの誕生25年め(来年)は、けっこう大きな分岐点になるのかもしれません。

間一髪?!

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階段踏み外して三段くらい落ちました。

すんごい音のわりには・・・

新月サンが階段に置いていたジャンパーに気づかずがっつり踏んでしまったので。篭をかかえて降りてたから見えなかったのよ足元がっ!
幸いお尻をイヤって言うほどぶつけた(というより擦った)だけで頭とかは打たなかったから無事です。蒙古斑みたいな痣できてますけど・・・お尻痛い(涙)

TOKYO2112

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それでもまだ、ガミラスが攻めてくるのはずっと先の話になりますが、児童誌を見ていたら出てきた、なんだかとてつもなく昔の記憶を蘇らせる企画ページ。なぜ今、100年後なんだろう? やっぱり東日本大震災が拡大解釈されたパラダイムを表現させるのでしょうか。いやいや、2001年あたりにこういうのは見られなかったんだよなあと思っていたので、どこで出てくるのかと待ち受けていた絵づらではあるのです。おそらく、前回これを描いたのは手塚治虫さんだとか小松崎茂さんだったかなと思われ、手塚さんが手がけた方は、僕よりもさらに年上の人たちの見た21世紀で、僕の世代だと小松崎さんではないかと思います。

その当時の科学史上、透明のチューブの中を走るエアカーやら、「てれびでんわ」によるコミュニケーションやら、反重力(これはなぜか漢字だった)ブーツやらスペースポートといった未来像を、どこまで咀嚼して描いていたのかは定かではありませんが、そのほとんどの原理が理解不能でした(だって、今に至るバカな子供だったんだよ)

それに比べて、この100年後の東京(日本)は、研究途上ながらかなり技術的な裏打ちを表に出してきているなあと感じさせられます。むしろこれだけ情報過多の時代ですから、小学生レベルになってくると、ゼネコンが発表する技術アピールで、軌道(宇宙)エレベーターの概念なんか珍しくもなくなっているでしょう。迫力満点のビジュアルながら、箱庭っぽいテクノロジーのオンパレードに見えてしまう。

でも、ウルトラ警備隊の通信端末に憧れていた時代からまだ半世紀経っていないのに、ビデオシーバーの性能をはるかに上回る携帯端末は実用化されているので、ここに描かれた100年後のひとつやふたつは、けっこう近い将来の現実になっていくのでしょう。